3話 罪人からのラブレター
その後、あたしもシンのあとを追うようにして校舎に辿り着く。
中で上履きに履き替えるために自分の下駄箱を開けると、そこには見慣れない封筒が入っていた。
「なにこれ?」
表側にはなにも書かれていないので、手首をひねって裏側も見る。
そこには――。
「……え?」
そこには進藤優也という名前が書いてあった。
「な、なんでシンから手紙が……?」
呟き、ハッとして周りを見回す。
今の呟きが他の誰かに聞かれてないか気になって周囲へ目を配るも、どうやら人の気配もなく、あたしの杞憂だったようだ。
もう一度名前を確認する。
確かにシンの本名が書いてあった。書き間違いではないと、断言出来る筆跡だ。
緊張で震えてしまう手。そのせいで封筒を落とさないよう、慎重になりながら中身を取り出す。
そして、たたまれた手紙を開いて読むことにした。
『いきなりの手紙ですみません。オレはあなたの笑顔に一目惚れしました』
一瞬、我が目を疑った。それだけピンと来ない文面だったからだ。
「……え? 笑顔に一目惚れ?」
いつ? ナナシだったときに笑った顔見せたっけ?
もしかしてギャルになってから?
頭の中に疑問符が浮かびながらも続きを読む。
『あなたは彼女作りをがんばってとオレに言ってくれましたが』
「彼女作りをがんばって、って……もしかして、あのとき言ったこと? シン……まだ、覚えて……?」
視界がにじんできた。頭の中がチカチカとスパークし始める。
「え、えっとぉ……そんなあなた、に彼女になって欲し、い……!?」
え? ウソ……? ウソだウソだウソだ……っ!?
だって! だってシンは! 鞍馬綾音が、あたしがナナシだなんてっ、き、気づいてなんかいないはずなのに……!
「……っ!」
ダメだ。どんどん文字が見えなくなっていく。
いやもしかしたら、本当はもう気づいてたの……?
さっき話したときに見つめられていたのは、あたしがナナシだってわかってたから、この手紙のせいで緊張して押し黙っていたとか?
「う、くっ……! ああ、もう……!」
コンタクトや化粧に気をつけ、ポケットから出したハンカチで目を拭う。
拭って視界がはっきりしたことで。
「あ……! やばっ、人が来てる!?」
すでに登校時間ということもあり、何人かの生徒が校門をくぐって、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。
あたしは急いで上履きへと履き替え、手紙を持ったまま廊下を走る。
教室だと最低でもシンはいるはず。下手すれば、他のクラスメイトも何人かいることだろう。
その現場に、この泣き顔で行くわけにはいかない。
そう判断したあたしは、一度トイレに駆け込むことにした。
少なくともそこでなら、個室に身を隠せるし化粧を直すことも可能だからだ。
そうして、なんとか誰にも会うことなく女子トイレの個室に入ることが出来た。個室もすべて空だ。
けど胸が痛い。色々な要因で痛くなってしまう。
便座に座って手紙を確認する。道中で握力によってしわがつかなかったようで、手紙の状態は綺麗なままだった。
あたしは残っている続きを読もうと、もう一度手紙を開く。
『あなたを本気で好きになってしまいました』
「本気、で好きにっ、なって……っ? え? シンがあたしを? ……ホントなの? ほ、ホントにあたしのことを……好きになって……っ? うぅ……っ!」
また流れ出る涙をハンカチに吸い取らせ、なんとか最後の文まで目を走らせる。
放課後に体育館裏、つまり体育倉庫の辺りに来て欲しいという内容も把握した。
「うっ! うくぅ……っ! シンとっ、両思いだったよぉ……! やったぁ……! やったよぉ……! ううぅぅ……っ!」
あたしは必死に声を押し殺しながら泣いた。涙をせき止めることが出来ず、雨粒のようになってハンカチを濡らし続ける。
ホントに嬉しかった。ホントに……。
中学の頃に好きだと悟ってから、もう一年以上がすぎてしまった。
それでも、やっと両思いなんだと知れたことで、あたしは安堵から涙を止められずにいたのだ。
どれくらいの時間が経ったか、体感時間では知ることが出来ないほどの涙が出てしまった。
手紙は元の状態に戻してから大切に鞄の中に入れ、代わりに手直し用の化粧品のセットを鞄の中から取り出す。
「ははっ……ひどい顔してるなぁ……」
手鏡で確認し、なんとかメイクを整えていく。
マスカラは泣いたせいで取れてしまったので、特に念入りな手直しをした。
「……よし。これならだいじょ……うーん、目が赤いのはどうしようもないか」
濡れタオルなどをしばらく当てる方法で直すことも可能なのだが、現状の持ち物や時間では、適切な処置は出来そうにない。
仕方がないので、目薬で誤魔化してから教室に向かうことにした。
そして放課後。何度もシンに確認を取りたくなるのを我慢し、やっとこの時間を迎えられた。
シンはもういない。早々に教室から出ていったらしい。
そんなに『あたしに面と向かって告白するのが待ち切れないの?』と内心で喜びつつ、同じく待ち切れない状態のあたしも荷物をまとめて席を立つ。
「お? 帰る準備出来たんか? そんじゃ、あややもこれからカラオケにでも行こーや」
「あゆ歌う? あゆの新曲ー」
他のクラスメイトと一緒になって、ミャーコがあたしに遊びの誘いを持ちかけてきた。
けど今のあたしは、カラオケ程度では心の揺らぎすら起きる気がしないのである。
「ごめんパス。今日は絶対に外せない用事があるんだにゃー」
「なんやて!? そないなこと言うとらんかったやんけ! ホンマに重要なんか!?」
「どーしても! たぶん人生の転機になる重要なイベント! 報告はあとですんね!」
「ほほー? んじゃ、また明日ね鞍馬ー。その報告とやらはラインでよろよろー」
「しゃーない。まあ、がんばるんやであやや」
あたしはみんなに手を振って颯爽と立ち去る。
教室の扉をくぐるときにミャーコたちの方を見てみると、ニヤニヤした顔で手を振ってきた。
うーん? もしかして恋愛関係の予定だってことバレてる?
みんなそっち系の話題には敏感だからなぁ。
なんて感じで苦笑いしながら、あたしは下駄箱へと向かうのだった。