エピローグ ラブレターを間違えて受け取ったギャルが、オレのことを好きだと言って陥落させにくる件
「にしてもお前なあ、ファーストキスが地面に倒れた状態でってどうなんだよ?」
互いに相手の服の汚れをを払い落としながら立ち上がり、そんな会話をする。
「え? 今のファーストキスじゃないけど」
「…………え?」
ちょっと待て! 今こいつなんて言った!?
「は、初めてじゃない?」
「うん。それがなに?」
嘘だろ……? と一瞬にして舞い上がっていた心が地に落ちる。
もうなんかよく分からないけど、キスの経験があると知らされただけで胸が痛くなってきやがった。
正直、今なら白斗の焦燥感や不安感が理解出来る。てか死にたい。
「そ、そっか。綾音はすでにキス経験済みだったんだな……」
「……んん? もしかしてユーヤ勘違いしてる? あたしのファーストキスの相手はユーヤだよ。てかさ、ユーヤからしてきたじゃんか」
「お、オレ!? オレからっていつだよ!?」
「そマ? ユーヤと最後に屋上のとこで会ったとき、あたしのこと押し倒したでしょ? あんとき、ガッツリ唇が触れてたんですけど」
え? 押し倒したってあのときか?
オレの記憶だと、触れるか触れないかの距離だった気がするんだが……。
「それ本当か?」
「ホントだってば! ユーヤさ。自分の記憶疑った方がいいんじゃない? あのときのユーヤ、発情した狼みたいに目が血走ってたんだかんね。正常な判断とか出来てるわけないじゃん」
た、確かに。すごく興奮していたのはその通りだ。
そんな興奮状態のせいで、オレは勘違いしてしまったんだろう。
……あれ? ファーストキス奪っておいて逃げ去るとか、オレって最低なやつなんじゃね?
そりゃあ、いきなり押し倒されてキスされたら、いくら好きな相手だとしても、綾音もビックリして泣くわな……。
「マジかぁ……。そ、その件も混みですまん綾音。きちんと責任取るから」
「もー、ユーヤは深刻に捉えすぎ。ファーストキスの相手が、こーしてあたしの彼氏になってるんだし、責任としては充分果たしてるっしょ?」
「あ……」
言われてみると確かに。
すべてを『彼氏になったから』の一言で済ませられる訳じゃないだろうけど、この件はそれで片付けた方が無難なのかもしれない。
「それにしてもユーヤが彼氏かぁ……。実感が湧くようで湧かないなぁ。ずっと望んでたことだけど、いざ叶っちゃうとぽわぽわした変な感じがする」
「だな。オレも変な感じだ」
「でしょ? にしてもさ。やっぱユーヤが言う通り、二回キスして二回とも横になったままってのも、変な感じだよねー?」
「まあな。……なんだったら、もう一回するか?」
「え? あ、ユーヤ……」
オレはそう提案して綾音の両肩に手を置く。
「……うん。いーよ♡」
つばを飲み込んだことで喉が鳴る。
三度目の正直。三回目にしてやっと、普通にキスが出来るのか。
そのことに若干の興奮を覚えつつ、目をつむる綾音の顔に自分の顔を近付け……。
ポンッと、気の抜ける音が耳に届いた。
「……ん? もしかして今の着信音?」
と綾音は目を開け、ポケットに入っていたスマホを確認する。
オレもオレで、綾音の身体から手を離さざるを得なかった。
くそー! 誰だよ間が悪いエアブレイカーは?
「あれ? あたしんじゃない。ユーヤの方?」
「ん? オレのか? ちょっと見てみる」
言葉通りスマホを取り出し画面を確認すると。
『千歳に全部話した。今から会いたい。例の運動公園に来れるか?』
白斗からメッセージが届いていた。
自分の頬から、汗がツーッと流れ落ちるのを実感する。
「どったのユーヤ?」
「……白斗からだ。今から会って話したいんだとさ」
「茅野くんから? なんで?」
綾音はオレが持つスマホを覗き込む。
「んー? ちーちゃんに話したってなにを?」
「手紙の件のことだ。あいつがお前の下駄箱にラブレターを移したって話」
「ん? それをちーちゃんに? ……ああ、そっか。茅野くんは、ちーちゃんのことも騙していたことになるのか……」
綾音がやるせないような顔をする。
「それで、どーすんのユーヤは?」
「まあ、行くべきだよな。気は進まないが」
オレはなんとなしに頭をかいた。
白斗に嫌悪感があるのは確かだが、それ以上にどう接すればいいのかが分からない。
正直、綾音を自分の目的に使いやがった白斗と、元の関係に戻れる自信はなかった。
「ユーヤは、その……茅野くんとケンカ中なの?」
「ケンカっていうか、むしろ仲違いになるのかな。あいつのやったこと、オレはやっぱり許せない」
「…………でもさ」
オレがムスッとしていると、ふと綾音が呟いた。
「茅野くんがラブレターを移し替えていなかったら、あたしたちって付き合えてないんだよね?」
「え?」
その言葉にオレは、戸惑いながらも綾音の顔に視線を向けた。
「だってあたし、今回の件がなかったら、ユーヤに話しかけられず卒業してたかもしれないから」
「そ、卒業って……」
「冗談に聞こえるよね? でも、あたしはそんな未来が簡単に想像出来た。元があのナナシなんだよ? 今回みたいなきっかけがなかったら、たぶん厳しかったんじゃないかなぁ……」
鞍馬が目を閉じて苦笑する。
「そう考えるとね。茅野くんって、あたしたちにとって恋のキューピットなんじゃないかな?」
「恋のキューピット?」
綾音がオレの呟きに頷く。その表情が、冗談で言ってはいないと告げてくる。
白斗があんなことしなかったら、オレは綾音と恋人になれなかった?
じゃあ結局は、あいつのおかげでオレは綾音を好きになり、こうして贖罪の機会に恵まれたのか?
「ねえユーヤ。あたしも茅野くんがやったことはどうかと思う。でも、ちゃんと友達として向き合うべきだよ」
「友達として……。そうか……そうだよな。ありがとう綾音。オレ行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
オレは綾音にお礼を言って駆けた。白斗がいるであろう公園を目指して。
目的の場所に着くと、そこにはベンチに座る白斗がいた。地面を見つめるようにうつむく白斗の前で、オレは足を止める。
「来たぜ」
「優也か……。すまない。わざわざ呼び出して」
顔を上げることなく反応する白斗。その表情は、オレが見下ろしている今の状態だと、きちんと確認出来ない。
「それで、どうだったんだ?」
「千歳にはラインを使って全て話した。お前のことや鞍馬さんのことも。当たり前だが、千歳にはこっぴどく怒られてしまった。それでも……あの子は俺の隣で支え続けてくれるそうだ」
「そうか」
そう答えると、白斗はおもむろに立ち上がる。
「お前にも千歳にも。そして鞍馬さんにも、たくさんの迷惑をかけてしまった。今更謝って済む話ではないが……本当に申し訳なかった」
白斗は礼儀正しくお辞儀をするように、深々と頭を下げてきた。
「もういい。もういいんだ。お前の気持ちだって確かに理解出来る。あのやり方は今でも許せないが、それでもお前には感謝してるんだ」
「感謝……?」
白斗が頭を上げる。焦燥した顔をしながらも、驚きを隠せないという顔だった。
「綾音がお前をさ、オレたち二人の恋のキューピットだって言ったんだ。あいつは、お前のこんなバカげた計画がなければ、オレとは付き合えなかったかもしれないと言ったんだ」
「鞍馬さんがそんなことを……? しかし、お前が今呼んだ鞍馬さんの呼び方は……」
「ついさっき、オレからあいつに告白した。それで付き合うことになった」
「そうか……そうだったのか。おめでとう。本当におめでとう優也」
祝福の言葉を送ってきた白斗は、少しだけ表情を明るくした。
「ありがとう白斗。けど、そんなお前にオレは言いたいことが三つある」
「言いたいこと……か。聞こう。俺に出来ることがあるなら言ってくれ」
「ああ。じゃあ、遠慮なく言うぜ」
オレは「すぅ……」と息を吸い、自分の思いを言葉に乗せて吐き出す。
「まず一つ。今回みたいなことはもうやめろ。何か起きたなら、必ず周りに相談してくれ。倉田でも、他のやつでもいいから」
「分かった。約束しよう」
「二つ目。倉田を絶対に幸せにしろ。あいつを泣かせたりしてみろ。オレも綾音も許さないからな」
「もちろんだ。それも約束する」
「なら安心だな。じゃあ最後に」
「ああ」
目を見つめ返してくる白斗。その目が下に動くと、ゆっくりと見開かれていった。
それは――オレが白斗に向かって右手を差し出したからだ。
「白斗、オレと友達になってくれ」
「……な、何を言ってるんだ優也?」
「あの日の続きだよ。一年前、この公園でお前が言ってくれたことのやり直しをしたいんだ。オレはお前があのとき言った『友達になってくれ』って言葉に答えていなかった。だから改めて言いたい」
そう。俺はあの日、白斗の手を取れなかった。
今更かもしれないが、それでもきちんとやり直したいんだ。
「だが、しかし……! 俺は、俺はあんな酷いことをお前に、お前たちにしてしまったんだぞ!? それを今更……! 俺にはお前の友を名乗る資格など……」
「あるに決まってんだろ! 勝手にてめえのなかで決めつけてんじゃねえよ! さっきも言ったが、オレはお前がやったことは許さない。けど、お前のおかげで綾音と付き合えたのも事実だ。だから、一回関係がぶっ壊れてしまった今だからこそ言いたいんだ!」
オレは痺れてきた腕をそれでも伸ばし続け。
「白斗、オレと友達になってくれ」
ともう一度告げる。
「いいのか、こんな俺で……?」
「そんなお前だからだろ。何かあったら、今度はオレにもちゃんと言ってくれ」
「あ……あ、あ……。ありがとう優也……! こんな馬鹿な奴の友達でいてくれて……! 友達になってくれて……!」
そう言って白斗はオレの手を握り返してくれた。
白斗はもう少し一人でいたいと言い、オレはその意思を尊重して公園をあとにした。
そして、入り口を出たところで。
「お疲れさまユーヤ」
「綾音?」
出待ちをしていた綾音に遭遇した。
「気になってついて来ちゃった」
「お前なあ……」
「でもその顔、上手くいったんだね?」
「ああ。おあいにく様でな」
「にゃはは! んじゃ、そんな愛しの彼氏さんに綾音ちゃんがご褒美を上げちゃおう♡」
言うが早いか、反応する間もなく綾音に抱きつかれてしまう。
「お、おい!」
周囲に人はいないが、さすがに気恥ずかしい。
「彼女成分充電ちゅー♪ 元気出るっしょ?」
「で、出るに決まってんだろ……」
「あれれー? 顔真っ赤だよー?」
「あーもう! うるさい!」
「ひゃあっ!?」
そんな綾音を黙らせるため、オレも綾音を抱きしめ返す。
「これじゃあ、あたしにもご褒美なんだけどー?」
「いいだろ。お前もここまでがんばってきたんだし」
「あ……うん」
お互いに抱きしめる中で時間が過ぎる。
そうなると、気分も高まってくるわけで。
「綾音……」
「キスする?」
「ああ」
さっきの続きをしようと、互いに顔を近づけて――ぐーっと腹の虫が鳴った。
「おい」
「ご、ごめん……。色々安心したらおなか空いちゃったみたいで」
「ったく。んじゃ、ミックでも行って飯食うか?」
「いーじゃん! さっそく行こうし!」
さっさとホールドを解いて離れる綾音。花より団子とはこのことか。
「あ、そうだユーヤ」
「ん?」
「この前のデートと同じことしちゃう?」
「同じこと?」
聞いてる間に綾音が腕に抱きついてくる。
デートってことは、ミックからゲーセンの流れをしたいのかもしれない。
「もちミック行って、そのあとゲーセンで遊んでさ」
どうやらオレの考えで当たりだったようだ。
なんて内心でドヤ顔していると、不意に綾音が腕を引っ張ってきて。
「最後は大好きなユーヤと、ラブホでイチャイチャしたいにゃー♡」
と耳元で甘くささやいてきた。
「なっ!?」
「どーするユーヤ?」
「い、行けるわけないだろ! 付き合ったその日のうちにとか!!」
「知ってるし♪ にゃはは♪ まだまだユーヤは陥落させがいがありそうだねー?」
「お、お前なあ!!」
どうやら付き合ったこれからも――。
ラブレターを間違えて受け取った彼女が、オレのことを好きだと言って陥落させにくる件。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これにて優也視点でのお話は終わりです。次話からは綾音視点での物語となっております。
更にその後は、優也と綾音が付き合ったあとの話となる『第2部【恋人編(基本優也視点)】』も書きたいと思っていますので、今後もお付き合いいただけると幸いです。
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ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。