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41話 名無しの権兵衛

 白斗との一悶着があった日の翌朝。

 学校に着いたオレは、自分の下駄箱の扉をいつも通りに開けた。中から上履きを取り出して代わりに靴を入れる。


 扉を閉めつつ上履きに足を入れ、つま先で床をトントンと叩くことで履き終えた。

 履き心地を確認しながら、オレは一通の封筒をブレザーのポケットから取り出す。

 それを見つめ、鞍馬の下駄箱を見つめ――ポケットに仕舞い直した。


 これはまだ入れるタイミングじゃない。

 入れるとしたら昼。午後の授業で体育はないから、鞍馬がそれに気付くのは放課後になる予定だ。

 そのタイミングで見つけられるのがベター。なるべくなら、鞍馬に告白を意識しないまま放課後を迎えてもらいたい。


「ユーヤ!」

「おっと!? お前、いきなり飛びかかってくんなよな」


 声がするのと同時に、背中に軽い衝撃が走る。

 今まで何度も経験してきたもの。鞍馬による突進攻撃だ。


「にゃははー! 綾音ちゃん復活だし! てかてか、抱きついてもユーヤの反応が薄いんですけどー? もう倦怠期(けんたいき)にとつにゅーかにゃー?」

「バカ言え。夫婦でもなければ恋人でもないだろ。朝はテンションが低いんだよ」


 背中から離れた鞍馬に、オレは『面倒くせえ』と思っていることを伝えるために頭をかいた。

 実際のところ? んなもん、好きな子に抱きつかれて嬉しくないはずがないだろ。


 とはいえ、鞍馬に言ったこともあながち間違いではない。昨日の一件でテンションが低いと言えば低かった。

 にしてもだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 本当に不思議でしょうがない。


「一昨日はあんな、人には言えないようなことをした仲なのに……!」

「おい! 一回マジで口閉じろ!」


 周囲の聞き耳を立てていたらしい生徒たちが、怪訝な顔をしたり、頬を赤く染めたりしてる。

 そんなもんだから、オレはやむなく指摘せざるを得なくなってしまった。


「んー? 口閉じるのー? あーん、ってしてから閉じ――あいたっ!?」


 とりあえず手刀だ。あーんの件を蒸し返すなバカ。

 てか、こんなやり取り前もしなかったか?


「むぅー! これはDVだし! 家庭裁判所に出ちゃうかんね!?」


 涙目で頭を押さえながら抗議してくる鞍馬。


「出れるもんなら出てみろ。家庭とか関係ないんだから裁いてすらもらえねえよ」


 なんて、バカ騒ぎをするオレたち二人。

 鞍馬とやるそんなやり取りがすごく楽しい。丸一日以上会えなかったのに加え、昨日の一悶着の傷にも染み込んできて、オレの心が癒されていく。


「はあ、とりあえず教室行くぞ。騒いでると先生来そうだしな」

「ほいほい。おけまる水産ー」


 騒つく奴らに弁明しながら、オレは鞍馬と共に教室に向かって歩いた。


 今のオレの中には色々な感情が渦巻いてる。

 それでも、こいつとのケリをつけようと思う気持ちだけは、決して他の感情なんかに飲み込まれることはなかった……。




 昼休みになり、オレは再び下駄箱を訪れる。


 白斗が学校を休んだ。あいつが高校に入ってから欠席したことがなかったもんで、それを知ってる何人かが心配していた。

 けど、鞍馬や倉田が白斗の休みに過剰に反応することはなかった。おそらく、オレと白斗との間で起きたことを、まだ何も知らないんだろう。


 白斗がいないのもあり、オレは倉田たちから昼食に誘われたんだが断った。今日はギャルの園田も参加するらしく、その中に男子一人だけだと気が引ける、という理由で。


 そして今、鞍馬の下駄箱の扉を開け、持ってきた手紙の一つを中に入れた。

 周囲に人はいるが、廊下を会話しながら歩く生徒たちだけ。下駄箱を開けて閉めた程度の男子生徒では、あいつらの興味を引くことすらないようだ。


 オレは踵を返して廊下を歩く生徒たちの波へと戻った。そのまま教室へと向かう。

 これで任務完了。あとは時が来るのを待つだけだ。




 そうして、特に問題もなく放課後を迎えた。

 昼に下駄箱に入れたのは、手紙とは言ってもラブレターではない。

 単に「放課後に体育倉庫に来て欲しい」と書いただけの手紙だ。他人に見られてもいいよう、今回は差出人を書いていない。


 来るかどうかの保証はないが、『放課後』と『体育倉庫』の二点で、あいつは察してくれるだろう。

 そう思い、オレはすでに体育倉庫の壁にもたれかかりながら鞍馬を待っていた。

 あらかじめ体育館で行う部活が休みなのも運動部の連中から聞いてる。多少うるさくなっても、まあ問題はないだろう。


 そこへ――。


「あー! やっぱユーヤじゃん! 名無しの権兵衛はやめろしー! 決闘かと思ったじゃんかー!」


 と悪態をつきながら鞍馬が現れた。


「決闘ってなんだよ?」

「ほら、放課後に呼び出してタイマンバトルみたいなさ!」


 言いながら「シュッ、シュシュッ!」と腕を突き出してシャドーボクシングをし始める鞍馬。

 こいつの思考は本当に掴みどころがない。


「オレが呼び出したって予想ついてたんだろ? 誰がそんなことするかよ」

「えー? けどユーヤでもしそーじゃん? こう、お前とオレとの決着を今日こそつけてやるぜ! 見たいな感じで♪」


 鞍馬が動きを止め冗談っぽく笑う。だからオレは。


「そうだな。今日こそ決着をつけるとするか」

「でしょー? ……へ?」


 その笑い顔が固まった。ゆっくりと笑みが消え、鞍馬の顔が赤くなる。


「そ、それってやっぱ、そーゆーことなんだよね? まあ予想くらいしてたけど……さ」

「ああ。お前に言わなきゃならないことがある」


 もちろん告白をする。必須事項だ。

 けど、その前に確認しておかないといけないことがあった。そうじゃないと、オレは自分の過去にケリをつけられない。


「これ、なんだか分かるか?」


 オレは一枚の封筒をブレザーから取り出した。


「えっと、それってユーヤが書いたラブレター?」

「そうだ。お前に間違えて渡ってしまった、あのラブレターだ」


 取り出したのは倉田に渡すつもりだったもの。鞍馬のために書いたものとは違う。


「なんで今更それを? もしかして、綾音ちゃんはそれを渡されて告られちゃったり?」

「なわけないだろ」

「ですよねー」


 と鞍馬は腕を組みながら首を傾げた。こんなことをオレがする意味が分からないんだろう。


「この手紙、元々は倉田に渡すつもりのものだったことは覚えてるよな?」

「ん? まあねー。ユーヤがちーちゃんの一個下である、あーしの下駄箱に間違えて入れたんでしょ?」

「実は違う。この手紙、白斗がわざとお前の下駄箱に移し替えていたんだ」

「……え? い、意味わかんないんだけど」


 オレは昨日あったことを鞍馬に話した。

 倉田と二人で出かけたこと。そこで倉田と白斗が付き合っているのを聞いたことも。

 そして白斗が、オレと鞍馬が付き合うように裏から根回ししていたことも伝えた。


「なにそれ……? 全部茅野っちが仕組んでたってこと?」

「そういうことだ」

「……じゃあなに? ユーヤがあーしを呼び出したのって、そのことを伝えたかったから? ……れる……期待し……ばか……い……ゃん……」


 オレたち以外いない体育館裏。そんな騒音のない場所だから、鞍馬の呟く声も少しは聞こえた。

 きっと、『告白されることを期待していた自分がばかみたいじゃん』と言ったんだろう。


 今すぐ言ってしまいたい。告白する気で呼び出したんだって、鞍馬に言ってやりたかった。

 けど、その言葉をグッと飲み込んでオレは続きを話す。


「結局のところ、本来これは、鞍馬の手に渡る可能性がなかったものだった」

「そりゃ……そーでしょ。……ユーヤはなにが言いたいわけ? 真実を知ったあーしは、どうすればユーヤの望む通りの反応になるの?」

「そうだな。とりあえず、これから目を見開いて驚いたりしてもらいたいな」


 今の言葉が気に障ったんだろう。鞍馬の顔がムスッとしたものに変わった。

 それを見ながら、オレは封筒を開けて中から手紙を出す。


 そして――。


「いきなりの手紙ですみません。オレはあなたの笑顔に一目惚れしました。あなたは彼女作りをがんばってとオレに言ってくれましたが、そんなあなたに彼女になって欲しいんです。あなたを本気で好きになってしまいました。今日の放課後、体育館裏であなたを待っています。そのときに返事をください。進藤優也」


 オレは手紙の内容をこの場で朗読した。


「ちょっ、ちょっとユーヤ!? なんでいきなり読み出したし!?」


 当たり前だが、鞍馬の表情が驚いたものに変わる。


「なあ、今の聞いて変だと思わなかったか?」

「へ、変?」

「だってそうだろ? この手紙、倉田に渡すために書いたものなんだぜ?」


 さっきも言った通り、鞍馬の手に渡ることなんて想定してない手紙なんだ。

 だからおかしい。手紙を読んだ鞍馬が、これを素直に受け入れていたことが。


「あなたの笑顔に一目惚れした。これはおかしくないな。オレがどこかで鞍馬の笑顔を見て惚れたんだとも受け取れる。問題はそのあとだ」


 鞍馬の頬にわずかだが汗が流れ始めた。


「彼女作りをがんばれと言われた。……なあこれ、オレはお前にいつ言われたんだ?」

「ーーっ!」


 明らかに鞍馬が怯んだ。あいつの瞳が大きく揺れ出す。


「これはさ。教室でオレが「彼女欲しい」と言って黄昏てて、それを担任に怒られて席に戻ってる途中で、倉田から言われた言葉だったんだよ。倉田に出すラブレターなんだから、書いてあっても変じゃない」


 オレは手紙を持つ手を下ろし、鞍馬を正面からしっかりと見つめる。


「じゃあ、なんで鞍馬は疑問に思わなかったんだ? その答えは簡単だった。オレがこのセリフを、倉田以外から一度だけ言われたことがあったんだ。中学生時代、犬飼麻美から振られた日の放課後。オレはお前に言われてたんだよな鞍馬? いや、今はこう呼んだ方がいいか」


 ――ナナシ。


 オレが口にした呼び方に反応し、鞍馬の目が大きく見開いていく。

 それが、それこそが鞍馬綾音がナナシなんだという確たる証拠になった。

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[良い点] この部分だったか!! あなたの笑顔の部分と思ってました!! ナナシはどうする!
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