4話 進藤家の家庭事情
「あいつがオレを好きだなんて……どういうことなんだよ……?」
結局この日、オレは鞍馬の告白に返事をすることはなかった。何か言うよりも前に、あいつが手紙を持ったまま走り去ってしまったからだ。
取り残されたオレも、今は自宅のベッドで横になり天井を見つめていた。
ただ単に、好きになった女子に一世一代の告白をしたかっただけなのにな。
そのラブレターが別の相手に渡ってしまっていて、どうしてかそいつはオレのことが好きらしくて……。
「はあ……」
分からん。そもそもの話、鞍馬がオレを好きな理由に見当がつかないんだが。
自慢じゃないが、ギャルに好かれる要素なんかオレにはない。
あいつが好きになるような特別な出来事……ね。
そんなことあったか? と今までの学校生活を思い返すために目をつむる。
「優ちゃーん! ご飯出来たよー!」
けど、それはすぐさま中断されてしまった。
「っ分かったー! すぐ行くよ姉ちゃん!」
下から聞こえてきた姉ちゃんの声に返事をし、オレは眼鏡をずらして目を擦る。
それから勢いよくベッドから飛び起きた。
「腹減ったし、とりあえず飯食うか」
こんがらがった頭をかきつつ、オレはスライド式の自室の扉を開ける。
「人を好きになるきっかけ……か」
白斗が言っていた言葉を口にしてみたものの、これといったヒントにもならなかった。
「大丈夫優ちゃん?」
テーブルに向き合う形で座る姉ちゃんが、心配そうな顔で尋ねてくる。
「え? あ、うん。大丈夫だよ姉ちゃん」
「本当に? 昨日は昨日で、心ここにあらずって感じだったけど、今日は雰囲気暗いよ?」
「まあ、色々あってさ……」
さすがに今日あったことを家族に話すのは恥ずかしいので、オレは食事に集中することにした。
無言で野菜炒めに箸を伸ばす。それを摘んでご飯の上に乗せ、口へと運ぶ。うん、うまい。
「色々って…………まさかいじめ!? いじめられたりしてるの優ちゃん!?」
姉ちゃんが勢いよく立ち上がると、栗色で二つ結びの長いおさげが、重力に逆らって一瞬浮く。
「え!? いや、ち、違っ! ちーがーうーからあああっ!」
で、鬼気迫る顔をしてオレの両肩をがっしりと掴むと、ぶんぶんと前後に揺すってきた。
オレは反論しながらも、飲み込んだ野菜炒めごと胃をシェイクされております。
「本当!? 本当に大丈夫!? お姉ちゃん、優ちゃんが心配で心配でぇ……!」
「ったく、姉ちゃんは過保護すぎなんだよ!」
このまま嘔吐したくないので、とりあえず姉ちゃんの手を引きはがす。
「だってぇ! 亡くなったお母さんの分まで、わたしが優ちゃんを守ってあげないといけないからぁ!」
姉ちゃんは「おろろろろろぉ……」と流れる涙を袖で拭い続ける。てか、その泣き方はやめて欲しい。
うちの姉ちゃんの名前は梓という。
オレより三つ上の大学生で、お節介な性格かつ、弟のオレに対してやたらと過保護に接してくる姉だ。けど、それにも理由がある。
オレが中学生だった頃に母さんが亡くなった。末期の癌でだ。
父さんは仕事人間だったが、そのときばかりは仕事を放ってでも病院に通い詰めていた。
半年と経たずに母さんは死んでしまったが、それ以来、姉ちゃんは家事全般を引き受けながらオレの面倒を見てくれてる。
父さんは姉ちゃんに押し切られる形で、海外の仕事へと出稼ぎへ。一応、月に数回は連絡を寄越してくれる。
そんな事情もあって、姉ちゃんはオレに対してやたらと過保護になってしまったんだ。
「じゃあ、優ちゃんは何か悩みでもあるの?」
「うっ……」
涙が引っ込み始めた姉ちゃんからの問いかけ。
図星を突かれる質問だったせいで、オレは思わず声をもらしてしまった。
「その反応、当たりなのね!? 何かあったの!?」
「プライベートなことなので、ノーコメントで」
「……へ? ゆ、ゆゆゆ優ちゃんがぐれたあああ! ついに反抗期が来たわ! お母さあああん!!」
第二次反抗期すらもう終わっております姉上。
てか、その程度で滝のような涙を出して泣き叫ぶのはやめてください。ご近所迷惑です。
「姉ちゃん、声のトーン落としてくんない?」
「ぐすっ! うぐ……! ひっぐぅ……! ゆ、優ちゃんがあああぁぁ……!! 私の優ちゃんが、優ちゃ――げほげほっ!!」
「もう、むせてるじゃんか。水を飲んで一回落ち着こうよ。ね?」
オレはテーブルに置いてあるグラスを姉ちゃんへ手渡す。
それを受け取った姉ちゃんは、ぐびぐびとあおるようにして水を飲んだ。
「ぷっはあああぁぁ! げぷっ!」
ダメだこの人。早くなんとかしないと。
このままだと嫁のもらい手が見つからなさそうだ。
「あー……今度の休み、買い物付き合うからさ。この話はここまでにしよう」
「……ほ、本当に?」
「うん。本当」
「ふっぐ……! じゃ、じゃあ許すぅ……!」
「分かったよ。ありがとう姉ちゃん」
ごめん分からない。オレはいったい何を許されたんだろうか?
このあとはさっきの話題には特に触れず、普段通りの食事をし、風呂に入った。
姉ちゃんの過保護っぷりは相当だ。切実に弟離れをして欲しい今日この頃である。
そうして風呂も済ませたオレは、パジャマ姿で自分の部屋へと戻ってきた。
電気を点けて部屋に入ると、勉強机に置いていたスマホを手に取る。
「……白斗か」
ロック画面にはラインのバナーが表示されていて、白斗の名前で通知が来ていた。
指紋認証でロックを外しアプリを立ち上げる。
すると、ポンッとまぬけな音が鳴ってメッセージが表示された。
『おっす。今日学校でそわそわしていたが、何かあったのか?』
「おお……」
オレって相当態度に出やすいのな。
真面目に穴があったら入りたい気分だった。少しくらいポーカーフェイスの練習でもしてみるか。
「さてさて、なんて返信をしようかね……」
送る内容を考えながらベッドに横になったとき。
「ん?」
受信音がポンッとまた鳴った。
白斗からの追加のメッセージかと思い、開きっぱなしのトーク画面に目を向ける。
「ってあれ? 白斗じゃない?」
画面には追加のトークは表示されていなかった。
「別の人からメッセージが来たのか?」
オレはスマホを操作してトークの一覧画面へと移動する。
そこに表示された通知がついているアカウントは、知らない名前のものだった。それは――。
「あ、アヤネイル……?」
オレは画面を眺めたまま固まった。
本当に知らないアカウントだ。前に登録した相手とかじゃなく、一方的に送ってきた初の通知らしい。
もしかしたら『知り合いかも?』って項目から探して連絡を寄越したのかもしれない。
「てか誰だよ……?」
薄寒い気分になりながらも、オレはアカウント名をタッチした。
そこからトークを選んで画面が切り替わる。
しかし、表示された内容が目に入り。
『あーしだよ。鞍馬綾音』
「なっ!?」
オレはその一文を見て血の気が引くのを感じた。
なんで鞍馬がわざわざ連絡をしてきたのか、本当に意味が分からない。
直接の接点はないし、誰かから番号を聞いたんだろうか?
訳も分からず困惑していたら、続けてメッセージが届いた。
『既読付いたってことは見てんだよね? 明日話があるから、今朝校門で会ったのと同じ時間帯に体育倉庫へ来ること!』
呼び出し? まさか今日の告白のことでか?
オレは頭が痛くなってきて目を閉じる。なぜか、まぶたの裏にはニヤつく鞍馬の顔が浮かんでいた。
「あーくそっ! 最悪だ。今日は絶対厄日だ……!」