38話 確かめたいこと
「ふう……。自分なりにケリをつけるためとはいえ、まさか、この土壇場で倉田とデートすることになるとはな」
呟きながら腕時計で時間を確認する。
祝日である昭和の日。オレはこの前利用した駅で下車し、街頭にもたれかかりながら倉田を待っていた。
予定の時間よりも十分は早く、待ち人である倉田の姿はまだ見当たらない。
そんな暇を持て余した時間を潰そうと、スマホでソシャゲをしていたところに。
「おーい! 進藤くーん!」
手を上げて近寄って来る女子が一人。待ち人である倉田だ。
「おう」
「待たせちゃった?」
「いや、さっき来たところだ」
オレはそう話しスマホをポケットに入れる。
倉田はというと、少し息を切らした様子で膝に手を突き。
「ほうほう。私服の進藤くんってなんか新鮮かも♪」
と可愛らしく笑みを浮かべた。
うん。やっぱり倉田は可愛いな。
鞍馬に対して操を立ててる状態じゃなかったら、これまで通り見惚れていたかもしれない。
「倉田の私服を見るのも初めてだよな? 落ち着いた感じのデザインでいいんじゃないか」
「そ、そうかなあー? ありがとう進藤くん♪」
オレの言葉に気を良くした倉田は、スカートの裾を摘んでヒラヒラとさせる。
倉田が着ていたのはクラシカルなワンピース。紺色で白いリボンの装飾がついた可愛いデザインだ。
「あ、そうだったそうだった。今日は急に誘ってごめんね!」
「いや大丈夫だ。確か穴埋めの意味を込めてだっけか?」
「うん。どっちも進藤くんと一緒出来なかったから、今日はそのお詫びがしたくって」
ということらしい。
日曜に誘った話を断ったこと。そして委員の仕事のせいで、二人一緒での鞍馬のお見舞いに行けなかったこと。
その二つのお詫びとして、オレは倉田からデートに誘われたということである。
きっと、倉田にとっては恋愛的な意味はこもってないデートのはずだ。
「よーし、それじゃあ行こっか進藤くん!」
こうしてオレと倉田のデートは始まった。
服やアクセサリーショップなどのウインドウショッピングをし、お昼はファミレスで済ませる。
昼食後は倉田のリクエストで、ゲームやグッズを売ってる店に立ち寄り、日曜に鞍馬と訪れたゲーセンにも行った。
鞍馬のときとは違うデートプラン。
けれども、倉田と過ごしたデートもすごく楽しい時間になったのは確かだった。
そして予定していたすべての目的を終えたオレたちは、隣り合って土手道を歩いていた。
春らしい柔らかな風が頬をなでる中、二人して土手を降りる。
「うーん! 風が気持ちいい! 今日は楽しかったなあ。進藤くんはどう?」
「ああ。倉田と出かけたのは初めてだったが、オレもすごく楽しかった」
「おー! やったー! そういえば、最近進藤くんって綾ちゃんと仲がいいよね? 綾ちゃんともこうやって出かけたりしたことあるの?」
不意に、倉田からそんな質問を投げかけられた。
「鞍馬とは……日曜日に市街地に出かけた」
「え? 日曜日に?」
そのことを知らなかったようで、手を口元に当てて驚く表情をする倉田。
「ああ。そのときにさ、お前と白斗が一緒にいたのを見かけたんだ」
「……っ! そっか。……茅野くんの方が先だったんだ。お礼の意味も含めて茅野くんと出かけてたの。あのときは、進藤くんの誘いを断っちゃってごめんなさい……」
「いや、先約だったのなら仕方ないさ」
そこから沈黙がオレたちの間を通り抜ける。
どうすればいいか分からなかった。白斗との仲の良さを聞くべきかもと思ったが、あいにく、そこまでの勇気を持ち合わせてはいない。
それならと、オレは自分の言葉で倉田へと一歩踏み込むことにした。
「オレさ。倉田のことが好きだったんだ」
「え? …………えええええ!? あ、いや、でもその! ……あれ? 好きだった?」
赤面して慌てる倉田だったが、疑問符を浮かべたような顔をしてオレの言葉を繰り返した。
「……ああ。正確には、今もまだ好きなんだと思う。けど、それ以上に好きな奴が出来てさ」
「それって……もしかして綾ちゃん?」
オレは倉田の問いに頷く。
「倉田は知らないんだろうけど、「彼女出来るといいね」って倉田が笑って言ってくれたとき、オレはお前に一目惚れしてたんだぜ。思わずラブレターなんてものを書くほどにな」
「う、ウソ!? あのときに!?」
倉田が口を押さえて驚いた顔をする。
分からないのも無理はない。一目惚れなんて、相手からしてみたらそんなものだ。
「ご、ごめんね。進藤くんの気持ち、私ぜんぜん知らなくて……。あ、でも、そんな手紙貰ってなかったよねっ?」
「そうなんだ。倉田には渡らなかった。実は、その手紙を倉田の下駄箱に入れるようとしたんだが、間違えて鞍馬の下駄箱に入れちまったみたいでさ」
「綾ちゃんの……? あ、そういうことか。私の下駄箱の下が綾ちゃんだったから、進藤くんは入れ間違えちゃったんだね?」
「ご名答」
オレは恥ずかしくなり、頬をかきながら答える。それを聞いた倉田が腕を組むと。
「でもそっかあ。進藤くんは綾ちゃんを好きになってたのかあ」
納得したように目を閉じ、澄まし顔をした。
「……なあ倉田。もし仮に、オレが付き合ってくれって言ったらどうする?」
「うん? 綾ちゃんが好きなのに?」
「だから仮にだよ。オレはもう鞍馬に告白するって決めてるんだ」
オレは冗談めかした感じで苦笑する。
言ったことは本当だ。もし倉田から付き合ってもいいと言われても、オレは断るつもりだった。
ただ単に、ここまで悩んできたことに対する明確な答えを知りたかったんだ。
「仮に、かあ。うーん…………」
倉田は悩ましげな顔をしたあとに姿勢を正すと。
「ごめんなさい。進藤くんとは付き合うことは出来ません」
真っ直ぐにオレを見つめ、軽く頭を下げて告げられた。
分かってた。自分の中でもすでに答えが決まっていたからか、思っていた以上にダメージがない。
それでも、それでも少しだけ寂しい気持ちになってしまう。
「だよな。じゃあさ、もし手紙がちゃんと倉田に届いて、オレが全力で倉田に好きになってもらう努力をしていたら、結末は変わってた……か?」
もしもの可能性を追い求めてしまう。
別に鞍馬を好きになったことをないがしろにする気はない。この問いも、ただの好奇心に過ぎなかった。
「ごめんなさい。それでも進藤くんとは付き合えないかな」
今度は悩むこともなく答えが返ってくる。
オレは一言「そっか」とだけ答えた。けど、どうしてもその理由を知りたくなってしまい。
「すまん倉田。その付き合えない理由、聞いてもいいか? 嫌なら言わなくてもいいからさ」
「え!? あー……えっと……嫌じゃないけど……そんなに聞きたい?」
「ああ」
すると、さっき以上に悩み始める倉田。腕を組み、髪の毛までいじり出すこと数秒が経ち。
「分かった。進藤くんがここまで話してくれてるんだもんね。私も腹を割って話さないと」
倉田は腕組みを解き、悩むのをやめたスッキリとした顔になる。
「本当はね、誰にも言わないようにって念を押されてたんだけど、進藤くんだから言うよ」
「あ、ああ!」
オレは自分の頬から汗が流れるのを感じつつ、覚悟を決めて頷く。
「実は私ね、春休みから――」
倉田と別れたあと、オレは一人その場に残って川を眺めていた。
夕日が差し込む川。その流れる音を聞き、あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
「よお優也。急にこんなところへ呼び出してどうしたんだ?」
「おう。すまんな白斗」
そこへ白斗がやってきた。ラインでここに来るよう伝えたんだ。
白斗が歩み寄り、数メートル手前で足を止める。
「ラインでは済ませられない用事なんだろ? 部活の練習も終わったし、俺は別に構わん」
そう口にした白斗はジャージを着ていた。ところどころ汚れた箇所もあり、きっと家に帰るより前にオレのところへ来たんだろう。
「それで? なんで俺を呼び出したんだ?」
「なんで……か」
オレは白斗へと歩み寄る。
「優也?」
「なんでなんだろうな……なんでなんだよ……」
一歩。また一歩と、オレは身体を揺らしながら白斗に近付いていく。
「どう、したんだ優也……?」
オレがまとう空気を察したんだろう。白斗の声に明らかな戸惑いが生まれた。
「なんでだ白斗……」
オレは更に一歩踏み込み、白斗と対峙する距離まで届く。
そこから右手を一気に持ち上げ――。
「ぐっ!? 優也!?」
白斗のジャージの胸倉を力一杯掴み、顔面を突き合わせる。
「なあ白斗……!」
――実は私ね、春休みから……。
「お前ッ!! なんで倉田と付き合ってたこと黙っていやがったあッ!?」
――白斗くんと、お付き合いしてるの。
オレは、そんな幸せそうに微笑んで答えてくれた倉田の顔を思い出し、行き場のない怒号を白斗にぶちまけた。