37話 デートの誘い その3
そのあと、オレは残っていたコーヒーを飲んでお暇することにした。
晩ご飯はどうかと沙苗さんから誘われたが、姉ちゃんがご飯を用意してるらしいから、丁重にお断りさせてもらった。
ふと沙苗さんは専業主婦だと、前に鞍馬が話していたことを思い出す。
それで、どうしてスーツを着ているのかを尋ねてみたら、家の生活費を稼ぐためにバイトに行っていたそうだ。
離婚後は司さんが生活費を全面的に工面しているらしく、親としてもこれ以上、娘の収入だけに頼る訳にはいかないから。なんて沙苗さんが苦笑しながら話してくれた。
オレは最後に鞍馬の部屋に行く。
覗くと、あいつがまだ寝てることを確認出来た。顔を見ただけで愛おしい気持ちが湧き上がってきたが、今はただ、鞍馬の体調がよくなることだけを願って立ち去ることにした。
で現在、玄関の前で沙苗さんに見送られる形で外に出たところだ。
「今日は来てくれてありがとう進藤くん。綾音の看病や留守番のことも含めて感謝してるわ」
「いえ、お礼を言いたいのはこちらの方です。背中を押してもらえて助かりました。それとコーヒーごちそうさまでした。おいしかったです」
「いいのよそれくらい。未来の息子になる子への手助けが出来たのだから」
「え!? あ、いやその……!」
「ふふふっ、まだ気が早かったかしら? 綾音にはなんて告白するつもり? なんだったらあの子が起きたときに、私の方からあなたの想いを伝えてあげてもいいわよ。って、さすがにそれはでしゃばり過ぎか」
うん。さすがにやめて欲しい。
それにもう、オレの中ではどんな風に鞍馬に想いを伝えるか決めてあった。
「その、ラブレター……送ろうと思うんです」
「ラブレター? 綾音に?」
「はい。最初は手違いから渡ってしまったラブレターだったんで。今度は綾音さんに向けたものを書いて、きちんとオレの想いを伝えようと思います」
「あら? いいんじゃないかしらそれ。ロマンチックな感じがして、私は嫌いじゃないわよ」
「そ、そうですかっ? 沙苗さんのお墨付きですし、それでやってみます」
「はあ〜、それにしてもいいわね若いって。私ももう一度真剣に恋をしてみたいわ」
沙苗さんはうっとりとした顔で目を閉じ、頬に手を当てる。
「沙苗さんはお綺麗ですし、きっと良い恋が出来ますよ」
「あらあら? 今のは未来の息子に口説かれてしまっていたのかしら? ふふっ」
「え!? いや! そういうつもりは!」
「もちろん分かってるわ。……もう日も落ちてきてるから気を付けて帰るのよ」
「はい。お邪魔しました」
オレは沙苗さんに頭を下げ、自分の家へと帰った。
帰宅後は普段通り家で過ごし、あとはひたすら机にへばりつく。
理由は簡単。鞍馬に渡すためのラブレターを書いていたからだ。
書いては気に入らなくて消し、書き直してはまた消すことの繰り返し。
そんな繰り返しを何回もやっていると。
「あ!? 破れた……」
集中力が切れ、消し方が雑になったせいで紙を破いてしまう始末。
予備あったか? なんて机の中を探し、倉田に渡すはずだったラブレターを見つけた。
「ここから始まったんだよな……」
オレはノスタルジックな感覚に襲われながらも、それには触れずに新たな紙を取り出す。
そんなこんなで、この日の夜はラブレターを書くことだけに勤しんで寝ることになった。
翌日――。
オレは起きてすぐ、鞍馬に『おはよう』とラインを送る。起きてすぐだったが、送信ボタンを押すまでに一分ほど時間がかかってしまった。
なんだかんだで昨日は、ラブレターにしか頭が回らなくて、鞍馬にラインを送っていなかったりする。
しかし昨日同様に既読が付くことはなかった。
もしかしたら、まだ風邪が治らなくて寝ているのかもしれない。今日も休むのだろうか?
そのことが、オレに鞍馬と会えないことへの寂しさを植え付けてくる。同時に、会えないことに対する安堵感も与えてきた。
正直、昨日の今日でどんな顔をしてあいさつすればいいのか分からないんだ。きっと話すだけで頭がおかしくなってしまう。
「鞍馬……」
鞍馬が好きという感情があふれてきて止まらない。
どうやら、あいつが好き過ぎてオレの理性は壊れてしまったようだ。
で結局、鞍馬から返信が来ないまま教室に着いてしまった。扉を開けて教室内を見回すが、鞍馬の姿は見当たらない。
席に着いて鞄の中身を出しているところに、スマホの通知音が鳴った。
もしかして? とすぐさま確認すると。
『おはおはー! 今日もまだ風邪っぽいから登校するの禁止ってお母さんに言われた……(>_<)ぴえん』
鞍馬からラインが届いてた。
それを見た瞬間、自分の内から活力がみなぎってくるのを感じ、さっきまでの憂鬱な気分が一瞬にして吹き飛んだ。
恋の力ってすごいんだな、と思わざるを得ない。
おっと、早く返事してやらないとな。
『風邪なら仕方ないだろ。ゆっくり休んで早く治すんだぞ』
それを送り――手が勝手に動き出す。
『今日もお見舞いに行ってやろうか?』
気付いたときには、すでにそのメッセージが送られていた。
恋の力って怖いんだな、と驚愕せざるを得ない。
『お見舞いはタンマ!』
『どうしてだ?』
思いもよらない鞍馬のメッセージで不安になるも、オレはすぐに聞き返す。
『だって……ユーヤといると、また変なこと言っちゃいそうだから。そのせいでユーヤに嫌われたりとかしたくない』
その文章を見て、昨日のやり取りが津波のようになって一気に押し寄せてくる。
熱を帯び、ふやけた顔になった鞍馬が頭の中に思い浮かんだ。そんな顔をしていた鞍馬相手に、昨日のオレは「あーん」なんてして……。
「やばいなこれ……」
心臓が痛いほど鳴ってる。息をするのが辛い。今すぐ鞍馬に会いたくなってくる。
自分の中の欲求という波に襲われながらも、なんとかスマホの画面をタップして文字を打つ。
『嫌う訳ないだろ。大体、あれこれ言ってたのはオレの方だ。そこんとこ履き違えんなっての。それに、オレはお前の助けになれて嬉しかった』
素直な気持ちを文に込める。
『ユーヤ』
それに対して名前だけの文が返ってきて。
『って病弱っ娘属性萌えー?』
「ちげえっつーの!」
なんでそうなる!? お前萌えだよ! 今はお前にしか萌えられねーんだよ!!
「し、進藤くん? どうかしたの?」
「何かあったのか優也?」
「え?」
オレの席まで歩いてきたのは白斗と倉田だった。
もしかして今のツッコミ声に出てたのか!?
「い、いや! なんでもない!」
「ジーッ……あ! 綾ちゃんとライン中だったの?」
「ほう?」
オレは倉田の言葉にハッとし、スマホを裏向きで机に置く。
文面まで見られたか? それとも名前だけ?
「私もね、今日も休むって綾ちゃんから届いたよ。今日こそは、私もお見舞いに行こうって思ってるんだけど、進藤くんと茅野くんはどう?」
「すまないが、俺は今日も部活だ」
「進藤くんは?」
「オレは……昨日行ったからいいかな。オレがいても倉田と鞍馬の邪魔になるだろうし」
「んー、そんなことないのになぁ。そこまで言うのなら、今回はお言葉に甘えさせてもらおっと」
鞍馬からタンマを貰ったから仕方ない。本音はすごく行きたいです。
そして放課後。倉田は一人で鞍馬のお見舞いに行ったようで。
『今ちーちゃん帰った』
と、オレが自分の部屋で手紙とにらめっこしてる最中に鞍馬からラインが来た。
時刻は夜の六時を過ぎたところだ。
『どうだった?』
『楽しかったよ! 色々お土産持ってきてくれたし、久し振りに会えたからお姉ちゃんも喜んでてさ』
「あー、そっか。鞍馬と幼馴染なんだから、司さんとも幼馴染なんだよな」
姉妹なんだから、そりゃそうだ。
『そーいえば、ユーヤはお姉ちゃんのこと知らないんだよね?』
『いや知ってる』
『え? あーし話したっけ!?』
『うちの姉ちゃんの友達だったらしくて、土曜日に会ったんだ。あと昨日家に入れてくれたしな』
『なーんだ。面白おかしく紹介しよーと思ったのに』
その文章見られたら、司さんからビンタくらいそうだ。
『明日は祝日だっけ?』
『ああ。昭和の日だな』
にしても、なんで急に祝日の話を? と疑問に思いつつも、電源ボタンを押してからスマホをポケットに入れる。
理由は単にトイレに行きたくなったからだ。
背伸びをしながら部屋の入り口に向かい、ふと一つの考えが頭をよぎる。
「……あ! これはもしかして、デートの誘いをしてくる気か!?」
ありえる。休みのことを話題に出すってことは、そういうことなんだろう。
しかし、誘うのならやっぱり男の方からがいいんじゃないか?
てか、まだラブレターも書けてないんだが……いや待てよ。デート後に渡すシチュエーションもありなんじゃ?
なんて思考に浸りながら階段を降りていると――ズボンに入れてたスマホが通知音を鳴らした。
一階に着いたことで、スマホを取り出して画面を確認する。
『あのね。ヒマだったら、明日二人で出かけたりしたいな。いきなりでごめ……』
「ふっ、ビンゴか」
オレは途中までポップアップに表示されていたその文面を見てガッツポーズをする。
しかし、当たったからといって賞品があるわけでもなく、むしろ先を越されたことを悔やむべきか。
そこへ再び鳴る通知音。画面をもう一度見ると。
『ユーヤはどっか出かけたりすんの? あーしん家は家族で食事に行く予定……』
「…………え?」
さっき届いたものと繋がりのない文章だった。
家族と食事に行く予定……なのか? オレと二人で出かけるって話じゃ?
オレの呼び方、一人称。明らかに二つ目の文章は鞍馬のものだった。
じゃあ最初に来たのは……?
オレはそのポップアップの名前を見て目を見開く。
「は? なんで……? なんで今なんだよ……!?」
なぜならそこには、倉田という名前が表示されていたのだから。