36話 比例していた好きという感情
「それで、あなたはうちの娘のことをどう思っているの?」
「え? そ、それは……」
このタイミングで、しかも自分に好意を持つ女子の親から聞かれるとはな……。
娘が好きな相手が、娘をどう思っているのかは気になるよな。親としては。
正直、今は鞍馬の方へ気持ちが傾いてる。それがオレの本音だ。
倉田のことが好きなのは確かだが、それ以上に、昨日今日と鞍馬と過ごしたことで、あいつに向ける想いがあまりにも大きくなりすぎていた。
だから、好きか嫌いかの二択でなら、間違いなく好きだと断言出来る。だけどこれは、そんな簡単な一言だけで済ませていい話じゃない。
どう思っているのか。それを明確に言葉にするのはすごく難しかった。そう。本当に難しくて……。
「あの、オレ……実は他に好きな子がいるんです」
そんな不器用なオレは、自分の恋愛事情をありのまま話すことにした。
「へえ? じゃあ、綾音のことは好きじゃないってことね。残念だわ」
「いえ、綾音さんのことも好きなんです」
「ん?」
「こういう言い方では優柔不断だと思われても仕方がありません。分かってます。なので、そうなった経緯を話してもよろしいでしょうか?」
「……ええ、分かったわ。聞かせてちょうだい。あなたのことを」
オレは一口だけコーヒーを飲み、気持ちを落ち着かせる。
そして意を決し、これまであったことを沙苗さんへ話し始めた。
「オレ、昔失恋したんです。そのことが原因で、恋人が欲しいと思いながらも行動出来ない。そんな情けない日々を送っていました」
変わるきっかけとなったのは、あの日、白斗が言ってくれた一言で。
「それが先週、一人の友人から「行動しないことには何も変わらない」とアドバイスを頂きまして。それもあって、一目惚れした相手にラブレターを出すことにしたんです」
「なるほどね。それがさっきあなたが言った、他の好きな子かしら?」
「ええ。けどそのラブレターは、手違いで綾音さんの下駄箱に入ってしまったんです。渡し間違えたということで、綾音さんに話をして誤解を解くことは出来たんですけど、逆に彼女から好きだと告白されまして」
「あの子が? ……そう。それで、あなたはどう答えたの?」
沙苗さんから話の先を促された。オレはそれに応える形で口を開く。
「きちんとした答えは、今もまだ返してないんです。実際のところは断ってるようなものなんですが、あいつは、綾音さんはオレを振り向かせると言って、色々とアピールをし始めまして」
「あらあら? 我が子ながら、随分と積極的なことをするわねぇ。あの綾音が……か。けど、綾音のことも好きだと言っている以上、そのアピールとやらは、あなたの心を動かしてしまったようね?」
少し楽しげな声になる沙苗さん。
対するオレは苦笑いしながら頬をかき。
「お恥ずかしながら。特に、昨日二人で出かけたのも後押ししていまして」
「やっぱり昨日のはデートだったのね。服選びにも気合いが入っていたし、あの子、相当あなたに入れ込んでるわよ?」
「ええ、それは常日頃から感じています。こんなオレのどこを気に入ったんだか……。あとはその……」
オレは鞍馬の部屋であったことを思い出し、顔が熱くなった。それを沙苗さんから隠そうと思い、オレは床を見つめるようにしてうつむく。
「ん? どうかした?」
「いや、その……今日お見舞いに来た中で、より一層あいつが好きなんだと実感してしまって、オレ……」
「揺れていると? 先に好きになった子と綾音との間で」
その問いに対してオレは「……はい」と素直に頷いて、絨毯が敷かれた床を見続けた。
倉田と鞍馬。二人が乗った天秤が、今も少しずつ鞍馬の方へと傾き続ける。
二人を比べても、その差は明らかで……。
倉田は――裏表がない性格で笑顔が素敵だ。その笑顔が決め手となって好きになった。
そしてゲーム好きな生粋のゲーマーで、そのことを話し出すと止まらなくなるほどだ。
鞍馬は――ラブレターを間違えて受け取ったにも関わらず、オレのことを好きだと言って陥落させにくるギャル。
喜怒哀楽と色々な表情を見せてくるのが面白く、照れた顔や本気で喜んでくれる顔は、こっちが赤面してしまうほどに可愛い。
ゲーセンにも行ってるってことは、きっと倉田同様ゲームが好きなんだろう。実際、あいつの腕前は中々のものだった。
あと猫に関するものが好きらしく、あいつ自身が猫っぽいところがまた良い。そこも好きになった要因の一つだ。
親が離婚して片親。姉はモデルをしていて、さすがは鞍馬の姉だと思えるほど綺麗な人。家族構成が似ていることにもシンパシーを感じる。
そしてなにより、鞍馬の料理が本気でうまかった。正直、あの弁当は倉田の弁当以上の味付けだ。
もし結婚したら、毎日鞍馬の手料理を食べられる。それはこれ以上ないほど魅力的なポイントだ。胃袋を掴むことが円満な夫婦生活を築くのに重要らしいからな。
あーダメだ。まだまだ鞍馬のことを語れる。これだけじゃ全然足りない……!
「あ……」
そこでやっと、自分がやばい状態にまで陥っていることに気付いてしまった。
情報量の差とかいう問題じゃない。こうして考えてみると、明らかに鞍馬に対する感想が多過ぎる。
これもう、好き以外のなんだって言うんだ?
てかこれさ。倉田なんて目じゃないほど鞍馬に惚れ込んでないかオレ?
今まで考えてこなかった『陥落』という二文字が、一気に自分の身体へとのしかかってきた。
「……ああ、そうか。もう負けてたのか……」
「進藤くん……?」
「ははっ……」
「え? だ、大丈夫……?」
沙苗さんが心配そうな顔をして覗き込んできた。
「いえ大丈夫です。だけどすみません。一つ訂正してもいいですか?」
「訂正? ……どのことを?」
オレは顔を上げた。もうここまで来たら引けない。
「今、色々と考えてたんです。好きな二人のことを考えて、考えて……綾音さんの方が、もう一人よりも本気で好きなんだって気付いてしまいました。もう決まってたみたいなんです。オレの中で」
「……そう。本気、なのね?」
オレがしっかりと頷くと、沙苗さんはオレの頭に手を置いてなでてきた。
「沙苗さん!? な、何を!?」
「あ、急にごめんなさいね」
そう言って手を離す。沙苗さんはその手を見つめながら口を開いた。
「正直、娘を選んでくれて嬉しいという理由もあるのだけど、あなたに無理させてしまったことへのお詫びも兼ねて、つい癖でなでてしまったの。でも、相手の母親とこんな状況になっているのは変よね。そのせいで気分を悪くさせてしまっていたらごめんなさい」
「あ、いえ! むしろお礼を言いたいくらいで! 沙苗さんに言われたことで、自分の気持ちにやっとケリをつけられましたから」
倉田を好きになった。そこから紆余曲折があって鞍馬のことも気になりだし、デートをきっかけにして好きなのかもしれないと悟ったんだ。
そして今日の看病で確信へと変わり、会話を通して改めて考え抜き、倉田以上に好きなんだとやっと諦めがついた。
ああ、そうさ。とっくの昔にオレは負けていた。鞍馬によって陥落させられていたんだ。
そもそもが倉田を好きになり、鞍馬から好かれていたという簡単な話。
そこに諸悪の根源である、犬飼という存在を恋愛に重ねてしまっていたのが間違いだったんだ。そんな考えに至ってなければ、オレはもっと早く鞍馬のことを受け入れていたのかもしれない。
責任転嫁と言われるかもしれないが、あんな過去を払拭するのは結構厳しいんだ。
そうだよ。相当なトラウマなんだよアレ……。
「やっぱりお節介だったかしら? ごめんなさいね。どうしても娘たちには、幸せな結婚生活を送れる人を捕まえて欲しくて……。ほら、私が結婚で失敗してしまったから」
「だとしても、オレに入れ込む理由とはいったい?」
鞍馬本人からもそうだが、オレがどうしてここまで好かれるのかが分からない。
「言ったでしょ。あの子から色々聞いていたからよ。だからかしらね。その彼なら綾音の相手が務まる……いえ、進藤優也という人間じゃないと、娘のことを幸せに出来ないと思ったの」
「ど、どうしてそんなにオレのことを買ってくれるんですか……!?」
「ん? 理由なんてないわ。あえて言うとすれば……ええ。ただの女の感よ」
どこか妖艶で、獲物を狙うヘビのような笑みを浮かべる沙苗さん。それを見たことでオレは、この人が鞍馬姉妹の母親なんだと、改めて実感させられた。
もしかしたらオレは、とんでもない家系の娘を好きになってしまったのかもしれない……。