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34話 熱に浮かされて

「え? ユーヤそれって……」

「だから、オレが雑炊を食わせてやるって言ってるんだ。どうだ? 昨日お前がしてた『あーん』ってやつだぞ?」


 なんて気軽に言ってるオレだが、内心ではめちゃくちゃ緊張していた。

 あのとき鞍馬が顔をそらした気持ちが分かる。こんなこと、恋人が相手でも中々やれることじゃないんだと、再認識させられてるところだ。


「ほ、本気なのユーヤ……?」

「だから今回のみ特別で、だ。ペットボトルを持って飲むのも辛いんだろ? スプーンを使って食うのはもっと難易度高いし、こぼして布団を汚すわけにもいかないだろ?」

「うぅ〜……ユーヤそーゆーとこヒキョーだし……」

「卑怯も妥協もないっての。食べたいのか? 食べたくないのか?」


 顔を更に赤らめた鞍馬は、布団を引っ張り上げて口元まで隠す。

 照れてるのが嫌でも分かってしまう。


「けほっ……た、食べたい……」

「ん。素直でよろしい」


 オレは鞍馬に食べさせるために立ち上がり、枕元に移動して膝立ちで座る。

 雑炊をスプーンですくい、布団をどかしてくれた鞍馬の口元まで持っていく。が、しかし――。


「あ、待って……!」

「どうした?」

「あの、ね……。そのぉ、あーし猫舌で……」

「へ?」


 そんなやり取りをするもんだから、オレはスプーンを持つ手の動きを止めざるを得なかった。


 猫舌って、あの熱いものを食べるのが苦手な猫舌のことだよな?

 扉のプレートといい、昨日取ったぬいぐるみに加えて猫舌まで。鞍馬は猫に関連するものを網羅しないといけない習性でもあるんだろうか?


 鞍馬の枕元には何体かぬいぐるみが置かれていて、その中の一体が、昨日ゲーセンで取った黒猫のぬいぐるみだった。

 それを見たことでオレは、大事にしてくれてるのを実感して嬉しくなってしまい。


「だったらオレが、ふーふーって吹いて冷ましてやるよ。どうする?」


 ……って、ん? あれ?


 そんな嬉しさが後押ししたらしく、オレはとんでもないことを口走っていた。


 鞍馬から視線を外す。言ってからものすごく恥ずかしい気持ちになってきた。

 いやいや『ふーふー』って、子供じゃないだろ。とか、同い年の異性にするのはさすがに……。なんて言い訳を考えてるオレがいる。


「こほこほ……! うぅ〜……わかった。お、お願いユーヤ……ふーふーして、ほしい」

「……え?」


 風邪のせいか照れなのか、分からないくらいに鞍馬の顔が赤く染まっていた。

 もちろん、その申し出にオレがキョトンとしたのは言うまでもない。


 てか、お願いまでされた!? あの鞍馬にそんな恥ずかしいことを!?


 今更冗談だなんてお茶を濁したり、発言をなかったことに出来そうにもない雰囲気。仮にガヤがいれば、確実に「早くやれよー!」と煽ってくる場面だろう。


 仕方がない。ここは覚悟を決めるしかないぞ。


「わ、分かった。男に二言はない」


 デートのときにも言ったセリフで自分を鼓舞する。

 オレは引っ込めたスプーンに「ふーふー……」と息を吹きかけ、再び鞍馬の口に差し出す。


「あ、あーん……!」


 無意識にそんな言葉を口にしていた。

 ああ、これはダメだ。気恥ずかしくて、今すぐやめたい衝動に駆られてしまう。


 自分も風邪を引いてるんじゃないかと思えるくらい身体が熱い。なんか目がうるうるしてきた。

 鞍馬の熱気に感化されて、自分の感覚が曖昧になっていく。


「あ、あーん……」


 スプーンを前にした鞍馬も声を出しながら口を開いた。


 綺麗な歯並びだ。けど八重歯があるんだな。

 それも含めてこいつは猫みたいなやつだ。うん。なんかすごく鞍馬が可愛く見えてきた。


 そんな感想が自然と湧き上がりながら、オレは鞍馬の口にスプーンを差し入れる。

 鞍馬が口を閉じたのを確認し、ゆっくりとスプーンを引っ張り出す。


 スプーンと鞍馬の口とで繋がった透明な糸が、(なまめ)かしくオレの目に映った。

 それだけで唾を飲み込まないといけないほど興奮してしまう。


「っ! ど、どうだっ? 熱くないかっ?」


 オレは身体中が汗ばむのを実感しながら尋ねた。


「わ、わかんない……」

「あ……く、口の中も風邪のせいで熱くなってるから分かりにくいかっ?」

「……っ」

「じゃあ味は? うまかったか?」


 すると、鞍馬は両腕で自分の目元を覆うようにして隠し。


「わかんないのぉ……! ユーヤが食べさせてくれたのが嬉しくって……! 頭の中がぐちゃぐちゃになって……! 熱いのも味も全然わかんないよぉ……!」

「――っ!?」


 その言葉が、オレの身体中を電流のようになって駆け巡る。


 熱い。これまで感じてきた、恥ずかしさから来るどんな熱よりも熱く、身体が一瞬にして火照る。

 いつものギャル風なサバサバした口調じゃない。甘えるような子供っぽい口調と声が、オレの中の劣情をかき立ててきた。


「くっ……! そ、そうか……! まだ、たくさんあるが……く、食うか……っ?」


 熱に浮かされたようにボーッとしてくる。どうやらオレの理性が、瀬戸際まで追い詰められてるらしい。


「食べたい……ユーヤに食べさせてもらいたい……」


 こうして、オレは自分の中の理性が崩れ去るギリギリのところで持ち堪え、鞍馬に雑炊を食べさせた。

 なんとか一線を越える前に終わらせた自分を、本気で褒めてやりたいと思う。




「すぅ……すぅ……」

「おいおい……。食ったら食ったで、ゆったりした顔で寝付いてやがるし」


 雑炊を食べさせ終わり、食後のゼリーも飲ませてやると、鞍馬はオレの助けを借りてベッドへと横になった。

 そして、鞍馬に断りを入れてから鍋を片付けるためにキッチンへ行き、部屋に戻ってきたらこれである。


「ったく。冷えピタは……貼ってから結構時間経ってるみたいだな。替えといてやるか」


 オレは勉強机に置いてあったパッケージを開け、中から一つ分取り出す。

 鞍馬を起こさないように気を付けながら額からはがし、新しいのを貼り替える。


「よし」

「んー……すぅ……」


 その間も起きる様子はなく、むしろ安堵したような顔付きで眠りについていた。


「こうして寝てると、普段の感じは鳴りを潜めてるんだけどなぁ」


 いつもは暴れ回ってる子猫が、今は疲れて熟睡中。そんな姿を見ているような気分だった。

 頭に子猫のイメージが浮かんだからなのか、オレは猫をなでるような感じで鞍馬の頭に触れる。


 指が触れた髪は滑らかで、相当気を遣って手入れしているのが分かった。触っているだけで気持ちよくなり、いつまでもこうしていたい気分になってくる。


「ああ……」


 こいつのことが好きなんだって、改めて自覚出来てしまった。もっと触れていたいと思う感情も、鞍馬への好意から来るものなんだと分かる。


 オレの心が、髪に触れるだけでいいのか? と囁いてきた。

 そんな訳ない。もっと色々な場所に触れたいという衝動が湧いてきてしょうがないんだ。


 額に、頬に、唇に、手に、胸に、鞍馬の一番大事なところにも……今すぐ触れてみたい。

 まだ熱に浮かされてるんだろう。今この瞬間は、倉田のことなんてどうでもいいと思えてしまうほど、オレは鞍馬のことだけを求めていた。


「ん……」

「いっ!?」


 ってダメだダメだ! 病人に何しようとしてるんだよオレは……!


 オレは鞍馬の頭から手を離し、落ち着かせるのも兼ねてスマホを確認する。画面を見ると、時刻はすでに五時を回っていた。

 もう少ししたら鞍馬の親が帰ってくる時間だ。


「あ、そうだ。プリントとかノートのコピーを出しておくとしよう。机に置いておけばいいよな?」


 なんて独り言を言いながら鞄を漁る。

 目当ての物を取り出し、勉強机まで歩いてその上に置いた。


「へえ……結構参考書とか置いてあるんだなぁ。こいつ勉強家なのか?」


 机の上に置かれた小さな本棚には、色々な参考書が揃えられていた。数学や物理に英会話の本と、その種類は様々だ。


「……ん?」


 ふと視界に入った小物入れの中に、眼鏡ケースが置かれているのを見つけてしまう。

 鞍馬は家では眼鏡をかけてるんだろうか? なんて感じで、同じく眼鏡着用者のオレとしては気になってしまった。


 おもむろに手を伸ばし――その瞬間、ガチャッという音が聞こえた。

 鞍馬の寝息と時計の秒針の音しか聞こえてこない中で、下の階にある扉が開けられたような音。

 きっと鞍馬の母親が家に帰ってきたんだろう。


「泥棒ってことはないだろうが、念のため警戒しながら向かうか」


 逆に泥棒だと疑われたときの言い訳を考えながら、オレは部屋を出て階段を降りた。

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