33話 お見舞い
「さーて、どうすっかなぁ……」
オレは今、ここからどうすればいいのかを迷っており、コンビニ袋を持ちながら一人で佇んでいる。
白斗関係のことで迷ってるんじゃない。下手をすれば、それ以上の状況に直面してる可能性すらある。
時刻は午後の四時過ぎ。学校が終わったオレは鞍馬の家の前にいた。
その理由は、風邪を引いた鞍馬のお見舞いに来たからなんだが……。
聞いた通り白斗は部活で来れず、園田という赤茶髪のギャルからは「え? カゼ程度で見舞いなんて行かへんよ」と断られるし、倉田に至っては急な委員会の仕事が入って辞退することに。
そんなこんなでオレは、渡す必要のあるプリントや倉田から受け取ったノートのコピーを持って、鞍馬の家の前に一人でいる訳だ。
いるんだが、異性のクラスメイトの家ということもあり、インターホンが押せずにいた。
「落ち着けオレ。あくまで鞍馬に渡さないといけないものがあるから来た。下心はない。とりあえず母親が専業主婦らしいから、来た旨を伝えて帰る。なんだったら鞍馬を一目だけ見て声をかける。……よし」
オレはぶつくさと言い訳を並べて息を吐く。
決心し、インターホンを押そうと手を伸ばした。
「まったく、もうちょっと早く連絡しなさいよね!」
「え?」
ガチャッと扉が開き、中から女性が出てきた。
「ん? あら?」
その女性の顔をまともに見る前に、オレは頭を下げてあいさつをする。
「こ、こんにちは! オレ、鞍馬……綾音さんのクラスメイトの進藤優也でして! 綾音さんにプリントを届けに来ました!」
その人が母親なんだと思い、失礼のないように要件を伝える。
「あー……そっか。綾と同じクラスだったのね。一日振りね弟くん」
「お、弟!? いや、たしかにオレには姉がいますがなんで――え?」
頭を上げ、改めて姿を確認して驚く。
目の前に立っていた人物は――。
「やっほー。梓は今日もあなたの話してたわよ。愛されてるわね弟くんは」
「つ、司さん!?」
そう。鞍馬の家から出てきた人物は、姉ちゃんの友人である司さんだったんだ。
「な、なんで司さんがここに!?」
「あれ? 綾や梓から聞いてないの? ……じゃあ改めて名乗るわね。あたしの名前は鞍馬司。綾の姉よ」
「え? えええええ!?」
綾ってことは、鞍馬のお姉さんってことなのか。
「一昨日はあなたに苗字を言っていなかったからね。ごめんごめん」
「まさか司さんがこの家の人だなんて……。そういえば、どうして玄関を開けて? オレまだインターホン押してなかったですよね?」
あいにくと押せてない。ヘタレなのは承知してる。
「え? ……あー! 忘れてた! ごめん弟くん! 急病の子が出たもんで、あたしこれからモデルの代理をしなくちゃいけないのよ! もう行かないと!」
「え!? えとじゃあ、必要なプリントがあるんで司さんに渡して――」
「だから急ぎだって言ってるでしょ! 中入って良いから! 綾の部屋は二階! あと一時間もすれば、出かけた母さん帰って来るから、それまで留守番よろしく!」
「え? ええ!? ちょっ――」
「がんばれ弟くん!」
止める間もなく司さんは走り去ってしまう。
オレは当然ながら呆気にとられて立ち尽くすしかなかった。
「えー……マジで?」
開けっぱなしの扉。閉めることは出来ても鍵まではかけられない。
そして中には風邪を引いた鞍馬が一人だけ。
どう考えても、帰るなんて選択肢は選べそうになかった。
オレは意を決して家の中に入り、下手な散策はしようとせず階段を上ることにした。
玄関の扉を潜ってすぐ目の前に階段があり、そこを上って二階へと辿り着く。
「えっと……どれだ?」
二階には複数の扉があった。それを眺めながら歩いていると、黒猫のプレートが付いた扉があるのに気付き、足を止める。
黒猫が両手で持つ空欄に『あやねの部屋』という文字が書かれていた。
どうやらここが鞍馬の部屋らしい。
オレは扉をノックするかどうか考える。
寝てるのなら、それを起こしてしまうのも気が引けるし、かといって無言で入って泥棒と勘違いされるのもマズい。
数秒考えた結果、オレはきちんとノックすることにした。
コンコンと軽い音が鳴り、中から「お姉ちゃん?」という鞍馬の声が返ってくる。
「えっと、オレだ。進藤優也だ」
「……へ? ゆ、ユーヤ!? なんでユー……げほっげほっ!」
話してる途中で咳き込む鞍馬。このまま扉越しに話していてもらちがあかないので、オレは迷わず扉を開けた。
「大丈夫か鞍馬?」
覗き込みながら名前を呼ぶ。
「けほ! ホントにユーヤいるし……けほ……うぅ」
「とりあえず入るぞ? あとキツいようだったら無理にしゃべらなくていいからな」
オレは鞍馬に断りを入れて部屋へと入る。
ベッドの近くにはサイドテーブルと、木製のイスがあった。勉強机のイスが見当たらないので、おそらくイスはそれとセットのものなんだろう。
テーブルの上には鍋とお椀が揃って置かれていたが、手をつけられた様子はない。
オレは持っていた袋をテーブルに置くことを諦め、床に置いてからイスに座る。
「どうだ体調は?」
首まで布団を被り、おでこに冷えピタを貼った鞍馬に声をかける。
顔は赤らんでいて熱っぽさが見て取れた。
「……う、うん。熱がまだあって、咳が出る……。鼻水はダイジョブ……」
「そうか。食欲はある……ようには見えないな。この鍋開けてもいいか?」
鞍馬がコクリと頷くのを確認して、オレは鍋のふたを開ける。
鍋の中身はたまご雑炊だった。湯気が昇っていて、まだ作ってから然程の時間も経っていないようだ。
母親は出かけてるらしいから、司さんが作ったやつなのかもしれない。
「雑炊だが食べれそうか? とりあえずスポーツドリンクとエネルギー系のゼリー買ってきたんだが」
「熱い?」
「ん? ……鍋自体は熱くないぞ。どうする?」
「ぅーん……飲み物……」
「分かった。起きれそうか?」
「起こしてぇ……」
鞍馬は布団から手を出し、抱っこをねだる子供のように伸ばす。
オレはその行為のせいで思わず『鞍馬可愛いなぁ』と思ってしまう。
とはいえ、純粋に飲み物を口にしたいんだろうし、オレが下心を持って起こすなんてのは言語道断だ。
あくまで病人を労るように手を引き、途中から片手で背中を支えて抱き起こす。
鞍馬の身体は軽く、オレは楽々と起こすことに成功した。
「ありがと、ユーヤ……けほ」
「どういたしまして。スポーツドリンクだが問題ないか?」
「うん」
オレは鞍馬に渡す前にキャップを開け、鞍馬の顔の前に持っていく。
「一人で飲めそうか? 無理なら飲ませてやるぞ」
「えへへ、飲ませるって口移しでー?」
「バカ言うな。ボケてる余裕があるなら大丈夫そうだな。一人で飲め」
「……ごめん。正直言って、今もしんどい……」
「お前なぁ……。こういうときくらい、素直に病人に徹してろよ……」
オレは鞍馬の身体を支えたまま、わずかに開いた口に飲み物を流し込む。
鞍馬がむせてしまわないよう細心の注意を払って飲ませ続けた。
「……んく。ありがと。おいしかった」
ある程度スポーツドリンクを口にした鞍馬が手でストップをかけたので、オレは飲ませるのを止めた。
「また飲みたくなったら言えよ。ゼリーもあるから」
「うーん……ゼリーはデザートで。けほ……先にお雑炊食べたい」
「ん? 食べられそうなのか?」
「うん。水分取ったら、少しお腹空いた」
「分かった。……一人では無理だよな。一回横にさせるぞ?」
と言って、オレは鞍馬の身体をベッドに寝かせる。
「ユーヤ……?」
オレは鍋のふたを開け、一緒に置かれていたおたまを使ってお椀につぐ。
スプーンを手に取り、オレは気恥ずかしさを感じながら鞍馬に告げる。
「今回だけだからな。食わせてやるの」