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26話 シンとナナシ

「ねえユーヤ、早く服脱いでよ。あーしもちゃんと脱ぐからさ……」

「……ああ。分かってる」


 オレは鞍馬にそう言われ、身につけていた上着を脱ぐ。


 ここはラブホテルの一室だ。二人とも高校生だったが、私服なのもあり、無人のカウンターをすんなりと通ることが出来た。

 まあ、受付の手順などは分からなかったのでネットで調べてから済ませたが。


「なんか、男子が脱ぐのを見んの恥ずいかも……」

「そんなの言ったら、見られてるこっちの方が恥ずかしいっての」


 けど、別にオレたちは行為におよぼうとしてホテルに来た訳じゃない。

 もちろん、白斗と倉田に対する『あてつけ』という名目で致す気持ちもさらさらなかった。


「はいバスタオル。あーしはお風呂の湯加減見てくるから、その間に全部脱いで、バスローブ羽織っといてよ? ちゃんと乾かさないといけないんだから」

「下着もか?」


 オレはバスタオルとバスローブを受け取りながら聞き返す。


「下着も!」


 そう言って、鞍馬はバスルームへと消えていった。


「これしか方法がなかったとはいえ、まさか鞍馬とラブホに入るなんてな……」


 オレは肌が出てる部分をバスタオルで拭きつつ、ズボンや服を脱ぎながらぼやき、それらを足元に置かれたカゴへと入れていく。


 そう。オレたちがラブホテルなんてものを利用しているのは、濡れてしまった服を乾かすためだった。

 白斗と倉田の姿を追って外に出たとき、短時間とはいえ、オレと鞍馬の服は濡れてしまったんだ。


 あのまま家に帰るにも、徒歩に加えて電車を使ったりと時間がかかってしまう。

 鞍馬はまだしも、オレに関しては結構しっかりと濡れていたほどだ。


 ーーこのまま帰ったんじゃ風邪引くし! 服乾かせるとこ探すから、ちょい待って!


 と鞍馬が調べてくれた近場で乾燥機がある場所が、このラブホテルだったわけだ。

 オレも鞍馬もラブホテルということに怯んだが、さすがに倉田たちの件もあって、赤面してまで騒ぐ気にはなれずにいた。


 しかし、時間が経つと倉田たちを見たショックも少しずつ薄らいでくる。

 もしかしたら、二人がたまたま街中で会ったときに雨が降り、白斗が倉田を家に送る場面だったのかもしれない。

 なんて淡い希望も生まれてくる始末だ。


 けど、普通に考えたら倉田の先約の相手は白斗で、二人は今日デートをしていて……。


「ならやっぱり、オレは手を引くべきなのか……?」


 バスローブを羽織り、ヒモを締めることで前を閉じた。そのままベッドに腰かけて鞍馬を待つ。


 もし倉田が白斗を好きだとしたら、オレの誘いを断った理由としては妥当な線になる。

 鞍馬が言っていた『二人が良い雰囲気』という話を聞いたこともあり、オレの心は大きく揺れていた。


「ユーヤ! もう戻ってもいーい? バスローブ着てるー?」

「あ、ああ。大丈夫だ」


 返事を聞いた鞍馬は扉を開けると、オレの目の前まで歩いてきた。


「お風呂沸いたから入っておけまる水産」


 鞍馬は片目をつぶって手でOKと表す。


「分かった。けど、脱ぐなら脱衣所行ってからじゃダメだったのか?」

「風邪引いてほしくないってゆー、あーしなりの気遣いじゃんか。タオルで拭いてて、自分がどんだけ濡れてたかわかったっしょ?」

「いや、まあ……」


 オレたちは、コンビニから傘を差しながらここまできた。鞍馬もビニール傘を購入済みだ。

 けど、その時点でオレの全身は濡れていた。髪からも滴が落ちるほどに。

 で、そんなオレの髪や顔は、ありがたいことに鞍馬が自分の服の袖を使って拭いてくれていた。


 とはいえ、服はベタついていて脱ぎにくかったし、下着までぐしょぐしょだったのも理解してる。

 さっさと服を乾かして、風呂に入って身体を温めないと、きっと体調を崩してしまうだろう。


「てか、お前も服乾かすんだったよな? 袖もだいぶ濡れちまってるし」

「そりゃあねー。あ、ユーヤが気にしないのなら下着は一緒に洗ってから乾かすつもりなんだけど」

「分かった。すまないがそれで頼む鞍馬。……ん? ちょっと待て。今一緒にって言ったか?」


 オレは聞き間違えたのかと聞き返す。


「言ったけど?」


 その問いはあっさりと打ち砕かれた。


「お前、嫌じゃないのか? 男子と一緒に服を洗うなんてこと」

「うーん……べつに。わけてたら時間かかっちゃうしさー。それより早く入ってきなってば! そんなんじゃ、結局風邪引いちゃうじゃんか!」

「分かった分かった」


 オレは鞍馬に促されて風呂場に入る。予想はしてたが、洗い場にはマットが敷いてあったり、ローションっぽい容器とかが置いてあった。

 それらを極力気にしないようにしながら、かけ湯をして湯に浸かって温まる。


「どお? 湯加減は?」


 扉の向こうから声が聞こえた。


「鞍馬か? 温度はちょうどいいぞ。……まさか、入るとか言わないよな?」

「ユーヤ、さすがにそれは綾音ちゃんでも無理だし。こー見えて、プリクラのときだって死にそうだったんだから……」

「だ、だよな……!」

「とりあえず洗濯機回して、終わったら乾燥させるからさ。ユーヤはゆっくり温まるじゃん」


 そんな会話もあり、結局十分ほどは浸かっていたオレ。


 で部屋に戻ると、鞍馬がバスローブを着てベッドに座っていた。

 その手にはスマホを握られていて、鞍馬は真っ黒な画面をボーッとしながら見つめている。


「風呂上がったぜ。お前も風呂入るか?」

「あ、ユーヤ!? う、うん! 上着やソックスが濡れちゃって。今乾かしてるから、あたしもその間に入ろっかなって思ってて」


 そう答えてスマホをベッド横のテーブルに置く。


「鞍馬……その、倉田たちにはもう連絡入れちまったのか?」

「ん? ううん、まだ。さすがに部外者寄りのあーしがしゃしゃり出るのもなぁ……ってさ」

「そう、だな……。すまん。この件はオレに任せてもらってもいいか?」


 オレの考えに「わかった」と鞍馬は返事をする。


「さーてと。んじゃ、あーしもひとっぷろ浴びますかねー!」

「おっさんかよ……」


 そのツッコミはスルーされ、部屋にはオレ一人だけが残った。


「はあ……少し横にでもなるか」


 ベッドに身を投げ出し、オレは仰向けのまま目を閉じる。

 まぶたの裏に浮かんだのは、倉田と白斗の顔だ。オレはそれをかき消すように「ふう」と深く息を吐く。


 しかし身体が温まり、ふかふかなベッドの感触に包まれていたせいか、唐突に睡魔に襲われ……。




「ねえ? あなたはどうしてここで寝てるの?」

「ん?」


 その言葉で目を開ける。オレはあぐらをかき、感覚から鉄の扉にもたれるようにして座っているようだった。

 目の前には眼鏡をかけた女子がいて、オレの顔を覗き込んでいる。


「あ……目覚めた」


 ここはどこだ? あれ? オレは何をして?

 確か……風呂から出て、そのあとベッドに横になったから……ああ、これは夢なのか。


 オレは目の前にいる存在を知っている。


 黒縁(くろぶち)の眼鏡をかけ、前髪はそれにかかるほど長い黒髪。後ろの髪に至っては腰ほどまでの長さがある。

 中学校のセーラー服を着ていて、顔はポーカーフェイスのせいで感情が読めない。そんな女子だ。


「……誰だお前?」


 声が自然と口から出た。けれども、そいつが名乗る偽名すら、オレはすでに知っている。


 これはきっと、記憶を追体験した夢なんだろう。

 どうやら、現実のオレはベッドで寝てしまっているらしいな。


「名乗る名前はない。……あと、そこはあたしのベストプレイスなんだけど」

「ベストプレ……?」

「お気に入りの場所。本当は少し違う意味だけど、その英語はあなたも授業で習ってるはず」

「いや、英語は苦手でよく覚えてないんだよ。あ、そうだ。オレの名前は進ど――」

「聞く気はない。勝手に名乗らないで」


 あいつは、オレの言葉を遮るように容赦なく言い放つ。


 ああ。記憶は寸分とも違わないんだな。こいつの態度はオレが知ってる通りだ。


「お前……!」

「あたし、『お前』って上から目線で言ってくる呼び方は嫌いなの」

「はあ? じゃあ名前言えよ!」

「名乗る気はない。から……そう……ナナシ。名前のない名無しでいい」


 ナナシと名乗った女子は、人差し指で眉間部分の眼鏡のフレームを押し上げる。


「あなたのことは……シンド……。ううん。シンと呼ばさせてもらう」


 これがナナシとの出会い。このあとのオレの生活を変える奴との、最初の出会いだった。

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