25話 その瞳が捉えたモノは
嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる鞍馬を連れて、次に遊ぶ媒体を探す。
すでに二時間は経ってることもあり、大抵のジャンルは遊んでしまっている。あとは似たり寄ったりなゲームばかりが残っている状態だ。
「どうする? 鞍馬はやりたいゲームあるか?」
「んー? シンタローも取れたからなー。他にやり残してるやつはー……あ」
歩きながら周りをキョロキョロと見る鞍馬。小さく声をもらし、何かに気付いたように足を止めた。
オレも鞍馬同様に足を止め、あいつが見つめる方に視線を注ぐ。
そこにあったのは――。
「おいおい……本気かよ……?」
「まだソッチ系はやってなかったしね。今日はとことん付き合ってくれんだよねー? ユーヤ♪」
鞍馬がこっちを向いてあごに手を添え、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
オレはというと、鞍馬の背後からプレッシャーを放つ、プリクラの媒体を見ながら変な汗をかいていた。
「そうと決まれば、さっそくレッツプレイだし!」
「決まってねえだ――ちょっ!? 引っ張んな!」
オレは鞍馬に腕を引っ張られながらプリクラの前まで移動する。
外装はメイクした女性たちがプリントされており、一見しただけでも、男が使うようなものじゃないのは明らかだった。
ボーッとしながら視線を動かすと、男性のみでの使用禁止の注意書きを見つける。
「なあ鞍馬。これって男性差別じゃね?」
オレはその部分を指差しながら鞍馬に問う。
「それは仕方ないっしょ。男だけで使える上に密室なんて、メッチャマズいんだし」
「男だけだと問題あるのか?」
「あーしが言うのもなんだけどさ、男子ってエロの塊じゃん?」
エロの塊って……。
「今でもほら、インスタとかツイッターでバイトテロみたいな、バカなことするやついるじゃん。それが密室で男だけだと、まあ冗談半分で……下半身出して撮影したり、とか……あの、ほら……なにがとは言わないけど……アレで汚したり……」
言いながら段々と顔が赤くなり、歯切れが悪くなる鞍馬。
「すまん。聞いて悪かった」
「わかればいーし……」
女子になんてこと言わせてるんだよ……。とオレは自己嫌悪に陥った。
にしても、そういう事例が過去にはあったのかもしれないと思うと、男として申し訳なくもなってくる。
「男女でなら入っても問題ないから、ちゃっちゃとやるし」
「分かった分かった。観念する。で、いくらだ?」
「お金? 四百円だけど」
「え? たっか!?」
証明写真に比べたら安いけど、ゲームと考えると高すぎる。
「誘ったのはあーしだし、ここは払ったげる。シンタローも取ってもらったしね」
「いやいや、割り勘にしようぜ。全額はさすがに。半分出す」
オレはサイフをポケットから出し、中から小銭を取り出す。が、さっきのクレーンゲームをやったこともあり、残りの百円玉は一枚しかなかった。
「すまん。ちょっと両替してくる」
「別にいーよ。その間に他の人くるかもしんないし」
「けど」
「じゃあ、これだけもらっとく」
そう言って、鞍馬はオレの手から百円をかっさらっていった。
止める暇もなく四百円分のお金は投入され、鞍馬が外付けの画面を操作する。
「よしよし。準備かんりょー。入るよユーヤ」
「あ、おい!」
これまた有無も言わさずにオレは媒体の中へ連れ込まれる。
手を引かれたまま中に入ると、そこは少し広めな空間になっていた。座って撮る用なのか長イスが設置されていて、その正面には液晶パネルとカメラのレンズらしきものがある。
「ユーヤって撮るの初めて?」
「ああ。進藤さんは未経験だ」
「ふーん? まっ、音声ガイダンスに従えばいーだけだし、証明写真と一緒一緒♪」
鞍馬が言う通り音声が鳴り出す。それに従って鞍馬がボタンを押すと、カウントダウンが始まった。
「ほらほらピースピース!」
「お、おう」
ゼロを告げると共にシャッター音が鳴った。
「お、終わったのか?」
「いんや、あと四回あるし」
そんなにあるのか!?
「次始まるよー」
なんて感じで二、三、四枚と撮り終えていく。
「あ、あと一回か……!」
「ユーヤ緊張しすぎー。もっとリラックスしなよ」
苦笑しながら言う鞍馬は再びボタンを押し、ぬいぐるみを抱きかかえ直す。
そして始まるカウントダウン。
「あ、そういえばシンタローのお礼してなかった」
「さん、にー……」
「は? 今はそんなの――」
鞍馬が腕にしがみついてきて、オレの身体は引っ張られる。そのせいでバランスを崩し、鞍馬の方へと引き寄せられ――。
「んっ」
オレの頬に温かな感触が触れた。その瞬間にシャッターが切られる。
「……っ!?」
ゆっくりと身体が離れていく気配がし、一歩下がるように鳴る靴音。
「く、鞍馬……?」
視線を鞍馬に向けると、戸惑うオレの顔を映すあいつの瞳は揺れていて、その顔全体が真っ赤に染まっていた。
「お前……まさか……?」
「お、お礼だから……。嫌だったら……ごめん……」
口元を手で隠す仕草。それとさっきの感触から分かってしまう。
オレ、今鞍馬にキスされたのか……? 頬に……?
身体中が熱くなる。今までの比じゃないほど熱く。
息をするのが苦しい。頭がクラクラする。何がなんだか分からない。
でも、それでも――。
「い、嫌じゃなかった……から」
自然と、そんな言葉がオレの口からもれていた。
「……あ……う、うん」
それから落書きブースという、文字などを書き込める場所に移動したんだが、あんなことがあったせいもあり、大した加工もせずに外へ出た。
印刷も済み、人数分に切断されたプリクラを鞍馬が手渡してくる。
「えっと……ごめんね。二人っきりなのもあって、雰囲気に流されたのかも……。あーし、注意書きのこととやかく言えない……」
「あ、あんま気にすんな。なかったことには出来ないが、後悔してても仕方ないだろ? それにさっきも言ったが、嫌って訳じゃ……なかったから」
「ユーヤ…………うん」
結局、これ以上ゲーセンに留まることはなく、オレたちは駅に向かうことになった。
時刻は夕方。すでに四時を過ぎていたが、この曇り空では、見上げただけで実感することは叶わなそうだった。
春らしい穏やかな空気も、今だけは少し場違いな気がする始末だ。
半歩下がって歩く鞍馬を見ることも出来ず、オレはただただ歩道を進んでいく。
まだ身体中が熱い。手はわずかに震えてる気がするし、未だに頬に鞍馬の唇の感覚が残っている。
「あの、ユーヤ」
「な、なんだっ?」
オレは振り返る。急に呼びかけられたことで、うわずった声になってしまった。
「そのね……トイレ、行ってもいい?」
「と、トイレ!?」
どういう意図でトイレに!? まさか、二人で一緒にとか!?
いやいや落ち着けオレ! 普通に用を足したいだけだろ! きっとそうだ!
「シェイクやジュース飲んでから、まだ行ってなかったから行きたくて。ユーヤは?」
「そ、そうだよな! お、オレはジュース買ったときに行ったから大丈夫だ!」
「ん。じゃあ、そこのコンビニですませるから……勝手にどっか行ったらやだかんね」
「わ、分かってる」
最後に釘を刺すように言ってコンビニに入る鞍馬。
やっぱりというか、普通にトイレに行きたかっただけのようだ。
オレは疲れたのもあって、鞍馬のあとを追うようにしてコンビニへ入った。
それからイートインスペースのイスに座り、外の様子を眺める。
「鞍馬……か」
あの日、ラブレターが間違えて渡った日に好きだと言われ、そこから数々の誘惑を受けてきた。
色々なことが重なって、今日は二人でデートまでする仲になっている。
嫌だなんて気持ちはない。キスをされたのだって嫌悪感はなかったし、むしろ、嬉しさと戸惑いが半々くらいの感覚だったほどだ。
「ん?」
目の前のガラスに水滴が当たった。どうやら、ついに降り出してしまったらしい。
それが徐々に強くなっていき、外を歩く人たちが慌てて走り出す。
オレは念のために折りたたみの傘を持ってきた。
けど、鞍馬のやつは持ってなさそうだ。さて、どうするかな……。
あ、ここはコンビニなんだから買えばいいのか。
改めて雨が降る外を眺める。
「……ああ、そうなのか。嫌じゃないって……」
オレは、オレはきっと鞍馬のことが好きなんだ。
あいつの喜怒哀楽の表情が。変に優しいところが。たまに茶化す小悪魔な性格が――。
そんな色々なことの積み重ねによって、オレはあいつのことを好きになっていた。
でも、オレは倉田のことも好きなんだ。
今もまだ、倉田の笑顔を頭の中ですぐに思い浮かべられる訳で……。
そんな自分の優柔不断さに嫌気が差す。
ついには雨が降り続く外の景色の中でまで、件の倉田の姿が浮かぶ。……いや違う。
「倉田……?」
妄想なんかじゃなく、道路の向こう側に倉田が立っているのが見えた。こことは違う種類のコンビニの前に。
あ、そうか。倉田は先約の用事があって……。
誰かを待っているのか、それとも雨宿りをしているだけなのか。
オレは気になってスマホを取り出そうとした。倉田に『目の前のコンビニにいるぜ。見えるか?』なんてメッセージを送ろうと思ったからだ。
しかし、その手が取り出す前に止まってしまう。
「え?」
なんでだ? なんであいつが……?
コンビニで傘を買ったらしき人物が倉田に話しかけた。笑顔になった倉田は、そいつにボディータッチをしながら会話をする。
しかしその姿を隠すようにして、バスが倉田たちの前で停まった。
「くそっ!」
オレは急いでコンビニを出る。ザーザーと降る雨が顔に当たってくるのが鬱陶しい。
「くらっ――」
倉田の名前を呼ぼうとする。だが、声をかける暇もなく、二人が乗り込んだバスが出発してしまった。
「ちょっ、どーしたし!? 何かあったん!?」
背後から聞こえてくる鞍馬の声。
「と、とにかく一回コンビニに入って! 風邪引いちゃうから!」
「あ、ああ……」
鞍馬に連れ戻され、オレはコンビニに入る。
「いきなり飛び出してなんなの!? 待っててって、あーし言ったよね!?」
「……すまん」
「……ユーヤ? なにかあったの?」
オレは、未だに自分が見た光景を信じられないまま口を開いた。
「倉田が道路の向こう側にいたんだ……」
「ちーちゃんが?」
「けど……」
「けど? ……ユーヤ?」
鞍馬が不安そうな顔をする中、オレは意を決して言葉にした。
「白斗……。白斗と一緒にいたんだ……」
「え? いやだって、今日ちーちゃんは先約があるってユーヤが……! え? そういうことなの……?」
ああ……。なんだよこれ……? なんでまた白斗がそこにいるんだよ……!?