24話 猫系少女と黒猫のぬいぐるみ
オレたちの過去話は食事をしながら行われていた。
すでにハンバーガーやドリンクは平らげ、オレの手元に残るのは、半分ほど入っているシェイクのみだ。
一応、オレの失恋に関することはボヤかして鞍馬に伝えた。古傷に触れられるのも嫌だし、わざわざ知らせる気もなかったから。
「なるほどねー。ユーヤと茅野っちには、そんな過去があったと。にしても、茅野っちって悲惨な人生歩んでんだね。悲劇のヒーローみたい」
「まあ、お前の言いたいことも分かる。普通の高校生じゃないわな。……あ。そういえば、未だにあいつと握手してないなぁ」
「え? もう一年も経つのに? ユーヤって薄情だよねー」
「はいはい。オレが悪うございます」
「でもさ、なんかいいよね。そーゆーお互いに無理してない関係ってのがさ」
鞍馬が最後のポテトを口に放り込む。もぐもぐと口を動かしながら微笑んだ。
それを見て、オレもつられて頬が緩んでしまう。
「しかして、そんな二人はちーちゃんを奪い合うライバル関係なのかもしれない! ってなったらユーヤ勝てなそー」
「なんで白斗が倉田を好きなこと前提なんだよ?」
「だってさー、それならあーしにも勝ち目あるって感じじゃん? 茅野っちには期待しちゃうわけよ。けど安心してユーヤ。例え茅野っちが勝ったとしても、そんときはあーしがユーヤをもらったげるから♪」
言いながら両手を広げ、オレを受け入れようと慈愛がこもった笑みを浮かべる鞍馬。
いっそ受け入れられてしまえば楽になる。なんて思いたくはないオレがいまして。
「お断りします」
「もー! またそうやってマジ顔するしー!」
鞍馬は腕を閉じて抗議の声を上げた。
はっはっはっ……お前の思い通りに進ませてたまるか。
「で、このあとはどうするよ? 行きたいところとかあるか?」
「うーん、行きたいとこねー。……ごめん。特に浮かばないかな」
「んー……じゃあゲーセンとかどうだ?」
「ゲーセンか。いーじゃん。そーゆーユーヤはゲーム得意なん?」
「それなりにな。身体動かすゲームとかもあるし、食後の運動にもなるだろ」
身体を使う音ゲージャンルだけ見ても、ビートマスターや太鼓の活人、WAIWAIなんかがある。
他にも色々なゲームも出来るし、早々飽きるなんてこともない。ゲームが好きな学生にとっては、コスパがいい遊び場だ。
「おっけー♪」
返事をする鞍馬がいそいそと食べ終わった包みなどをまとめ始める。
オレもそれを見ながらトレーの上にゴミとなるものを載せていき。
あ……シェイクが残ったままだったか。
カップを軽く振って確認してみると、四割くらいは入ってそうだった。
「……ユーヤ? どった?」
「うーん……飲むか?」
「へ?」
シェイクの入れ物をテーブルの上に置く。
「いや、シェイク残っちまったから、鞍馬が飲みたいならって……」
「マジでっ!?」
鞍馬がネット上でよく見る画像みたいな顔になっていた。
どうやら、こいつにとって相当嬉しい提案だったらしい。
「でもさっき、ポテトのあーんを条件にしてもくれなかったのにー……」
「気が変わったんだ。いらないなら自分で飲むぞ」
「わーわー!! いるいる! ほしい! ユーヤの白い液体ください!」
……おい。さりげなく下ネタ混ぜんな。ったく。
「じゃあ、今からオレの言う通りにするんだ」
「条件!? ……わ、わかった」
「……おて」
手の平を出すと、反射的になのかグーにした右手を置く鞍馬。
「ほう?」
「あ、いや……これは……!」
「おかわり」
「……っ!」
今度は右手を戻して左手で。
「あご」
「あ、あご!? うぅ……!」
「冗談――っ!?」
止める間もなくオレの手に鞍馬のあごが置かれていた。
こ、この感触は……!
やわらかい女子の顔の感触が手の平に伝わり、オレはむずがゆくなってしまう。
さすがにまずいと思い、オレが手を引っ込めると。
「んっ……!」
鞍馬の鼻にかかった声がもれた。『引っ込める』という動作が『なでる』になってしまったようだ。
「ユーヤぁ……」
オレの名前が悩ましげな声で呼ばれる。
呼んだ主は目の前で顔を赤くし、身体を小さく震わせた。
そんなオレたちを、近くのテーブルにつく数人の制服を着た女子高生が「うわあ、あの表情エロい……」とか「リア充カップルタヒね」なんてささやきながら見てくる。
オレは急に羞恥心に襲われ、それを耐えられなくなり。
「い、行くぞ鞍馬っ!」
立ち上がり、二つ分のトレーを持ってゴミ箱まで歩く。ゴミを仕分けして捨て、スタスタと機敏な動きで外へ飛び出した。
もちろん鞍馬も、オレの服のすそを引っ張りながら付いてくる。
「はあ……! はあ……!」
鞍馬が真後ろにいるせいので、オレはしばらく前だけを見て進むしかなかった。今はまともにこいつの顔を見れない。
どれくらい歩いただろうか?
気付けばオレたちはゲーセンの駐車場にいた。
「く、鞍馬……」
「……なに?」
「いやその…………なんかすまんかった」
「ほ、ホントだし! エロいとか言われてたぁ……。それにもったいないから、シェイク手に持ったまま来ちゃったじゃんか!」
振り返って見ると、鞍馬の左手には飲み物のカップが握られていた。
あいつの顔はすねたように頬が膨らんでいる。もちろん赤みがかかった色で。
「悪かったって! お前が満足するまで付き合うから勘弁してくれ……!」
「ホントに?」
「あ、ああ!」
オレのご機嫌取りを承諾してくれた鞍馬。これでとりあえずは一安心だ。
あいつがシェイクを飲みきったのを確認してから、オレたちはゲーセンの入り口をくぐった。
入ってすぐのところにあったゴミ箱に空になった容器を捨てると、鞍馬に先導される形で店内を回る。
その鞍馬は結構容赦なく連れ回してくれた。
レースゲームから音ゲー、ガンシューティングとこなしていき、メダルゲームや対戦型のアーケードも。
さすがに疲れたオレは、休憩を兼ねて一度トイレに行く。そのついでにジュースを二本買い、鞍馬の元へと戻った。
しばらく店内を歩き、やっと鞍馬の姿を見つけた。どうやらプライズコーナーのUFOキャッチャーと格闘中らしい。
かなり集中しているようで、色んな角度から媒体を覗き込んでは、アームの位置を確認し直している。
「どうだ? 目当てのものは取れそうか?」
「ユーヤ……? ちょい待ち。今あーし真剣なんだから……」
相当ご熱心な景品があるようだ。
鞍馬はアームの位置に気を付けながら覗き込み、ボタンを押す。
手が離され、アームがゆっくりと降りていき、一体のぬいぐるみを掴んだ。
「いけ……いけ……あっ……あああぁぁ……!」
大量に置かれた中から掴み取ったぬいぐるみは、そのアームに引っかかってはいたものの、途中で落下してしまった。
それを見て、鞍馬は媒体にしがみつきながら座り込んでしまう。
「どんまい。お前が狙ってるのは、あの黒猫のぬいぐるみか?」
さっきアームが掴んだのは、二足で自立するらしい黒猫のぬいぐるみだ。
アニメ調のデザインで、オレが見てもかわいいと思える見た目をしていた。
「うん……。五百円玉投入したのにダメだった……」
「あー、それはつらいな。……よし。鞍馬これ持っててくれ」
「え?」
鞍馬が立ち上がって振り返る。
「ほい。好きな方飲んでいいぞ」
そう言って、オレは買ってきたジュース二つを鞍馬に手渡した。
「あ、あんがと。ってユーヤもやるの?」
「おう」
オレはサイフをポケットから取り出す。
中身を確認すると入っていた百円玉は三枚。これで足りるか分からないが、やってやろうじゃないか。
一枚をゲーム機に投入し、残りを媒体に置く。
意識を集中させるオレは、鞍馬が取ろうとしていたぬいぐるみに狙いを定めた。
ボタンを押すと、奥へと移動するアーム。それを目視でちょうどいい位置へ調整し、今度は横に動かすボタンを押す。
目当ての物に合わせてボタンを離し、同時にアームが降下していく。
「あ……」
鞍馬の声がもれる中、アームはぬいぐるみの首根っこを押さえつけるように潜り込み、ゆっくりと爪が閉じた。
そのまま首を掴んだまま持ち上がり――。
「ユーヤユーヤ! それじゃダメだし! ……ああ、ほら!」
力の弱いアームは途中で首から外れ、ぬいぐるみは持ち上げられた反動で前へ倒れる。
ぬいぐるみを落とす穴を囲う、透明なアクリルに顔面からもたれかかる形で、目当ての物は静止した。
「狙い通りだな。運がよければあと一回で……」
オレは百円をもう一枚投入する。
再び動かせるようになり、オレは獲物へとアームを走らせた。
今度はぬいぐるみの胴体を狙って沈むアーム。それが見事に掴み上げ、ぬいぐるみの頭をアクリルに擦らせながら持ち上げていく。
あとは簡単だ。そのままアクリルの壁を越えれば、自動的に重い顔側に重心が傾き、傾いた反動でぬいぐるみがアームから外れ――そのままホールイン。
「……あ、え? ウソ!? 取れ、ちゃった……?」
「おう。取り出してみ」
オレの言葉に従い、取り出し口からぬいぐるみを取り出す鞍馬。
それを顔の前にまで持ち上げると、ゆっくりと鞍馬の顔に笑みが浮かんでいく。
「……やった……やったあああ!! やっとあんたが取れたよおおおっ!! ……よーし、決めた! あんたの名前はシンタローだし!」
名前まで付けて無邪気に喜ぶ鞍馬。あいつはオレの方に振り向くと。
「ごめっ、嬉しすぎて語彙力がヤバくて……! えっとーえとね……〜〜っ! あ、あんがとユーヤ!!」
鞍馬はそう言って、本当に嬉しそうな顔でぬいぐるみを抱きしめた。