23話 傷を背負うペルソナ
オレは一年の最初の頃、人と関わることを極力避けて学校に通っていた。それは中学三年の冬に、心をえぐられる失恋を経験したからだ。
失恋のことを引きずったまま入学したオレは、クラスメイトとも距離を置いた状態で、学校での生活を過ごしていた。
昼食も、その頃には姉ちゃんがオレを元気付けようとデコ弁に熱を注いでおり、それを見られたくないオレは、人のいない場所を探しては一人で過ごす。そんな日々を送ることを無意味に繰り返していた。
しかし、そんな時間はあいつによって変えられたんだ。
「よう! 見つけたぜ進藤! お前、こんなところで飯食ってんだなっ?」
「……誰だ?」
「おっと、自己紹介をしてなかったか。俺の名前は茅野白斗だ! 名前は進藤優也でいいんだよな? 同じクラスの仲間として、これからよろしくな!」
誰もいない木陰で弁当を食べ終えたオレの元に、白斗は爽やかなしゃべり方をして現れた。
それに対し、オレは怪訝な顔をしてこう答える。
「……嫌だ」
「おいおい!」
今では考えられない白斗の態度。最初、この頃の白斗はこんな感じでオレに接してきたんだ。
それ以降あいつは、昼だけじゃなく休み時間にまで絡んできて、部活がない日には下校にまで付き合ってくるウザいやつ。というレッテルを貼れてしまうほどに、オレのストーカーと化していた。
あいつがストーカーと化し、更に数日が経った頃のこと――。
帰り道を歩いてるとき、白斗が恒例行事の如く隣に並び絡んできた。
「なあ進藤! 今度二人で遊びに行かないか? 日曜なら毎週部活の練習が休みでさ!」
「……お前、いい加減にしろよ」
オレは立ち止まって白斗の顔を見る。
「お? また「ウザい……!」が出るかっ?」
「はあ……」
「んんー? 言い返せないのかい進藤くんは?」
「いい加減にしろよ……その薄気味悪い偽物の笑顔貼り付けたまま、オレに話しかけてきやがって……!」
「……っ!」
そのとき初めて、オレはあいつが怯む顔を見た。
「進藤……お前、気付いて?」
「顔色伺ってくるのが気持ち悪いほど分かる。そういうの本気でムカつくからやめろ」
オレが指摘した瞬間、あいつの微笑む顔は崩れた。
目が座り、口の端は下がり、雰囲気そのものも冷たいものに変わる。
「そうか。なら、お前に対してはこっちで接する方がいいようだな」
「……なるほど。それが本来のお前ってことかよ?」
「ああ。人付き合いを良くするのなら、さっきの方がいいのだが……。なにぶん、俺もまだ慣れていなくてな」
「で? なんでそんなことしてたんだ?」
「その辺りはまあ、そこの公園にあるベンチにでも座って語るとするか」
白斗は近くに見える運動公園を指差した。
先を行く白斗の後ろをなんとなく付いていく。逃げ出してもよかったが、こいつの行動の理由が分かるのなら、このまま誘いに乗るのもいいと思えたからだ。
そうしてベンチに腰かけたオレたちは、子供たちがサッカーボールで遊ぶ姿を眺める。
早く話せよ。なんて思ってると、白斗が淡々と語り始めた。
「進藤。お前は、ちょうど一年前に起きたバスジャック事件を知っているか? 中学三年の、一クラス分の生徒が乗るバスに男が押し入った事件だ」
「……報道で見た気がするな。首都高で起きたバスジャック事件だったか」
「そうだ。俺はその唯一の生き残りだ」
……は? と思わず白斗の顔を見てしまう。
あいつはそれには反応せず、まっすぐに子供たちの方を見つめていた。
どこか黄昏ているような横顔を見つめながら、オレは白斗の次の言葉を待つ。
「レクリエーションだった。新しい学年であり、中学最後となる一年。早くクラスがまとまるようにと、学校側が企画した、テーマパークに行くという行事だ。そのバスの一つに、とある男が目を付けたようでな。サービスエリアに停車したところを狙われた」
白斗のまぶたが少しだけ下がる。当時を思い出し、何か思いふけっていたのかもしれない。
「……そいつの目的は?」
「男の発言から、恋人が他の男に奪われたことへの報復だとか。このバスを、その女が住む家に突っ込ませるとかどうとか」
「……はあ? なんだよそれ? そいつアホだろ? そんな自分勝手な事情に他人を巻き込むなよ。てか、包丁なりナイフを持ち込んで直接刺し殺しに行けばいいだろ……」
あまりに非合理的だとオレは思った。
「まったくだ。どうやら、運転手が恋人を奪った男だったようでな。男を殺したあとは、女がいる家にバスを向かわせるのが目的だったようだ。しかし、俺にはその男の心理が理解出来ない。恋とはそこまで人を狂わせるものなのか?」
白斗はバカらしいと言わんばかりに首を横に振る。
オレも失恋してから日は浅かったが、さすがに人様を巻き込んでまで報復したいとは考えなかった。
ならその犯人は、オレが受けた屈辱以上の感情を秘めていたのかもしれない。
「確か、バスは壁を突き破って下の道路に落下したんだったか?」
「ああ。運転手は男にナイフで刺されて死亡。代わりに男の運転によってバスは走り出したが、正義感が強かった担任が男を取り押さえようと取っ組み合いになり……結果として、操作を誤ったバスは壁を突き破って高架下へと落下した」
事実は小説よりも奇なりとは言うが、なんともコメントしずらい話だ。と当時の俺は思っていた。
「それで、俺は何の因果か……親しくなったばかりのクラスメイトたちの遺体がクッションとなったおかげで、腕の骨折だけで済んだ。そこから、黒煙が立ちのぼる中で朦朧としながらも、気付いたらバスの窓から道路へと転げ落ちていた。事故を目撃した男の人が抱き起こしてくれ、俺たちがバスから離れたとき……」
「……引火して爆発したのか?」
オレの問いに白斗は力なく頷いた。
なるほど。それで唯一の生存者ってことなのか。
「それから入院と通院を半年ほど繰り返し、新たなクラスへと編入され、サッカーが出来るほどにも回復した。しかし、どこか心にポッカリと穴が空いてしまってな。親の勧めで、事情を知る生徒がいないであろうこの高校へ進学したのを機に、そんな自分を変えてみようと思ったんだ」
「なるほど。あんな気持ち悪い態度を取ってたのは、そういう理由だったってことか」
「気持ち悪い……か。お前以外のクラスメイトには好評だったのだがな」
「それはあれだ。そいつら見る目がなかったんだ」
オレがなんとなしに呟いた言葉で、白斗はキョトンとした顔でこっちを見る。そして一瞬遅れて――。
「ぷっ! はははっ! そうかそうか! 見る目がないのか! それならば仕方ないな!」
人目をはばからずに爆笑しだした。
となると今度はオレがキョトンとする番で、なんだこいつ? と怪訝な顔をしていたと思う。
「そんなにおかしいか……?」
「いやなに、ツボにハマっただけだ。……うむ。やはり進藤に話しかけて正解だった」
「はあ? てか、なんでオレに付きまとってたのか聞いてなかったな。どうしてだ?」
「簡単だ。何か抱えてそうなやつを放ってはおけなかった。事故後の俺は、周囲の人々によって救われたからな。きっと、俺もそんな風に誰かを救いたい。そう思ったゆえの行動だったのだろう」
だったのだろう。って、自分でも分かっていないのかよこいつ? とアホらしく思ってしまうオレ。
けど、そんなこいつが抱える問題は、オレの失恋なんて小さなことなんだとも思わせてくれた。
「はっ……意味分かんねえ」
「ん? やっと笑ったな進藤」
「わらっ……はあ?」
自分でそのことに気付かないでいたオレは、イラついた気分で答える。
そこに手が差し伸べられた。
「なんだよ?」
「知らないのか? 握手だ」
「お前、オレをバカにしてるだろ?」
「冗談だ。改めて言おう。進藤、俺と友達になってくれ」
オレはその手から顔をそらし、ベンチにもたれかかって空を見上げた。
「……知るか。勝手にしろ」
握手には応じず、オレはそのまま空を見つめる。隣から聞こえるのは白斗のわざとらしい盛大なため息。
そんな白斗との関係は、なんだかんだで一年が経つ。
その間にも、白斗は素の状態でも交友関係を広げていき、オレの態度は少しずつ軟化していって少ないながらも友人は増えた。
まあ、あいつとオレとの馴れ初めっていうのは、そんな感じなんだ。