22話 絶対に陥落されたくない男子と絶対に陥落させたい女子
場内が暗くなって映画は始まった。
スクリーンの明かりだけが光源となった中で、隣には鞍馬が座っている。
それを意識するなという方が無理な訳で、最初のうちは映画の内容が頭に入らなかった。加えてポップコーンを摘もうとする鞍馬の手とオレの手が当たったりと、ドキドキする場面が多々起きてしまう。
しかし、それもしばらく経ってなくなった。
純粋に、オレも鞍馬も映画のストーリーに引き込まれてしまったからだ。
そしてエンドロールが流れ終わると。
「……ユーヤ」
照明が点く中、空になったポップコーンの箱を両手で持った鞍馬がオレの名前を呼ぶ。
「……なんだ?」
「……うぅっ! 感動したよおおおおおっ!!」
「だよなっ! 最後の姉妹のやり取りとか、オレ思わず泣いちまったんだが……!」
「それな! わかりみが深いし……!」
語り合うオレたちは号泣していた。周りが「なんだなんだ?」とか言ってる気がするが、そんな些細なことはどうでもいい。
で、なんとか涙を引っ込めたオレたちは、映画館をあとにし、歩道を歩きながら語り合う。
「でさー、あのギャルの妖精とのカーチェイスとか、どちゃくそヤバかったよね!?」
「分かる分かる! あと、断崖絶壁を異能を使って走り抜けるシーンも個人的には好きだな」
「そこもすこ! でもさでもさ! やっぱビクサー映画の醍醐味と言ったらー」
オレたちは向かい合い、指を差し合って言う。
「「家族の絆!」」
やっぱりそこだよな。モニとかリメンバーユーも、そこがスタッフが一番伝えたいテーマな訳だし。
「ユーヤもわかってじゃーん♪」
「そっちこそ」
同時に差し出していた手を開き、オレたちは握手を交わした。
思いもよらない形で、鞍馬との仲が深まった気がする。悪くない。むしろ良い。
そして、手を離した鞍馬が背伸びをしたあとにスマホを取り出す。
「お? お昼回ってるけど何か食べる? あーしはポップコーン食べたから、小腹レベルで減ってるけど」
「そっか。映画見たからそれくらいの時間か。この辺だと何かあったか?」
「ちょいとお待ちー。ふっふふーん♪ ただいま検索中ー♪」
どうやら地図アプリで近場の飲食店を調べてくれているようだ。
オレもオレで探そうかと、スマホを取り出そうとしたところで。
「ほほう? 一番近いとこでミックあんじゃーん。ミクドナルドー」
「まあ小腹を満たすだけなら、ミクドでもアリじゃないか?」
「んじゃーそこで。てかさ、ユーヤって呼び方ミクド派?」
「そういうお前はミック派か?」
軽いノリで決まった昼食。
鞍馬が言った通りの近場で、一つ向こうの信号を曲がってすぐ。徒歩二分で到着だ。
その道中で略称がミックかミクドなのかで言い争ったことは省こう。
「えーと、ビッグミックのセットを一つ。サイドはポテト。飲み物はオレンジで。あ、あとミックシェイクのバニラのLを」
「はい。かしこまりました。それでは合計で――」
支払いを終え、一分と待たずに品物の乗ったトレーを受け取る。それから、入店して即行で頼み終えていた鞍馬の元に向かう。
あいつは近くのテーブルの一つに陣取り、テーブルにひじをついた手でポテトを掴んだまま、もう片方の手を使ってスマホをいじっていた。
「結構混んでるな。まあ、休日の昼時だから仕方ないが」
「お? おっかえりー。だよねー♪ みんな考えること一緒だもん。フッ軽なとこに人が集まるのも、人間の真理じゃん」
「まあな。けど、もうちょっとゆっくり出来る喫茶店とか、増えてもいいと思うんだが」
言いつつ鞍馬の対面にトレーを置いて座った。
個人的には、喫茶店でカップを片手に文庫本を読みふけるのが好きだったりする。
「ムリムリー。あーしらが気軽さ求めてここに来てる時点で、そーゆーことっしょ。んん? ユーヤ、ミックシェイクあんじゃん!」
「やらんぞ」
「一口。一口だけー」
鞍馬が手を伸ばしてきたので、オレはサッとシェイクを掴み、上へと持ち上げる。
「と・ど・か・な・いぃぃぃ!」
「いいや、届かせない」
「減らないでしょーが!」
「減るんだよ物理的に!」
不毛な言い合いが続き、鞍馬が「むー!」と言いながら手を引っ込めた。やっと観念したらしい。
「じゃあ……」
と言って、今度は反対側の手を伸ばす。その手が持ってるのは、オレがテーブルに着いたときから掴んでるポテトだ。
「これあげるから、一口飲ませるし」
「あげるって……。ずっと持ってたやつだろ。大体、それ一本で釣り合うとでも――」
「だから、あーん……って、かわいい綾音ちゃんがしたげるから……それで等価交換になるんだし……」
空いた萌え袖となった手で口元を隠し、潤んだ目を明後日の方向へとそらす鞍馬。
オレはというと、そのいきなりの行動によって身体が固まってしまっていた。
「……な、なんだったら……ポッキーゲームみたいにく、口でくわえながら、しよっか……?」
「なっ!? で、出来る訳ないだろ!!」
身体中が熱くなるのを感じ、オレは勢いよく立ち上がった。
しかし、そんなオレに注がれるのは四方八方からの視線でして。
「あ、いや……お、お騒がせしてすみません……」
頭をかきながら一言謝り、オレは静かに着席した。
「……あーあ。ユーヤ怒られてやんのー」
「怒られてねえよ……!」
「はあー……にしても、あーしがこんなに誘惑してんのに、ユーヤはなんで陥落してくんないのー? あーしってそんなに魅力ないー?」
鞍馬は唇を尖らせながら愚痴ると、持っていたポテトを食べ始める。
「魅力がない訳ないだろ……。それだったら、オレはこんな反応してないっての……」
「むー! じゃあなんで? 教えてくんないと、あーしは納得できないし」
鞍馬からしてみたらそりゃそうだ。
オレとしても、これはただの意固地だってことくらい分かってる。
それでもオレなりの流儀というか、これはポリシーみたいなものなんだ。
「先に倉田を好きになってたからな……」
「……なにそれ?」
「納得してもらえるかどうかは難しいんだが、倉田とのことを終わらせない限り、お前の気持ちには向き合えないっていうかさ……」
「……自分の気持ちにケリがつかないうちは、あーしの告白には答えられないってこと……?」
なんとも言えない顔で聞いてくる鞍馬に、オレは首を縦に振って答えた。
「……はあぁぁ……! マジ意味わかんない……! じゃあちーちゃん次第じゃ、あーしは最初から勝てる可能性なしってことじゃん……!」
目を潤ませながら頬をふくらませる鞍馬。そんな顔をされると、オレも正直心が痛む。
「そう……だよな。なんかすまん」
「べっつにー! 気にしてないし……! そもそも、ちーちゃん最近茅野っちと仲良いけど、ユーヤ的にはいいの?」
「え?」
「ほら、昼だっておかず交換してたし。一昨日はちーちゃんと茅野っち良い雰囲気だったし」
一昨日。白斗が部活の先輩を追い払った件か。
とはいえ、あれはオレだとどうにも出来なかったからな。
「それに、この前一緒に登校してたよ」
「はあ? 白斗の朝練がない日に、偶然会った二人が歩いてることくらいあるだろ」
オレもこの前経験したぞ。まあ、途中で白斗が乱入してきたけど。
「てかさ、前から気になってたんだけど」
「気になってた?」
「うん。ユーヤと茅野っちって、どーやって仲良くなったの? サッカー部で陽キャな茅野っち。かたや友達少なめで陰キャ眼鏡なユーヤ」
「おい」
「接点とかなさそーなんだけど」
まあ、一年の頃のオレたちを知らない鞍馬からしたら、そう思うのも仕方ないよな。
急な会話の路線変更になったが語っておくか。
「分かった。シェイクやる代わりに、その辺のこと話してやるよ」