21話 その頬は朱に染まりまして
昨夜のことを思い返していると、鞍馬がジーっとオレを見ていることに気付く。
「あ、すまん。ボーッとしてた」
「え? う、ううん! それは大丈夫!」
「それは? って他に問題でもあったのか?」
「いや、えっとぉ……! 服……服がイイ感じじゃんって思って見てた、だけで……! うぅ……べ、別に見惚れてたっていーじゃんか!」
鞍馬が顔を赤くして顔をそらす。
「服? ……あ、ああ! ありがとうな! 実は昨日買ったばっかのやつなんだ」
「そ、そーなんだ? ……ん? 昨日? じゃあそれって、ちーちゃんとデートするために買った服ってこと……?」
途端にムスッと不機嫌そうな顔をする鞍馬。
そんなあからさまな態度に笑いを堪えつつ、オレはさっきの内容について訂正する。
「違うっての。昨日は姉ちゃんの買い物に付き合ってて、そのついでで買ったものなんだ」
正確には姉ちゃんの買うものリストの品なんだが、ここでそれを言うと、更に収集がつかなそうなのでやめておいた。
「そ、そーゆーことねっ! な、なるほどーなるほどーっ!」
取り繕う鞍馬を見て、こいつって嫉妬心が強い方なのか? と思ってしまう。
「ま、まあ、せっかくのデート……だからさ。く、鞍馬の隣に立っても、釣り合うくらいのファッションにはしないとなー……なんて。それで……き、今日は新品の服を選んだ訳でありまして……!」
あ、やばい。言ってて顔が熱くなってきた。
「あ、あーしと釣り合うため……? ふ、ふーん? い、いーんじゃない……かなー?」
ふと鞍馬の反応が気になって目を向けると、偶然にも視線が重なってしまう。そこから二人してサッと目をそらす。
おいおい思春期の中学生かよオレは!?
いやでも、鞍馬の顔もめちゃくちゃ赤くなってたよな? あいつも照れてたってことか?
なんか恥ずかしさが加速してきたので、それを紛らわすために頭を左右に振る。
未だに鞍馬の顔を見れないまま、オレは次の話題を口にしてみた。
「と、とりあえずどうするよっ? 行きたいところとかあるかっ?」
「い、行きたいとこっ? あー、うーん……じ、じゃあさ、ユーヤがデートするならここ! って場所に連れてってよ!」
言い終わるとガードレールから飛び降りる鞍馬。
「いっ!? お、オレの中での定番!?」
腕を組みながら「うんうんっ!」と顔を縦に振る鞍馬。それに合わせてサイドテールが前後に揺れる。
「えっと……なら、映画館とかは?」
「……えー? あんちょくー」
「し、仕方ないだろ! こんな風にデートなんてするの初めてなんだから! 女子と出かける定番の場所なんか詳しくねえんだよ……!」
言ってて虚しいやら悲しいやら。そんな経験なんて姉ちゃん相手くらいしかないっての。
まあ、異性と一対一で出かけた経験はあるが、あれをデートとしてカウントする気はない。てか、あの女のことは思い出したくもない。
「は、初めてなの……?」
なんて聞いてくるもんだから、オレは頭をかきながら頷いた。
どーせオレはお前みたいなギャルと違って、異性と遊び回った経験なんてありませんよーだ!
遊ぶにしても、白斗とか男子連中とゲーセン行ったり、コンビニで駄弁ったりするのが主なんですぅー!
オレはガキみたいな抗議を脳内でしてやった。
いや、実際にやってしまうと真面目に気持ち悪い人になりそうだからな……。
そんなヤケクソ気味な妄想をしている間、当の鞍馬はというと。
「は、初めてねぇ……。まあ別にいいんじゃない? あ、あーし的にはむしろ……うれし……うぅ……!」
と顔を赤くし、前髪を指に巻き付けながらボソボソと呟いていた。
今あいつ、嬉しいって言いそうになったのか?
あ……初めてってことは恋人がいなかったことにもなるから、鞍馬としては嬉しい回答になるのか。
そうだよな。オレも、仮に鞍馬が初めてとかだったら、やっぱり嬉し……違う! そこは倉田だろオレ!
オレは思考を一旦停止させるように咳払いし、鞍馬に話しかける。
「け、結局映画っていう案はいいのか? それともダメなのか?」
「え? べ、別にダメとは言ってないじゃんか。……あ、あのさ。ここで話しててもしょーがないし、映画見に行く?」
「だ、だな」
こうしてオレたちは、駅から少し離れた場所にある映画館に向かって歩き始めた。
互いにぎこちなく歩いてるせいで、これがプライベートな用事であり、同級生との初デートなんだと改めて思い知らされるオレだった。
街路樹や前から来る人に引っかからないようにしながら歩き、オレたちは色々な会話を交わす。
学校のことや趣味、果てには鞍馬が毎朝してるメイク方法なんて、よく分からない話題まで。
そんな映画館に向かう途中で、隣を歩く鞍馬は新たな話題を振ってきた。
「そーいえばさー」
「ん?」
「ユーヤはどうして、今日のデートをOKしてくれたの?」
ああ、そのことか。とオレは鞍馬の問いに答えるために口を開く。
「魚拓のくだりがあったからな」
「……? 魚拓?」
オレの方を見る鞍馬が眉毛をハの字にする。
「お前、自分で言い出しておいて忘れたのか?」
「あれ? あーし、そんなこと言ったっけ?」
こいつは……。
「だから、その……あれだ。オレがさ、倉田のことをデートに誘ったら、鞍馬ともデートするって流れがあっただろ?」
「え? あ……」
「男に二言はなしとまで言っちまったからな。倉田とのデートは出来なかったけど、誘ったのは確かだからさ。だから、お前とのデートも引き受けるのが筋だなって。……あ、これだと義務感から誘ったみたいに聞こえちまうか!? いや、その! お前とのデートも満更じゃないっていうか、今も楽しいし……! えっと……!」
あーもう! 何言ってんだよオレ!?
せっかく始まったデートなのに、こんなんじゃ鞍馬のやつをまた傷付けて――。
「ふふっ」
オレが焦っていると、隣から小さく笑う声が聞こえてきた。
前に向き直って話していたオレは、その声につられるようにして鞍馬へ視線を送る。
「……く、鞍馬?」
「ふふっ、もー! さっきから焦りすぎだし。ユーヤの思いはちゃんと伝わってるから安心して。ホント、ユーヤは気が利くし優しいよね」
オレを見ていた鞍馬は前へと向き直る。頬を赤く染めてうつむくと。
「……うん。そういうとこ、やっぱ大好きかも……」
小さく口を開き、物思いにふけったような様子でそう呟いた。
「――っ!?」
なんだよこいつ!? い、いきなり好きとか……!
また顔が熱くなる。口も緩みそうになったので必死にこらえた。
鞍馬と会って一時間も経ってないっていうのに、今日のデートの間に何回こうなっちまうんだ?
映画の最中なら暗いから大丈夫だろうが、食事とかだと、まともに顔も見れないんじゃないか?
そんなこんなで、特に手を繋ぐとか腕を組むなんてカップルらしいことは一切なく、目的の映画館に到着した。
まあ実際、恋人同士じゃないから身体に触れないのは当たり前なんだが、なんかもう、下手なカップルよりも空気がこう……あーもう!
内心で悶絶するオレ。
特に鞍馬との会話もないまま、オレたちは受付のあるロビーへと辿り着いた。
「そーいえば、なんの映画見んの?」
「え? あ、そうだなぁ……二分の一の異能、なんてどうだ?」
オレは柱に貼られたポスターを見て提案する。
「お? いーじゃん! あーしもまだ見たことないんだよねー。そんじゃ、それにけってー!」
見るものを決めたオレたちは、二人揃って支払いを済ませた。席も一応隣同士で確保してある。
しかし、まだまだ上映時間までは時間に余裕がありそうだ。
さてどうするか? と話し合った結果。オレたちはポップコーンと飲み物を買うために、販売店の列に並ぶことにした。
シェアしたいとか鞍馬が言い出したので、オレは塩味を。鞍馬はキャラメル味を買う。
「んじゃ、そろそろ座席確保しておくか?」
「おけまる水産だし。ユーヤ、座ったらポップコーン少し食べよーよ!」
「始まる前に食い尽くすなよ?」
「はあ!? 少しって言ってんじゃんか!」
なんてバカな会話をしながら、オレたちは席についたのだった。