20話 デートの誘い その2
翌日、オレは電車に乗って市街地に繰り出した。
曇天の空が広がる中、オレは目的の駅に着き、改札をくぐって建物の外へと出る。
「夕方には降るかもとか言ってたから、天気には気をつけておかないとな」
曇り空を視界に収めつつ、腕時計を確認する。
時刻は十時を過ぎたところだ。それはデートの約束で指定されていた時間でもある。
折り畳み傘を入れたショルダーバッグを肩にかけ直し、オレは約束の相手はいないかと周囲を見回す。
そして、ガードレールに腰かける一人の女子と目が合う。あっちも気付いたことで手を振ってきた。
「おーい! こっちこっち!」
「お? 先に着いてたか」
件の女子は、黒と白のボーダー柄をした長袖のロングティーシャツを着ていた。その上には、ファスナーを開ける形で重ね着した、黒い半袖のジャンパーを。
下はデニムの短パンで、黒いニーハイソックスにスニーカーといった装いをしている。
なんて感じで、あいつはかなりラフな格好で待っていた。
「おう、すまん。待たせたか鞍馬?」
「ううん! あーしもさっき着いたとこだし♪」
近付くオレと話す、ラフな服装で長い金髪をサイドテールにまとめた女子。そいつはオレが名前を呼んだ通り、鞍馬で正しい。
そう。デートに誘った倉田じゃなく、オレは鞍馬と待ち合わせをしていたんだ。
で、こいつがいる理由はまあ、昨夜あったことが起因してる訳でして――。
昨夜。デート提案のメッセージ送信後――。
『日曜日、一緒に街へ出かけないか?』
オレはそう送信したあとの画面を見続けていた。
既読が付いてすでに五分は経っている。いきなり誘うのはまずかったかと、後悔し始めたところに。
『それは綾ちゃんや茅野くんも一緒でってこと?』
と倉田からメッセージが返ってきた。
あ、そうか。二人でとは書いてなかった。
白斗たちも交えた四人だと勘違いされても仕方がない……のか?
ここはどうする? と額を押さえて考える。
二人でと言えば露骨だが、倉田を意識してることのアピールにはなるだろう。
四人でと言えば無難だが、倉田と距離を詰められる可能性は低くなってくる。
そもそも、ここで危険を冒してまでアピールを取る必要はあるのか?
まずはみんなで遊びに行って、足がかりを見つけてから仲良くなるべきじゃ?
慎重に判断をくだし、オレはメッセージを送る。
『ああ。みんなで遊ぼうぜ。倉田が二人だけの方がいいなら、オレはそれでも構わないけど』
送信し――急に冷や汗が流れ出した。後半の文は打たない方がよかっただろ……と後悔したからだ。
そして既読がついたまま、再び長い時間を待つことになった。
十分ほどが経った頃だろうか。精神的な消耗がキツくなってきたときに受信音が鳴った。
横になっていた状態から起き上がって座り、急いでラインを起動させる。
オレが目にした文は――。
『遅くなっちゃってごめんね。来週の日曜じゃなくて明日なんだよね? さっき友達から連絡来て、明日は先約があったことを思い出して……。来週だったら四人でも大丈夫だよ♪』
あ……これ終わったわ。デートの誘いには失敗した件。
『予定があるなら仕方ないな。急な話でごめん』
『ううん。私こそ断っちゃってごめんね。ゴールデンウィークも近いし、なんだったら二十九日が昭和の日だから、その日にみんなで遊ぼう!』
『おう! んじゃ、また何かあったら連絡する』
『うん。気軽にライン送ってね( ´ ▽ ` )ノシ』
こうして、オレと倉田のデートの話は終わりましたとさ。めでたしめでた――くねえよ!
オレはもうなんか、全部投げ出したくなって背中からベッドに倒れ込む。
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」
情けなくって、某サイヤ人の王子のセリフが口から出てしまう。それだけ心にくる結果だった。
「いやいや、だからといってここで諦める訳にはいかないだろオレ」
そうだ。脈がまったくない訳じゃない。
まだスタートラインに立った段階で諦めてどうするよ?
と決意を新たにしたところで、ラインにメッセージが届いた。
「く、倉田か!?」
まだ話すことがあるからメッセージを寄越した? と思って画面を見ると。
「……お前じゃない……お前じゃないんだよ鞍馬」
そこに表示されていたのは鞍馬の名前だった。
届いたのは『ちーちゃんはデートに誘えた?』という野次馬的な文章だ。
「ダメだったんですよ鞍馬さん……」
けど、鞍馬のおかげで倉田とラインで会話することが出来た。それには本当に感謝してる。
ダメだったとはいえ、こいつにはきちんと報告するべきだろう。
オレは気持ちを切り替えて起き上がり、鞍馬とのトーク画面を開く。
『結論から言うぞ』
『うん』
『ダメだった』
『え?』
オレのメッセージに対し、鞍馬は驚いた顔をする黒猫のスタンプまで送ってきた。
『え? ちょっとまって!? え!? なんで!?』
『一回落ち着け』
『落ち着けるわけないっしょ!! ダメって、デートのOKが出なかったってこと!?』
『そういうことだ。先約があって無理なんだとさ』
てか、デートに誘ったのを前提で話を進めてくるんじゃねえよ。……事実だけどさ。
そもそも、鞍馬的には失敗した方が嬉しいんじゃないのか? どうしてそこで取り乱す?
「いっ!?」
唐突にオレのスマホの着信音が鳴り出した。通知音じゃなく、ラインの通話を意味する着信音だ。
そして表示されている通話相手の名前は、やっぱり鞍馬で。
「も、もしもし?」
とオレは恐る恐る通話に出てみる。
「どーゆーことなのユーヤ!? 先約ってなに!?」
「あーもう! いきなり通話で怒鳴るな! 鼓膜破る気か!?」
「あ、ごめっ……も、もしかして先約ってのは断る言い訳だったりとか……!? ねえ! あーしが今からちーちゃんに事情聞こっか!?」
「やめろって! 恥ずかしいから!」
「でもだって!」
しばらくの間、オレは落ち着かない鞍馬をなだめる羽目になった。
てか、なんでオレがこんなことをしなきゃならんのだ? むしろ慰めてくれよオレを。
「……落ち着いたか?」
「う、うん。ごめん……」
数分話し合って、やっと鞍馬が落ち着いた。
「今回は運が悪かっただけだ。ゴールデンウィークになったら、白斗も含めたオレたち四人で遊ぶって話もあったし、ここで強行に出る意味がないんだよ」
オレは自分の気持ちを素直に伝えてみた。
まあ、納得してないのはオレも同じだが、まずは鞍馬を落ち着かせるべきだ。
「そーだけどさー」
「てか、なんでお前がそんなにゴネるんだよ?」
「え? なんかさー、あーしが関わったことだし、やっぱ成功してほしいじゃん?」
「なんだよそれ? 成功したら、お前にとっては不利な状況になるんじゃないのか?」
「え? …………ああ!? そーじゃん!?」
バカなのかこいつは?
そんなことを思いながらも、オレはそんなバカらしい話が出来ることが嬉しくなっていた。
しかし、同時にその言葉の裏まで察してしまう。
そっか。そういえば、鞍馬はラブレターの話のときにオレの恋愛を邪魔しないとか言って……。
それでこいつは、今日もオレに番号を教えることを断らなかったのかもしれない。
「……っ」
今更ながら、オレは自分のバカさ加減に腹が立ってしまう。
ラインを送る前に気付けていれば、鞍馬に聞くことはなかった。そうすれば、こいつが気を遣って無理する必要も……。
「ユーヤ?」
「と、とりあえず倉田と出かける話はなくなった。お前に言いたかったのはそれだけだ。……他に何か聞きたいこととかあるか?」
「聞きたいこと? えーっと…………ユーヤは明日ヒマになったってことだよね?」
「うーん……まあそうなるな。特に予定もないし」
「じ、じゃあさ……!」
「ん?」
鞍馬が沈黙した。吐息だけが聞こえ、それが緊張感と共にオレの胸の鼓動を高ならせる。
「……く、鞍馬?」
「……あ、明日……あたしとデート……してくれませんか?」
その言葉で今度はオレが沈黙した。
下手な思惑すら混じっていないであろう、鞍馬からの純粋なデートの誘い。
オレは戸惑い、考え、思い出す。鞍馬としたトークの内容を――。
「……あ……その……そう、だな。分かった。何時にどこで待ち合わせをする?」
「……へ? ほ、ホントにいいの!?」
「ああ。で、どうするんだ?」
「あ、えっとね! 時間は――」
こうして、オレたちが今日デートをすることが決まったんだ。