19話 デートの誘い その1
自宅へと帰り、買ってきた荷物を片付け終えたオレは――。
「あー、どうすれば……! いやでも……!」
と、ぶつくさ言いながらベッドの上を転がっていた。
何を悩んでるのかといえば、倉田をデートに誘う誘わない以前に、連絡手段の確保そのものが出来ていなかったことに関してだ。
もちろんだがラインでの連絡は取れない。単純に倉田の番号を知らないから。
オレ自身の交流関係が狭いから、誰かに連絡先を聞くのも厳しい状況だ。
仮に倉田の親しい友人に聞けたとしよう。
それを聞いたのが異性のオレとなると、相手は『こいつ、あの子のことが好きなんじゃ?』とすぐに勘づかれてバレる。
その瞬間にオレのスクールライフは灰色と化す。……さすがにそれは言いすぎか。
「いやいや、でもそんなの絶対無理。そもそも倉田の番号知ってる知り合いなんてオレには…………あ」
天井を見つめていて思い出した。
いるじゃないか。一人、聞きたくないけど知っているであろう女子が。
しかも倉田に好意を抱いてるのがバレてる相手。
「鞍馬……か」
思い浮かんだ鞍馬の姿。あいつは倉田と幼馴染らしいから、番号を登録している可能性は高い。
だからといって、鞍馬がそう易々と教えてくれない可能性も高いだろう。
鞍馬はオレを好きだと宣言している。オレが倉田を好きなのを分かった上で告げてきた。
そんな人間が、恋敵となる相手の番号を教える義理なんてまったくない。
だけど、オレはあいつの性格を知ってる。自分が不利になるからと断らないことを。
それはわざわざラブレターを返してきた事実があることからも、まず間違いないはずだ。
「だからなんだよ……。だから、その鞍馬の人の良さを利用するのが嫌なオレがいる訳で……」
重く深いため息を吐く。
倉田への想いは変わってない。けど、その部分に少しずつ鞍馬という存在が入り込んできていた。
鞍馬を好きかと聞かれてもまだ否定は出来るが、この先もそうとは限らない。
あいつに陥落させられる前に、倉田と仲良くなって告白を成功させないと。
なら鞍馬に気を遣う必要なんてないはずだろオレ。
そんなとき、ポンッと耳元で電子音が鳴った。寝返りをうって枕元にあるスマホを手に取る。
「……鞍馬?」
画面に表示された鞍馬という名前。
『やっほー! 元気してる?』
そんな当たり障りのない文が届いた。オレはスマホの画面を眺めながらラインを起動させる。
しかし、『元気だぞ』と入力したところで手が止まった。
「元気だぞってなんだよ……? オレは今悩んでるところだろ……」
オレは文を消して目をつぶった。
どう返すかよりも、倉田の番号を聞くかを悩んでしまう。
どうやって切り出すかを考えてると『既読無視?』とメッセージが来た。
オレはさすがにまずいと思い、急いで文字を打って送信する。
『すまん。見れたけど返事を入力するほどの余裕がなかった』
『そっか。なにかやってんの?』
『買い物行ってたから、その荷物の整理』
『なーる。おけまる水産』
どうやらごまかせたようだ。
『片付けはもう終わったん?』
『ああ。お前こそ、いきなりラインなんか送ってきてどうしたんだ?』
少し間が空いてからメッセージを受信。
『いや、なんかユーヤと話したくなっちゃってさ』
『なんだよそれ?』
『にゃはは♪』
特に理由はないという文を見ていて、オレは自分の口が自然と緩んでることに気付いた。
気付いてしまい、気持ちを切り替えようと口を引き締める。流されちゃいけないと。
そして、オレは軽く息を吐き、意を決して文章を打ち込んだ。
『あのさ』
『ん? どったし?』
『倉田の番号って知ってるか?』
送って、心臓が締め付けられる感覚に襲われる。
それが緊張から来るものなのか、それとも鞍馬に尋ねたせいでなのか。今のオレには分からなかった。
『知ってるよ。教えてほしい?』
大した間も空けず、鞍馬からメッセージが送られてきた。
『ああ。……なんかすまん』
『なんで謝んの?』
『いや、オレから聞かれるの嫌じゃなかったか?』
既読が付き、しばらく返信が来ないまま時間が過ぎる。
そして受信音が鳴ると。
『もし嫌だって言ったら、ユーヤはどうする……?』
「っ!?」
届いたその言葉でオレの心臓が跳ね上がった。
声もなく顔も見えないのに、鞍馬がどんな気持ちで打ったか分かる。予想、出来てしまったんだ……。
『あはは! うそうそ! 教えたげる!』
――いいのか? お前はそれで?
決して鞍馬には届かないその言葉が、口をついて出ていた。
その間に、こっちの状況を知らないであろう鞍馬から、倉田の番号が書かれた文章が送られてくる。
『送ったよー。悪用しちゃダメだかんね? てかさ、ちーちゃんをデートにでも誘う気ー? それならうまくやりなよw』
『ああ、分かった。ありがとう鞍馬』
その文面をどう捉えていいのか分からず、オレはなぜかお礼の言葉を返していた。
『否定なし? メッチャやけちゃうんですけどー』
『いや、ただ連絡先を知りたかっただけだ。もしかしたら本当にデート誘うかもなー』
『デリカシーがないぞユーヤ! 繊細な綾音ちゃんの心は傷付いちゃうしー! (´;Д;`)』
段々と冗談交じりな会話になってきた。そしてそれに安堵するオレがいた。
『なんてね! じゃあさ、言葉以外のお礼として、今度あーしともデートしてよ!』
『ああ、倉田をデートに誘っていたらな』
『言ったなー? 魚拓撮ったから、やっぱなしとか無効だかんね!』
『分かったよ。男に二言はなしだ』
それから取り留めのない話をしているうちに、夕飯の時間になっていた。
ご飯も食べ終わり、オレはベッドに座って唸る。
鞍馬とのトークは終わったんだが、だからこそ倉田のことで悩んでいた。
「これが倉田とのトーク画面……うぅ……」
緊張でスマホを持つ手が震えてくる。胃がキリキリするし、頭が沸騰しそうだった。
文章はすでに打ち込んである。送信はまだしていないけれど、『いきなりのメッセージでごめん。オレ、進藤優也なんだけど』という内容で放置中だ。
しかし、何も今日デートに誘う必要はない。鞍馬のことを思い浮かべると気後れしますですし。
そもそも断られる可能性だって考えられる。
「なあ、このまま送ってもいいのかオレ?」
色々な思いが頭の中で渦巻いて、さっきから意識が朦朧としてくる始末だ。
「落ち着けオレ。とりあえず一旦送るのやめよう。そうしよ――」
「優ちゃん! お風呂沸いたよー!」
「――う!? っと、分かった! 入るよ!」
オレは姉ちゃんの声に驚きながらも、扉に向かって返事をする。
まったく……姉ちゃんはタイミングと心臓に悪いお方だ。とにかく一旦送るのはやめにして、一度風呂に入ってから改めて熟考を――。
「……え?」
オレは我が目を疑った。
「ははっ……え? 嘘だろ……!?」
なぜかと言えば、トーク画面ではすでに、オレの打った文章が送信されたあとになっていたからだ。
そして既読が付いてしまい――。
『進藤くん? こんばんわ! でも私、進藤くんに連絡先教えてたっけ?』
と倉田からメッセージが送られてきた。
「あわわわわ! やばい! これやばい! どうすんのオレ!?」
オレは慌てて思考を巡らせる。
やってしまったものは仕方ない。考えるんだ。
「と、とにかく返事をしないと……!」
オレは急いで文章を打ち始めた。
『急に送ったりしてごめん! 実は鞍馬が教えてくれてさ。それで連絡してみたんだ』
『そうだったんだ!? それなら言ってくれればよかったのに(=´∀`)人(´∀`=)イェーイ』
『本当にごめんな』
『別にいいよ♪ 何か私に用があったりした?』
うおおお……こ、この流れは正直に話すしかないのか……?
いや、せっかく鞍馬からの後押しもあったんだ。
ここで引いたら、それこそ鞍馬の気遣いを無駄にする行為になるんじゃないのか?
あいつの思いに応えたいのなら、ここは臆せず進むべきだろオレ。
大きく息を吐き、オレは迷うことなくスマホの画面をタップし送信する。
次の瞬間、送信音と共に画面に新たなメッセージが追加された。
『日曜日、一緒に街へ出かけないか?』