18話 TUKASA
司さんの注文も終わり、オレたちは最初に届いたポテトやからあげを食べながら世間話をする。
各々が注文した料理が着く頃には、飲んでたドリンクも空になってきて。
「二人は何飲む? 同じやつでいーい?」
「オレは同じので」
「じゃあ、あたしはレモンティーとかでもいい? お湯使うから少し時間かかっちゃうけど」
「いいよいいよー」
「ありがとう。助かるわ梓」
それぞれの欲しいものを聞いた姉ちゃんが、自分とオレのグラスをおぼんに乗せてドリンクバーへと歩いていった。
再び司さんと二人で残される。オレは海鮮丼を持ち上げ、顔を隠すようにして食べながら、対面に座る司さんの様子を伺った。
注文した揚げ物のセット。その中からエビフライを箸で掴んで食べる司さん。
箸の持ち方は綺麗だし、衣が落ちないように手を添えて食べている。一目見ただけでも、きちんとした作法が身についているのが分かった。
口に入れる瞬間に目は閉じられ、長いまつげが揺れる。その動作一つ一つに、オレの目は奪われていた。
「ねえ。見られることには慣れてる自覚があるんだけどさ、食べているところをまじまじと見つめてくるのは、さすがにマナー違反じゃないかしら?」
「え!? あ、その……すみません」
「まあいいけどね。なに? あたしに聞きたいことでもあるの?」
司さんが箸を食器に置いてこっちを見る。
いざ聞きたいことがあるのかと尋ねられると困ってしまう。
オレ自身、この人に感じてる違和感がなんなのか分からないのだから。
「えっと……司さんはどうやって姉とお知り合いに?」
「そのこと? 大したものじゃないわ。あの子、大学では結構モテるのよ。であの時は、好意を寄せる男共が梓を遠巻きから眺めながら話してたのよね」
「話してた?」
どんな内容なのか気になり先を促す。
司さんはそんなオレに、再び持ち上げた箸の先端を向けてきた。その動作のせいでオレは一瞬怯む。
「あなたのことをよ」
「お、オレ?」
意味が分からず聞き返すと、司さんは箸を引っ込めて食器に置き直す。
「そう。休日に梓と冴えない眼鏡の男が楽しそうに歩いていた。それが噂になってね。可憐な進藤には釣り合わないとか、そんなの何かの間違いだとか、きっと彼女は弱みを握られてるなんて、根も葉もない噂話をしていたわけよ」
なんだよそれ? オレの扱い酷くね?
「果てには、そんなクソ雑魚眼鏡なんか俺が倒してやる、なんて言った奴が現れたのが運の尽き。男たちの話を密かに聞いていた梓がキレて、罵詈雑言を浴びせまくって撃退したのよ」
「な、なるほど」
「それで、あたしはその一部始終を見てて笑っちゃってさ。ああ、この子と一緒ならキャンパスライフで退屈しなさそうだ。って思って声をかけたの。それが出会いの発端よ」
二人の出会いに自分が関わっていることが、嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気分を抱くオレがいた。
「むう……司ちゃん、話しちゃったの?」
「あら? おかえり梓。別にいいでしょ? 減るもんじゃないし」
「そうだけどさぁ。優ちゃんには、あんまり知られたくないしぃ……」
ムスッとした顔でグラスとカップをテーブルに置いていく姉ちゃん。
「そう? 弟くんは知ってどうだった? 嫌な気持ちにでもなったかしら?」
「え? いや、別に嫌悪感とかはないですよ。てか、姉ちゃんのことだから、オレのブロマイドを作って大学で配ったとか、オレのファンクラブサークルを作ったとか。そんなもっと過激な内容を予想をしていたんで。そのくらいなら問題ないかと」
「……ぷっ! あっははははは! だってさ梓? あたしもそこまでの内容は予想すらしていなかったわ! くくっ……あんたさあ。日頃どんな風に弟くんと接してたら、こんなこと言われるようになるのよっ?」
オレの話を聞いた司さんが大笑いする。席に座り直す姉ちゃんは、顔を赤くして「だってぇ……」と何か言いたそうだった。
「はーっ、笑った笑った! やっぱりあんたと一緒だと楽しいわ」
「優ちゃぁん……」
姉ちゃんが涙目でオレに助けを求めてきた。
しかし、あの姉ちゃんがこうも手玉に取られてるとは……。この人やるな。
「もう! 知られたくないことなら司ちゃんにだってあるくせに! なんたって司ちゃんはギャン――」
「ストーップ! あたしが悪かったわ!」
姉ちゃんの口を焦ったように押さえる司さん。
そのせいで「もごもご……!」と姉ちゃんの口から聞き取れない言葉が出てくる。
なんだ? ギャン? ロボットの名前とかか?
「えっと、ギャンとは?」
「あー……その反応からして、やっぱり弟くんは知らないのか。……オフレコなのと、下手に反応しないのを約束してくれるなら、弟くんにも話していいけど」
よく分からないが頷く。これでも口は堅い方だ。
司さんは姉ちゃん口から手を離し、今度は自分の口元に添え、内緒話をするような動作をする。
そして神妙な顔で司さんは口を開いた。
「あたしね、普通の大学生じゃないのよ」
「普通じゃない?」
「ギャンギャンっていう女性が買うファッション雑誌があるんだけど、弟くんは知ってる?」
「ええ。姉ちゃんもたまに買ってるんで」
「それの専モなの」
せんも? なんだその単語?
「あー、ごめん。わからないか。専属モデル。契約してるプロのファッションモデルってことよ」
「……え?」
金をもらって、色々な服を着て撮影するモデルのことだよな?
「マジですか?」
「マジのマジ。大マジよ」
オレは姿勢を正す司さんから、視線を姉ちゃんへと移す。それに気付いた姉ちゃんが頷いた。
第一印象でそんな予想はしていたが、まさか本当にプロのモデルさんだとは……。開いた口がふさがらないとはこのことか。
「そういうわけで、他言無用でお願いね弟くん?」
「分かりました。でもなんか意外ですね。そういう人たちは、サングラスやマスクで顔を隠してるものだとばかり」
「顔が割れてるとはいえ、有名なのは購読してる若い子たちやツイッター上だけだからね。タレント兼任してる子と比べると、認知度は天地の差なのよ。実際、弟くんも知らなかったわけでしょ?」
確かに。司さんを見てもモデルみたいな人としか思えなかった。
本物のモデルだと気付くのは、自分の狭い知識では不可能だったことも確かだ。
「一応、ローマ字で『TUKASA』って名義でやってるから、友達とかにそれとなく宣伝よろしくね♪」
そう言って司さんは微笑んだ。
「んー! さて、それじゃあ行くわ」
背伸びをする司さんは、振り向いてそう言った。
「司ちゃん、送らなくても本当にいいの?」
「だからいいって。事務所に戻るのに、男連れた車で向かうのはマズいのよ。パパラッチが事務所を見張ってるかもしれないし、そっち系でのスキャンダルはタブーなの」
店を出たオレたち三人は、他の人がいないのもあってそんな会話をしていた。
「あの、すみません。オレたちの分までお金払って貰ってしまって……」
「ん? いいのいいの。言ったでしょ? こう見えてもカリスマモデルなの。下手なリーマンなんかよりも稼ぎはあるのよ。まあ、相席させてくれたお礼ってことで、ね?」
謙遜する司さんに姉ちゃんが抱きつき「ありがとう司ちゃん! 愛してる!」と笑顔を浮かべる。
司さんも満更ではないようで「そうかそうか。それじゃあ、今日から梓はあたしの嫁ね♪」なんて冗談交じりで答えていた。
「あ、そうだ弟くん」
「はい?」
「青春謳歌しなよ。勉強も友情も恋愛も、今その瞬間にしかやれないことだからさ。後悔しない選択をね」
オレにそんなアドバイスをくれた司さんは、手を振って去っていった。
そしてオレは、司さんの言葉であることをしようと決意する。
青春の謳歌。学生だから出来る恋……。
よし、決めた。オレは今日中に、倉田をデートに誘ってみせよう! ーーと。