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16話 お姉ちゃんの果報者さん

「優ちゃん。優ちゃーん」

「んん……」

「朝になったよ。今日はお姉ちゃんとデートをする日なんだよ」

「うぅ……デートじゃなく買い物ぉ……って朝?」


 オレは寝ぼけ眼を擦りながら目を開ける。


「おはよう優ちゃん」


 と床に座っているらしき姉ちゃんが、目の前で微笑んだ。


「……今何時?」

「ん? えっとね、朝の六時だよ」


 部屋の壁にかかってるであろう時計の方を見て姉ちゃんはそう答える。


「ふぅーん…………ん? 六時?」

「うん!」


 そうだ。今日は土曜日だ。だから、姉ちゃんの買い物に付き合う日で間違いない。

 だとしても、なんでオレはこんな朝早く起こされたんだ? 学校ないんですけど。


「姉ちゃん、さすがに早すぎじゃない?」

「そう? お姉ちゃんなんて、一時間も早く起きて優ちゃんの寝顔を見続けてるけど」


 え? なにそれこわい。


 最早過保護を通り越して、歪んだ愛を感じざるを得ない。

 オレは肌寒さ、多分悪寒を感じて布団を被り直す。


「とにかくまだ早いよ。九時になったら起こして」

「そっかぁ……寂しいけど分かったよぉ」


 姉ちゃんの返事を聞いてオレは眠気に身を任せる。


「おやすみー……」

「優ちゃん起きてぇ……」

「んん? 姉ちゃん? ……もう、だから寝かせてって言ってるじゃんか」


 オレはもぞもぞと身体を動かして寝返りをうつ。


「寝たもん! 優ちゃんがたくさん寝たから、もう九時すぎちゃってるんだもんっ!」

「……え?」


 オレはその言葉に驚いて目を開ける。

 すかさず枕元にあるスマホを手に取ってボタンを押すと――。


「マジか……。さっき寝直したと思ったら、もう三時間経ってるのかよ……」


 寝るとあっという間。とはよく言うが、寝た気すらしないうちに起きる時間だとは……。


「分かった、起きる」

「うんうん」


 布団から出てあくびを一つ。眠い目を擦り、ケースから取り出した眼鏡をかけて立ち上がる。

 それからパジャマのボタンに触れたところで気付いてしまう。

 わくわくと目を輝かせながら座り続ける人物。目が合うと、ニコニコと微笑み始める姉の存在に。


「……姉ちゃん」

「何々優ちゃんっ?」

「いや、出ようか」

「え?」

「着替えるから……部屋出て」


 オレは回れ右するようにジェスチャーで指示し、最後に扉を指差す。


「……ん? なんで?」


 分かってくれなかった。姉ちゃんはニコニコした顔のまま首を傾げる。

 さすがだ。我が姉ながら手強い相手である。


「弟、着替える、恥ずかしい。だから姉、部屋出る。アンダスターン?」

「うーん……NO♪」

「拒否を拒絶します。出てけ」

「なんでぇっ!? お姉ちゃんは優ちゃんの成長を、この色あせない(まなこ)に残したいだけなのに!!」

「それがダメだから言ってんの! 出ていかないなら買い物中止!」

「そんなあー……」


 涙目になりながら渋々出て行く姉ちゃん。並々ならぬ強敵だった。


 ラブレターを書いた日以来、久し振りに起こされた訳なんだが、これが本来のオレが経験する起床なのをすっかり忘れてた。

 昨日の鞍馬といい、どうしてこうオレに好意を寄せてくる相手は、一癖も二癖もある女性ばかりなんだろうか?


「そうだ。念のために鍵閉めておこ――」


 あの姉が再突入する可能性を危惧して、オレは扉の鍵をしようと一歩踏み出した、ところで気付く。


「――うかなぁ……。姉ちゃんは先に下へ行っててください」

「どうしてバレたの!?」

「この距離で鼻息荒くするのやめた方がいいよ」

「そんなあー……」


 オレはわずかに開いたままだった扉をしっかりと閉め、鍵をかけた。扉の向こう側からは「しくしく」と泣いてる声が聞こえてくる。

 まったくもって油断も隙もありゃしない。


 やっと安心出来るようになったオレは、急いで着替えを済ませるのだった。




 着替えも朝食も終えて家の外へと出る。


「優ちゃん忘れ物ない? トイレ行った?」

「遠足行く小学生じゃないんだからさ……。ほら、大丈夫だから行くよ」


 オレたちは姉ちゃんの車に乗り込む。高三のときに免許を取ったので、現在の姉ちゃんの運転はそこそこのものである。

 車も大学進学のお祝いで親に買ってもらった良い物なので、オレとしては正直うらやましかったり。


 そういえば、明日だか明後日だかに天気が崩れるとか、さっき見たテレビの天気予報で言っていたな。

 まあ、とりあえずは今日の晴れ間が崩れることはなさそうだし、車での移動だから問題もないか。


「てか、姉ちゃんは何を買いたいの?」


 車が信号で停まったので、オレはそんな質問をしてみた。


「わたしが買うもの? えっとね、洗剤と柔軟剤が切れそうだから買い足したいのと、フライパンの焦げ付きが酷いから買い換えたくてぇ。それと大学で使うためのルーズリーフ……あと、予備の単三電池も買っておこうかなぁ」


 信号が青に変わり、車が走り出す。

 姉ちゃんは前を向いて運転したまま指折り数え、買うものの名前を挙げていく。


 消耗品ばかりか。となると、オレに出来そうなのは荷物持ちくらいだな。

 てか、それって姉ちゃんが買うものってよりも、家のために買っておくべきものなんじゃ?


「あ! あとねあとね!」

「ん?」

「優ちゃんのお布団のシーツでしょ! 優ちゃんが着る春物のカッコいい服とズボン! あ! 確かベルトもヨレヨレだったよね? あとは優ちゃんの靴が汚れてたから靴磨きを! 優ちゃんがお風呂で使うタオルと優ちゃんシャンプーの詰め替え用パック! あとあと――」


 言いながらスピードが上がっているのは気のせいだろうか? いや間違いなく十キロは速度が上がった。


 にしても怒涛の優ちゃんセットである。

 優ちゃんはすごいな果報者だなー。そうだね。オレのことだね。


「と、とりあえず、方角的にアエオンモールに行くってことでいいの?」

「うん。近場のショッピングモールだと、そこが一番品揃えいいからねー」


 なんて感じで行き先が決まり、二十分ほど車で移動して目的地へと着く。

 駐車場にはすでに多くの車が停まっているのも確認出来、店内に入ると中は人でごった返していた。


 それから姉ちゃんが必要とするものを買い、オレがそれらを詰め込んだ袋を持って追従する。

 そんなこんなで買い物を始めて二時間ほどが経ち、二人揃って店外へと出た。


「よし。全部変えたね。今日はありがとう優ちゃん。荷物重くない?」

「これくらいなら大丈夫」


 むしろ問題は姉ちゃんの方だ。

 オレが持ってる袋の中身は、食材や買い替える予定だった日用品ばかり。コンパクトなものだ。

 対する姉ちゃんは、行きで話していた優ちゃんセットを詰め込んだ袋を三つも持っている。


 食材も確かに重いが、姉ちゃんが持つ袋にはシーツに加え、男物の衣服にタオルと、かさばるものが多く入っていた。

 そもそもオレが使うものなんだから、オレが持つのが正しいのだが。


「やっぱり、そっちの袋もオレが待とうか?」

「ダメ! 優ちゃんのものはわたしが持つの! いくら優ちゃんが相手でも、これだけは譲れないよっ!」


 なんて言われる始末である。

 まだオレが使用すらしてないものにどうしてここまで執着出来るのか、本当に意味が分からない。


「と、とりあえず! お腹も減ってきたから飯に行かない? 一旦荷物置いてから」

「うーん……そうだね。お姉ちゃんもお腹空いてきたかも」


 時刻はすでに午後の一時を回っていて、良い具合にお腹も減ってくる時間帯だった。

 ここのアエオンだと、一階には軽食やテイクアウトが主な飲食店ばかりが揃っている。男子高校生が満足出来る店となると、なんだかんだで二階以上の階層が主になるか。


 結局、わざわざ荷物を置いてから店内の上の階に向かうのも億劫なので、オレたちは帰り道にあるファミレスに向かうこととなった。

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[一言] こんなお姉ちゃんが欲しいなぁ
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