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15話 それぞれがやれること

 ほどなくして中庭に着く。今日も暖かな日差しが降り注いでいて、屋外で昼食を取る生徒も多い。

 そのせいもあって、闇雲に倉田の姿を見つけるとなると、かなり苦労しそうな感じだった。


「で、倉田はどの辺で陣取ってるんだ?」

「確か、あの辺りに――」


 白斗が顔を向けた方向に、確かに倉田はいた。

 けど、そこにはレジャーシートに座る倉田と目線を合わせるようにしてしゃがむ、二人の男子生徒の姿もあった。


「――いいじゃん。俺らと一緒に飯食べようぜ?」

「そうそう。キミ一人だと、このシートは広すぎちゃうでしょ?」

「あの……友達を待ってます、から……」

「もしかして女の子? だったら、その子も一緒すればいいじゃん」


 ……なんだあいつら?


 困惑する倉田に言い寄る二人の男子。間違いなくナンパだ。

 やるなら学校じゃなく海とかでやれよ。てか海だったとしても倉田をナンパするとか許せん。


 オレはイラッとして一歩踏み出した。


「待ってユーヤ。あの二人のネクタイ赤色だし。両方三年生ってことじゃんか」


 前に出ようとするオレを、鞍馬が片手を軽く上げて制止してきた。

 確かにこいつが言った通り、ブレザーの隙間からは赤色のネクタイが見える。


 三年が赤。二年は青で一年は緑。この学校ではネクタイやリボンの色で、その生徒が何年生なのかが分かる仕組みになってる。


 同学年や新入生ならまだしも、さすがに上級生へ下手に食ってかかるのはまずい。

 最悪怒りを買って、オレだけじゃなく倉田や鞍馬、白斗にまで被害が及ぶ可能性だってある。


「くっ……!」


 結果、最悪の事態が頭に浮かんでしまい、オレはそれ以上の行動を起こせなくなった。


 何も良い案が浮かばないのが歯痒い。そんな思いで歯を噛み締めていると、不意に倉田と目が合った。

 怯える中でやっと見つけたオレたちという存在。それにすがるように倉田の目がうるみだす。


 いや無理だろ……! やっぱり我慢なんか出来ねえよ……!


 オレは意を決して拳を握り締め――。


「田辺先輩、畑山先輩。その辺にしておいてくれませんか?」

「あ?」

「そいつ、俺らの連れなんすわ」


 二つの名前を呼んだのは白斗だった。

 あいつは少し面倒臭そうに頭をかきながら、男たちの前まで移動する。


「茅野てめぇ……!」

「へー? 茅野の友達なのか?」

「そーなんすよ。いくら先輩方でも、俺らの食事にまで割り込まないでくれませんか?」

「おい茅野! てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ?」


 二人の男子が立ち上がり、苛立ちを隠さない顔で白斗と対峙する。


「……ちょ、ちょっとダイジョブなのユーヤ?」

「オレに聞かれても困る……」


 焦ったようにそわそわする鞍馬。オレもオレで、白斗とあの二人の関係性が分からないでいた。


「いーんすか? こんな他の奴らがいる状態で事を荒立てても? 受験生だし、次の練習試合のレギュラーでしたよね? ただのナンパで問題起こすのは、先輩らにとってもよくないんじゃないっすか?」


 白斗の言葉を聞き、苦虫を噛み潰したような顔をする二人。


「……あ」


 オレは白斗の話で、この二人がサッカー部の三年生なんだと理解した。

 白斗はサッカー部に所属しているし、練習試合やレギュラーという単語からして間違いないはずだ。


「ちっ! 茅野……放課後の練習で覚えとけよ?」

「ええ。お手柔らかにお願いします」

「おいおい田辺。今年で最後なんだから、レギュラー降ろされるようなことはやめよーぜ? というか、俺は後輩しごきには手は貸さないからな?」


 去っていく二人をオレは見つめ続ける。

 その最中で、オレは鞍馬と同じタイミングで安堵の息をもらした。その鞍馬と視線が合い、オレたちは思わず苦笑する。


「うぅっ! 綾ちゃん……っ!」

「え? ちーちゃん!?」


 けど次の瞬間――そんな鞍馬の胸に倉田が飛び込んでいた。靴も履かず、脇目も振らずに。

 そして嗚咽(おえつ)をもらしながらも、何度も何度も鞍馬の名前を呼ぶ倉田……。


「……うん。ダイジョブだよちーちゃん。もういないから。茅野っちが追っ払ってくれたからね」

「うっ……! うぅ……! あり、がと……! ありが、とう……!」


 お礼の言葉を口にする倉田に「……倉田さんが無事だったのなら、それで充分だ」と白斗は謙遜したように返事をする。


 オレは……オレは何も出来なかった。

 もちろん、今後のことを考えて行動を起こせなかったのは仕方のないことだとは思う。

 それでも、白斗のように上手く立ち回ることは出来なかったのかと、自問自答するオレがいた。


 倉田が鞍馬から離れ、白斗の元へと行く。

 そして白斗の手を握って胸に抱き寄せ、何かを言いながらうつむく。


「……っ!」


 それを見て、オレは自分の無力さを痛感する。

 倉田が白斗の手を握ったのを見ても、オレは嫉妬心より、言いようのない虚無感に襲われていた。


 ああ、オレはなんて無力なんだ。倉田を助けるほどの気概もなかったのか……と。


「ユーヤ」


 鞍馬が軽くオレの肩を小突いてくる。


「そーゆー顔はしちゃダメだし。ちーちゃんに対するユーヤの気持ちや想いは知ってる。だから今のユーヤの気持ちも痛いほどわかるよ。けどさ、今回ばかりは仕方がないっしょ? あーしらじゃ、茅野っちがしたみたいなことはできなかったわけだし」

「まあ……な」

「もー……! そーだ。あーしがユーヤとちーちゃんのおかず交換できるよーにしてあげっから、それで我慢するし♪ ユーヤもちーちゃんの手料理は食べたいっしょ?」


 鞍馬が、にへらっと砕けた笑みを浮かべる。


「それとも、あーしのがよかったり?」

「……お前なぁ、慰めるのがあからさますぎだろ。けど、ありがとうな。お前のおかげで少しだけ気が楽になった」

「ふっふーん♪ あーしもけっこーやるっしょ?」

「調子乗んな」

「ひっどーい♪」


 オレの言葉に鞍馬はケラケラと笑いながら答えた。


 下手な慰め方だった。それでもオレの心が救われたのも確かだ。

 なんか、こいつには助けられてばかりな気がする。

 それだけ鞍馬が、オレに気を配っているからなのかもしれない。


 オレもそんな鞍馬みたいな心の強さを持ちたい。その強さで、傷付いてしまった倉田の心を救ってやりたいんだ。そう思う。

 そう思い、顔の前にまで持ち上げた手をぎゅっと握り締める。


 切り替えろオレ。泣いてしまった倉田を前にして、お前はふてくされた無様な顔を晒すつもりなのか?

 それは嫌だよな? だったらがんばれ。オレに出来ることは、今からだってまだあるはずだろ?


 オレは自分の負の感情を吐き出すようにして深呼吸を繰り返し、倉田と白斗のいる場所に向かって歩き始める。

 鞍馬も、そんなオレを追従する形でついてきた。


「やるじゃんか白斗」


 オレたちがやって来たのに気付いた倉田が、慌てた様子で白斗の手を離す。


「優也……。いや、俺はただ必死だっただけで……」

「謙遜すんなって。お前のおかげで丸く収まったんだからさ。あ、倉田は大丈夫だったか? オレも白斗がやったみたいに、颯爽と割って入れたらよかったんだが……ごめんな」


 オレはふてくされた顔はせず、あくまで申し訳なさを顔に出しながら、倉田に優しく話しかける。


「う、ううん! そんなことないよ! 進藤くんも、なんとかしようとしてくれてたの分かったから。だから! だから、自分を責めたりはしないで……!」


 必死な顔して取り繕ってくれる倉田を見て、オレは思わず笑ってしまった。


「し、進藤くんっ?」

「いやすまん。なんか倉田らしいなって思ったら、ついな。倉田にそう言ってもらえてうれしいよ。ありがとう」


 と言い終えたところでオレはまた笑ってしまった。なぜかと言うと、背後から腹の虫が鳴ったからだ。


「わ、笑うなし! しゃーないっしょ!? まだなにも食べれてないんだから!」

「そうだったな。んじゃまあ、遅くなったけど飯にするか!」


 オレの言葉に白斗たちは頷き合い、シートへと座り始める。


 その後、倉田や鞍馬からもらった食べ物を美味しく頂戴した。感想は長くなりそうなので割愛させてもらう。

 あと白斗からもパンをもらったんだが、まあ普通の惣菜パンだったので、こちらの感想も省かさせていただく。


 で結局、今日のオレの弁当も好評で幕を下ろしましたとさ。


 なあ鞍馬。オレはちゃんと……笑えていたよな?


 そう思いながら鞍馬の顔を見つめる。

 それに気付いた鞍馬がどう思ったかまでは分からないが、箸をくわえたあいつは、ニッと歯を見せて笑い返してくれたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 倉田さんと白斗がくっつくのかな? [一言] 鞍馬がいいやつすぎて好きになったわ笑 そんな俺はチョロいでしょうか
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