14話 ジャイアニズムなギャル
四時限目の授業が終わったので、オレは弁当を持って廊下を歩いていた。
なんだが……トイレに行きたかったこともあり、現在は白斗を先に行かせての別行動中である。倉田たちと合流する気なので目的地は中庭だ。
「ユーヤ!」
「ぬわっ!?」
「ふっふっふー♪ お縄につきなー!」
「またか!?」
鞍馬が背後から羽交い締めにしてきたのは、そんなトイレでの用を済ませ、人気がなくなった廊下を歩いてたときのことだった。
オレは未だに慣れない、異性からの接触による身体の火照りに耐えながらも。
「頼むから一回離れろ!」
と精一杯の気持ちで告げる。のだが――。
「やーだー!」
「ガキかよお前は!?」
首を横に振っているらしい鞍馬に、あっさりと却下された。背中に当たる動作のせいでむしろ、顔を背中に擦り付けられてるようにしか思えない。
「子供じゃないしー大人だしー」
「嘘つけ! 大人のやることじゃないだろ!」
だから、お前の乳圧のせいでオレの理性が死にそうなんだっつーの! あと女子特有の匂いで色々ヤバいんだよ!
どちらも抗いがたい魅力はあるが、されるのなら倉田にされたいんです!!
……まあ二人の身体を比べると、胸囲の格差がある訳なんだが……。
「知らなーい! やーだーやーだー!」
「くっ! どうしても離れないのなら、オレは飯には付き合わないからな!」
「……な、に!? ゆ、ユーヤのおねーさんの弁当を人質に取るとか、それひきょーじゃね!? ユーヤの血は何色だしー!?」
「赤だよッ!! そもそも弁当が人質扱いとか色々とおかしいだろ! あと背中に顔押しつけたまま怒鳴んな!!」
くぐもった声からして、オレのブレザーに唇が当たってるのは確かだ。てか口紅とか付いてないよな?
「ぷはっ! そーゆーユーヤも、声がおっきーんだけどー?」
「お前のせいだよ、お前の」
声が戻った。どうやら顔が制服から離れたらしい。
教室で抱きつかれることはさすがになくなったが、周囲の目がなくなるとすぐこれだ。
こいつは絶対に自分の身体が武器として使えるのを分かった上で、オレの理性を崩しに来てやがる。
「んー! じゃあさ、中庭まで腕組んで行ってくれるならチューしたげる――」
「却下。貞操を大事にしてるんだろ? なら一生大事にしてなさい」
「はあ? 今更なに言ってんの? あーしらもうキスまでしてるんですけどー? はあ、まったく……こ、これだからドーテーくんはさあ……!」
あ、これは煽ってくるパターンだな。段々と読めてきたぞ。
しかし案の定、鞍馬はジュースを飲んだときの間接キスを自覚済みだったか。あと自称処女のお前が、童貞に対して指摘をする道理はなくないか?
とにもかくにも、オレはこれから罵倒してくるであろう鞍馬に対する、迎撃用の言葉を脳内で用意しておく。
「そもそもさー、あーしの初めてはユーヤにあげるつも――あいたっ!?」
言い切る前に頭に手刀をかます。逆手だから親指の部分が当たったはずだ。痛かろう。
予想外のセリフだったが、『言わせないよ!』な精神で無理矢理止めてやった。
で鞍馬が頭を押さえてうずくまってる隙に、オレはスッと離れる。
「いっつぅ……! 女の子の頭にチョップするとか、ユーヤはどんな教育受けてきたわけ!?」
抗議しながら急に立ち上がる鞍馬。
その動作のせいで、スカートの中の水色の布地が見えた気がする。いや、きっと見間違いだろう。うん。
「聞いてんのっ!?」
「お、お前はっ……お、オレ相手でも貞操概念を大事にするとか言ってたろ……!」
オレは鞍馬から視線を外して答える。さすがに水色を見たすぐあとに直視出来るほどの余裕はない。
「んー? あー、あのときのこと? アレはユーヤからエロいことすんのは許可しないって意味だし。あーしからそーゆーアプローチをすんのは、むしろ問題なしって感じー?」
「なんだよそのジャイアニズム的な理論は!?」
あまりにも理不尽だ。そんなの某音痴なガキ大将並みの暴論だろ。
「ふっふふーんっ♪ ユーヤのモノはあーしのモノでぇ、あーしのモノもあーしのモノだし。……あ、でもでもぉ、あーしの大切な……はユーヤに捧げるモノでね。……キャッ! 言っちゃったあ♡」
…………うっっっぜえええええええ!!
話しの途中から鞍馬が両頬に手を添え、腰をくねらせる動作をつけ加えていた。それがわざとらしくて余計に腹が立つ。
きっと、今のオレの額には血管による怒りマークが浮かんでるはずだ。
「……むぅ? 何か言い返してこないと、つまんないんですけどー?」
そんな安い挑発に乗る気はない。つまりは無視だ。
オレは付き合うのもバカバカしくなってきたので、無言のまま中庭へ向かおうと歩き始める。
「ちょっと! 〜〜っ! か、構ってくんないと……昨日上げたインスタの弁当は進藤優也くんのでーすって、フォロワーにバラしちゃうぞっ☆」
「暴君かお前は!?」
さすがに止まって振り返ざるを得ない。
視線が合うと、今度はウインクをしながら手でハートマークを作る鞍馬。
鞍馬の煽り能力は相当高いらしいな。オレの怒りがトップギアでフルスロットルだぜ。
てか、こいつの誘惑度はもうビッチクラスだろ。オレの純粋な心を弄びやがって……!
いや待てよ……。信じるかどうかは別にして、こいつは初めてをオレにとか、初々しいことをちょくちょく言ってくるんだよなぁ。
つまりは一途系ビッチ? いや貞操高い系ビッチとかになるのか? そもそも尻軽なビッチの定義に、鞍馬は当てはまらないような気がしてきたぞ。
最早、それはただの純情な女の子なのでは? なんて思考に行き着いたのだが、こいつと倉田を同系列で語るのはどうかと思い、オレは考えるのをやめた。
「なんかー、ユーヤからエロい視線感じるしー。視姦さーれーてーるー♪」
「お前は一回病院行ってこい。精神病院に。なんなら今から調べに行くか?」
「真面目な声と顔で言ってくんの、割とマジでひどくない? ちょー傷付くんですけど」
「自業自得だろ」
「……なかなか来ないと思ったら、お前らはなんの話をしているんだ?」
「ん? 白斗?」
声がした方に振り向くと、白斗が呆れた顔をして近付いてきた。
「ごめんごめん茅野っち! ユーヤがあーしのこと、メッチャいじめてきてさー!」
「捏造すんな。被害届を出したいのはオレの方だ」
「どっちが何をしたとか知らんがな。とにかく中庭に行くぞ。倉田さんが一人で待っている」
「中庭に一人でか? てか、スマホで連絡してくれればよかっただろ」
「したぞ。お前たち二人揃って、授業中に鳴らないようマナーモードにしたままだろ?」
あ、そういえばマナーモードだったな。
スマホを取り出して確認すると、案の定、白斗からラインや着信が入ってた。
「あまり一人で待たせる訳にもいかない。早く中庭に行くぞ」
昨日同様、オレは白斗に先導される形で中庭に行くことになった。今回は鞍馬がオレの後ろをついてきていることで、三人での縦列移動だ。
なんかロールプレイングゲームみたいだなぁ。と思いながら、オレは中庭を目指す。
中庭に着くまでの間、ちょくちょく鞍馬が背中をなぞってきたりして、ちょっかいを出してきた。
その度にオレが手刀の構えをし、対する鞍馬が頭の上で腕をクロスさせて防御の姿勢を取り、白斗が「お前たちイチャつくな」と指摘する流れが何回か発生したのだが、それについては端折っておく。