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13話 素直が一番だが最適とは言えない

「ほら、まっちゃんのリンゴ味だったよな?」

「おう。ありがとうな白斗」


 オレは白斗からジュースの缶を受け取る。プルタブを開けてぐびぐびと飲み、一度机の上に置く。


「ふう! 生き返る! てか、お前が飲むものはいつも渋いよな。阿藤園のそーいお茶とか……」

「そうか? 後味もすっきりしているし、俺はお茶と言ったらこれなんだが。あと、改めて言うが本当にすまなかった」


 そう話す白斗は机と机の間に出来た通路に立ち、件のお茶をペットボトルで飲んでいる。


「もういいっての。これでチャラにしようぜ」

「ああ」


 今は三時間目の授業である体育を終え、着替えをすませて教室に戻ってきたところだ。

 登校時に言ってた通り、白斗にはジュースを一本おごってもらった。汗をかいたあとだから助かる。


「そういえば、優也はどうする?」

「主語をくれ主語を」


 なんのことか分からない会話を振られても困る。


「おお、すまない。今日の昼食のことなんだが」

「あー、そのことか」


 実は昨日、昼食を食べ終わったときに鞍馬が「あーしら、明日もここで食べる予定なんだけど、二人も一緒するー?」なんて話を振ってきた。

 でオレたちは「考えておく」とだけ返事をしていたので、今はそれに関する話を白斗が振ってきたんだ。


「まあ、いいんじゃないか?」

「俺としては、お前の弁当の中身次第だと思っているんだが」

「だわな」


 昨日が好評だったからと、今日もそうとは限らないのが世の常だ。


 一応、家を出る前に弁当の中身は確認したんだが、ご飯の方は小ぶりのおむすびが四つ。喜怒哀楽の顔文字が、それぞれ海苔で描かれた状態で入っていた。

 おかずは朝の食材に加え、ねじりの入った飴の包紙みたいな形になったロールキャベツや、普通のミートボールもある。


「まあ、いつも通りの中身だ。文字が書かれてないだけマシだった」

「それなら大丈夫そうだな」


 オレは話のキリがいいのに合わせ、缶に手を伸ばした。そして、タイミングを見計らったように鳴るスマホの通知音。


 ったく、なんなんだ?


 飲むのを諦めてスマホを取り出す。

 バナーのおかげで、鞍馬がラインで画像を送ってきたところまでは把握する。


「どうした?」

「ん? 大したことじゃないから気にすんな」


 今朝のことも考慮して、白斗に見られないように鞍馬とのトーク画面を開く。そこには、体操服姿で自撮りする鞍馬の画像が表示された。


 今朝みたいなエロさはまったくなく、素直にかわいいと思える格好だ。左目に添えるようにしてピースサインをしてるのが、あざとさ全開だった。

 加えて運動するためなのか、鞍馬の長髪はポニーテールとしてまとめられてる。


 今日の体育が男女別々だったのもあり、なんとなくだが、鞍馬が画像を送ってきた意図が見えてきた。


『どーよどーよ? 体操服姿もかわいいっしょ?』


 と返事を送る前に鞍馬からメッセージが届く。


 やっぱりな。しかし、下手な反応をすると今朝の二の舞になるのは学習済みだ。

 例えば『ぶりっ子乙』なんて送ってみようものならば、逆にボコスカに言い負かされるだろう。


 それなら、ここは冷静かつ謙虚な気持ちで対処してやろうじゃないか。朝の仕返しだ。


『ああ、すごくかわいいぞ。ポニーテールも似合ってる。直接見られないのが本当に残念だ』


 なんて、あえて乗ってみる。一応は素直な感想だ。

 さてさて反応は――。


 で、気の抜ける通知音が鳴ると『ばか』と一言だけ返ってきた。


「……っ!」


 あ、イラッとしたぞ進藤さんは……!

 こんにゃろう! 褒めたら褒めたでこれかよ!


 しかし――。


『いちおーあざまる水産。あと、いきなりかわいいとか送ってくんの禁止だ。ばーか! ヽ( *`Д´)ノ』


 次に送られてきたメッセージで憤りが収まる。

 あ、照れてるわこれ。と一瞬で理解出来たからだ。


 にしても、自分で聞いておいて禁止とか、やっぱり理不尽な女だよなぁ。


 オレはため息を吐きながらスマホをポケットに突っ込む。


「どうしたニヤニヤして? 誰からだ?」

「え? ニヤけてたか?」

「気持ち悪すぎない程度にはな」

「言い方ひどくね?」


 少しだけ傷心を負っていると、鞍馬が赤茶髪のギャルっぽい生徒と一緒に教室へ戻ってきた。

 オレが勝利者らしく「ふっ」と微笑みかけてやったら、ムッとした顔で「べー」と舌を出して対抗してくる鞍馬。


 おーおー怖い怖いー。


「どないしたんや、あやや?」

「え? べっつにー。なんでもないし」

「せやなん? 言うても、さっきもいきなりスマホ見て立ち止まっとったやん?」


 そんな鞍馬たちの会話を、オレはジュースを飲みながら眺める。


 ふと二、三言交わしてから赤茶髪ギャルと別れた鞍馬が、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。

 ドスッドスッと聞こえてきそうな重鈍な歩みに合わせ、髪やらピアスやら胸やらが揺れてる。


「鞍馬さん、一直線にこっちへ向かって来てはいないか?」

「だな」


 そしてオレの席の前まで来ると。


「ユーヤ。ちょっーと用があんだけど、いーい?」

「なんだよ鞍馬?」

「ここだとアレだからさー」


 場所を移動するってか?

 まあ、どっちが上かはっきりさせるためにレスバるってのも悪くねえな。


 あいつは歯を見せて笑いながら、あごを使って教室の前の方の扉を指し示す。

 それに対し、オレは飲んでいた缶を机に置き、立ち上がろうと机に手の平を突いて体重をかけ――。


「ふっ、いっただきー♪」

「なっ!?」


 次の瞬間、目にもとまらぬ速さで缶を掴み取り、あおるようにして飲み出す鞍馬。


「おい!? お前っ!?」

「ごくごく……ぷっはー! ごっそーさん!」


 軽い音を鳴らして缶が机に叩きつけられた。


「おー、いい飲みっぷりだな鞍馬さん」

「でっしょー?」

「お、おおおお前……もしかして全部……?」


 オレは身体を震わせ、置かれた缶に手を添えながら見つめる。


「飲んじゃった♪ てへぺろ♪」


 鞍馬は某洋菓子のマスコットキャラのように舌を出して片目をつむり、自分の頭に軽くゲンコツをする。


「お前なあ! オレが手に入れた貴重な水分を!」

「金出して買ったのは俺だがな」


 元はと言えば白斗が原因なんだがな、その件は!

 てか、まだ三分の一は残ってたはずなのに、それを一気飲みとかひどくね?


「用すんだからいっくねー。お代は朝とさっき送った分でってことで、よっろしくー♪ あ、コレは捨てといてあげるからさ、感謝しなよー?」


 言うだけ言うと空になった缶を持って、鞍馬はさっさと赤茶髪ギャル子のところへ戻っていく。


「お代? 送った? なんのことだ?」

「なんでもねえよ。気にすんな」

「うむ?」


 オレたちの間にあったやり取りを知らない白斗は、怪訝な顔でペットボトルに口をつけた。

 オレはイスの背もたれに寄りかかり、天井を見つめて惚ける。


 好きでもない奴の写真もらっても、お代としての価値はあるのか? いや、さすがにそれは失礼だな。

 けどまあ、鞍馬は実際かわいいし……うん。タオル姿や体操服姿の画像にも、まあ使い道は――。


『てことでー、今日のユーヤの夜食はこれでけってーねっ♪』


 不意に鞍馬の送ってきたラインのことを思い出す。


 って! つ、使わねえからな絶対に!! と脳内でニヤつく鞍馬の顔をかき消す。


「まあなんだ優也」

「な、なんだよっ?」

「もう一本おごってやるから機嫌直せよ」

「あ……ん。サンクス」


 奇しくも、二本おごってもらおうという作戦は達成されていた。本当に不本意だが。


 しかし、鞍馬の言動には毎度疲れさせられて――あれ?

 よくよく考えてみたら、鞍馬がオレのジュースを飲んだってことは、間接キスになるんじゃないのか?


 途端に、さっきのラインの文面も手伝って顔が熱くなってしまう。


 あいつ、さすがにそのこと気付いてる……よな?

 なんて悶々とした気持ちになりつつ、オレは午前最後の授業を受けることになった。

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