12話 エンジェリックゲーマー倉田
いつも通りの登校風景。花弁も落ち切って緑に染まる桜の木をチラリと見る。
それらの葉が落ちる歩道を歩いていたオレは、なんとなしにスマホを取り出し立ち止まった。
着信もメッセージもなし。そんなロック画面に映る日付は、四月二十四日。明日は土曜日なので、姉ちゃんの買い物に付き合う予定が入ってる。
そうか。あと一週間もせずにゴールデンウィークになるんだよな……。なんて、感慨深い思いにふけってスマホをしまったところで。
「ん? あれって……」
少し前を歩いていた女子生徒の存在に気付く。
短めで切り揃えられた黒い髪。百四十センチ代くらいの低身長。
あれはもしかして――。
オレは緊張しながらも早足で歩き、意を決して声をかける。
「よ、よお倉田」
「え? あ、進藤くん。おはよう!」
キター! エンジェルスマイル!
振り返る倉田。そのはにかんだ笑顔のおかげで、オレのセンシティブな心に癒しが訪れる。
今朝の鞍馬とのやり取りで荒んでしまったオレの心に与えられた、まさにオアシス!
「進藤くんと登校時間に会うなんて初めてだよね? なんか新鮮!」
「そ、そうか? そういえば、少し前から新作のゲームを夜遅くまでやり込んでてさ。最近はそのせいで起きるの遅くなっちまってて……」
「へー、そうだったんだ?」
ダウト。オレはちょっとだけ嘘をついた。
新作のゲームをプレイしてるのは本当だが、夜更かしとは関係ない。
実際は、あんな弟ラブな姉に甘やかされてたのもあって、進級後も春休みの感覚が抜けてなかったからである。
ギリギリまで寝ていたいという惰眠力のせい。そして姉ちゃんが、優しさという名の甘えで寝かせてくれてたのが原因なのであった。
ああ。つまるところはオレの怠惰さが根本的な原因ですとも!
「えっと、最近発売された有名なゲームだと……ファイナルファンタズムⅦのリメイクっ? それ、私もやってるよ! 原作と比べると、やっぱりグラフィックがすごい進化してるよね! 戦闘はキャラが動き回るから面白いし、音楽もさすがはスクロールエニグマ社って感じの重厚なサウンドで――」
あ、あっれー?
倉田って、もしかして生粋のゲーマー?
頬に手を当てて目をつむり、どこか悦に浸ってるような表情をする倉田。
その口は今も忙しなく動かされていて、同じゲームをプレイしてるはずのオレでさえも、話題についていけない状況だった。
「でねでね!」
「く、倉田! 歩きながらでもいいか? 話すの。ほら、他の奴らの邪魔になっちまうし、学校に遅れる訳にもいかないだろ?」
「へっ? そ、そそそうだよね……っ! ごめんね進藤くん! 私、話し出すと止まらなくなるときがあって……」
「ははっ、みたいだな。まあ、それだけ熱中出来るものがあるのはいいことだぜ」
「あ、ありがとう……」
気恥ずかしそうに頬を赤くする倉田。
その表情にドギマギしてしまうオレがいる。
倉田はゲーマー。その情報をオレは脳内のメモに記入しておいた。情報大事。
明日は姉ちゃんの予定があるから、日曜日にゲーセンにでも誘ってみるのもありか?
二人で肩寄せてUFOキャッチャーをやったり、男女だからプリクラ撮ったりする可能性も!?
なんて、出来もしないことを妄想してみる。まあ、まずは倉田との連絡手段を手に入れないことにはな。
今から聞こうかとも思ったのだが、倉田は続きを語りたいらしく、歩きと共に話を再開させてしまった。
相変わらず熱弁してくれてはいるものの、横に並ぶオレは、なんとか相槌を打って会話出来ているのを装うので精一杯だ。
さすがにゲームキャラの声優プロフィールのうんちくを並べられても、進藤さんには分かりませんよ。
そんな微妙な受け答えをいくつかしていると――バシンッという景気のいい音が鳴った。同時にオレの腰に痛みが走る。
「いってえっ!?」
「進藤くん!?」
この容赦ない一撃……まさかあのギャルか? と直感で悟ったオレは、ずれた眼鏡を指で直し、怒りをあらわにしながら振り返る。
「ごらあ! いい加減にしろよ鞍馬あああッ!!」
周りにいる他の生徒がビクつく。
みなさんすみません。でも、ここで言わなきゃいけないんだ。あのギャルにはお灸が必要なのでね。
で、振り返った先にいたのは――。
「っ!? ……よ、よお。鞍馬さんじゃなくてすまない」
「え? は、白斗かよ!?」
我が友人であられる白斗様であられた。
オレは叩かれた腰をさすりながら問いただす。
「それで? 白斗、お前はなんで叩きやがった?」
「……いや、ちゃんと目は覚めているかの確認と、眠気覚ましを兼ねてだ。だが、思ったよりも強く叩いてしまったらしいな。すまない」
「お、おはよう茅野くん。いきなり進藤くんを後ろから叩くのはダメでしょっ?」
「倉田さん? そ、そうだな……。優也すまん」
倉田にも指摘され、本当に申し訳なさそうな顔をする白斗。
そんな感じで謝ってくるもんだから、オレは何も言えなくなってしまう。
「まあなんだ。あとでジュースおごらせてくれ。それで勘弁してもらえるとありがたい」
「タダならもらうが、本当、急にどうしたんだよ?」
「……あー……いや昨日」
「昨日?」
「……あれぐらいの感じで背中叩いても、お前は起きなかったからな……」
「え!? そうなの!?」
はい!? このレベルの平手打ちくらっても起きなかったのかオレは!?
白斗は気まずそうにオレから顔をそらす。
倉田は倉田で、両手で口を押さえて驚いた顔になっていた。
「まあ、今日は痛覚が通っていたようでよかったな。す、睡眠不足は解消されたか?」
「ああ、もちろん。お前の一撃くらっても起きないほど爆睡してたらしいからな。今も良いのをもらったところだし」
「いや、だからすまない……」
いいだろう。昨日のも合わせてジュースは二本請求させてもらう。
「あ……」
「ん? どうした倉田?」
「え!? う、ううん! なんでもないよ!」
「と、とにかく歩くぞ。このまま立ち話をしていたら遅れてしまう」
そんな言葉にならって、歩き始めた白斗のあとをオレと倉田はついていく。
鞍馬からは精神的なダメージを。白斗からは物理的なダメージを。
正直、朝からこのダブルパンチは勘弁して欲しい。
そんな中、倉田の笑顔だけがオレを癒す存在なんだと思えてくる。
ただ、『今後は倉田にゲームの話はなるべくしないようにしよう!』とオレが固く心に誓ったのは内緒である。