11話 モーニングトーク
スマホのアラーム音で目を覚ます。それを止め、オレは大きく伸びをしてから起き上がった。
よし。今日は体調も悪くないな。ちゃんとした睡眠も取れたし、昨日はおいしい夕飯も食べられた。
眼鏡をかけて改めて時間を確認する。時刻は六時半をすぎたところだ。
授業中に居眠りをしていたこともあり、睡眠時間は充分なほど確保出来てる。
なんて言ってはみたものの、昨夜は鞍馬の奴と日付けが変わるくらいまでラインをしていた。
夕飯中にも頻繁に鳴り続ける通知音を聞き、やたらビクッ! と反応する姉ちゃんの顔が面白かったのは言うまでもない。
オレはいつも通りの制服に袖を通し――袖を通し、急に顔が熱くなってしまった。
「うっ……そういえばこれ、昨日は鞍馬が腰に巻いてたんだよな」
改めて意識してしまい変な気持ちになる。
昨夜のうちはなんとも思わなかったはずなのに、男特有の朝の生理現象も手伝い、オレの脳内は気恥ずかしさに支配されていた。
「あーもう! さっさと準備して顔洗うか!」
オレは意識を切り替えようと鞄の中身を確認する。
今日やる教科で必要なもの。筆記用具。一応ハンカチやティッシュが入っているのも確認。
大丈夫そうだな。あとはサイフと鍵、スマホ……。
鞄のファスナーを閉め、机の引き出しに入れてあるサイフと鍵をポケットに入れる。
続けて、ベッドの枕元に置いていたスマホに手を伸ばしたところで。
「お?」
ポンッという独特な通知音がスマホから鳴った。
映り出された画面上には、アヤネイル改め鞍馬の名前と短い文が表示されている。
『おっはー』
たったそれだけ。なんとも簡素なあいさつだ。
オレはスマホを手に取り鞍馬にメッセージを送る。
『おはようさん』
送信し、すかさず既読が付く。
『起きてんじゃん。おはおはー』
そして返ってくる鞍馬からのメッセージ。
『起きてるぞ。てか、お前はあいさつしただろ。さっき送ってきた文で』
『そだったねー。もう家出る感じー?』
『まだ。これから一階に降りて飯』
『そかそか。おけまる水産』
『お前はもう飯食ったのか?』
その問いに対してポンッポンッポンッと続けて受信を告げる音が鳴る。『まだ』というムスッとした猫の絵付きのスタンプが、絶え間なく送られてきた。
『送りすぎだっつーの!』
『スタ連! 草生える!』
スタンプ連打の略か? てか草生やすな。と考えながら文章を打つ。
『とりあえず顔洗ってくる』
『いてら! あーしは朝シャンしてくるしー!』
話を区切る意味も兼ねたメッセージを送ると、そんな返信が来た。
朝シャンって、朝からシャワー浴びるのか。
オレは一日一回風呂に入るだけで済ませてる。
だから、日に何回も風呂場を使う感性はよく分からなかった。
『ユーヤ、気になってのぞいちゃだめだっぜ?』
『覗かねえよ。てか、ここからじゃ物理的に覗けすらしねえよ』
『知ってるし! んじゃま、いてくまー!』
そんな文章と共に、熊が手を振るスタンプが送られてきた。
「いってらっしゃい……と。ふう、相変わらず騒がしい奴だ」
言いながら文章を打ち終え、オレは一息つく。
スマホを仕舞い、机の上にある鞄を手に持って部屋の入り口、横にスライドさせるタイプの引き戸の方を見ると――。
「ご飯だよぉ……優ちゃんに、愛情たっぷりのご飯を作ったんだよぉ……。でも優ちゃんは、お姉ちゃんの料理よりも、誰かさんとトークしてる方が楽しそうなんだねぇ……わかるよぉ……」
なんか涙目な姉ちゃんが地べたに座ったまま、開いた扉の隙間からこっちを覗き込んでた。
「な、何やってんの姉ちゃん……?」
「ご飯だよぉ……」
「いや、それは分かったから」
夜やられたら完全にホラーです。本当にありがとうございます。
仕方ないので、オレはうなだれる姉ちゃんの手を引いて一階に降りる。
で姉ちゃんに断りを入れ、先に洗顔を済ませてから食卓についた。
わずかに残っていた眠気も、冷たい水での洗顔で完全に吹き飛んだ。さて、今日もおいしく朝食をいただくとしょう。
しかし、目の前に腰かけている姉ちゃんからは、未だに覇気が感じられない。
理由はまあ、そういうことなんだろう。
「むうぅ……なんだか、昨日帰ってきてから優ちゃんの心がぁ……こころ、ココロ、KOKOROなんだよぉ」
「それを言うなら『心、ここに、あらず』ね」
ニュアンスで察したが、どんな言い間違いなのかと問いただしたい。小一時間ほど問いただしたい。
そんな勝手に傷心してる姉ちゃんのことは放っておき、オレはテーブルの上の料理に視線を移す。
今日の朝食は和風のメニューだ。
茶碗に盛られた湯気の立つご飯。同様に味噌汁からも湯気が立ち昇る。
更にはコーンのサラダに焼鮭、だし巻き卵などのバラエティに富んだ品々がテーブルに並んでいた。
だし巻き卵か。昨日の昼に鞍馬からもらった卵の味を思い出す。甘めの味付けだったな。
改めて考えると、あの鞍馬の喜びようは本人の手作りだったからなんだろう。
そんなことを思い返しつつ、姉ちゃんお手製のだし巻き卵を食べる。噛むと、ほのかな醤油の風味が口の中に広がった。
うん。いつもの食べ慣れた味だ。
鞍馬の奴と比べても甲乙つけがたい一品。
「あ、そういえばさ」
「なーにぃ?」
どんよりとした空気をまとう姉ちゃんが聞き返す。
「いや、昨日友達がさ。姉ちゃんが作ったおかず食べたんだけど、おいしかったって絶賛してたから」
「ふえぇ!? それ本当なの優ちゃん!?」
興奮している様子の姉ちゃんに向かって、オレは一度だけ頷く。
「そっかあ! 優ちゃんお友達いたんだねっ!」
そこおー? そこをチョイスしますかお姉様は……。
「いや、そこじゃなくてさ」
「でもそっか! 優ちゃんのお友達が、お姉ちゃんの料理をおいしく食べてくれたのは嬉しいよお!」
って言いたいことも伝わってたか。
姉ちゃんが本当に嬉しそうな顔をしていて、オレも思わず笑みがこぼしてしまう。
「そうとなれば、今度からもっともっと! お弁当のデザインがんばっちゃうよー♪」
「ほ、ほどほどでいいからね」
そんな感じで、オレは姉ちゃんと会話をしながら食事を楽しんだ。
飯も食べ終えた頃。
姉ちゃんが食後のお茶を用意してくれて、使い終わった食器を洗ってくれている頃のことだった。
ポンッという音が鳴り、鞍馬からシャワーを終えたことを告げるメッセージが届く。
『シャワーお疲れさん。今から飯か?』
『シリアルだから、ちょちょいのちょいの助で食べれるってばよー』
『そうですか。まあ、喉には詰まらせるなよ』
『ダイジョブだしぴえん』
ぴえん? また訳分からん単語を。
『そだそだ。覗かず待ってたユーヤくんのために、綾音ちんがごほーびあーげちゃう♪』
『ご褒美? てか覗く気ねえから』
オレは呆れながら湯呑みに入ったお茶をすする。
『はい。ごほーび♪』
「ん? ぶっ!?」
オレは送られてきた画像を見てお茶を吹き出した。
なぜかって? その画像がタオル一枚巻いただけの鞍馬の裸体だったからだ。
「ゆ、優ちゃん!? お茶熱かった!?」
「い、いや! ごほっ! た、たまたま気管に入っただけだから大丈夫!」
「でもでも!」
オロオロする姉ちゃんを制止し、スマホをテーブルの下に隠しながらタオルでお茶を拭き取る。
さすがに、近くに来られてこの画像を見られる訳にはいかない。
拭き終わり姉ちゃんが来ないことを確認し、オレは改めて画像を確認した。
蕩けた顔の鞍馬が見上げる形でカメラ目線になっていることから、スマホを使って上から撮ったものなんだろう。
胸のところを持ってタオルを押さえていることもあり、胸の谷間が強調されている。赤らんだ肌に加え、濡れた髪の毛が艶かしくてエロかった。
オレは音が鳴るほどのつばを飲み込む。身体中が熱くなり、どこがとは言わないが、臨戦態勢が整いそうになってしまっていた。
『どお? コーフンしちゃったかにゃー?』
『お前なあ! お茶を吹き出しちまっただろうが!』
『にゃっはははっ! それはそれは、ごしゅーしょーさまでしたー! てことでー、今日のユーヤの夜食はこれでけってーねっ♪』
『一回黙れ』
『いやでーす! お断りしま〜す♪ V(`ω´)o』
こ、この野郎ぉ……!
学校では絶対に容赦しねえからな!
挑発的な文面のおかげで、オレの興奮はイライラに変わってくれたのだった。