1話 その呟きが全ての始まりで
うららかな春の午後。入道雲のある晴天の空が視界に映る。
そんな空の元、オレは眼鏡のレンズ越しに体操服を着た生徒たちが集まる場所を眺めていた。
「はあ、彼女欲しいなぁ……」
教室の開いた窓から運動場の様子を見つめ、今日何度目かになるため息を吐く。
念のため付け加えておくが、体操服を着てる彼女が欲しくて呟いたわけじゃない。
運動場を見ていて彼女が欲しくなったのは、あの団体の中にいる一組の男女が、恋人っぽくイチャイチャしてるのを見たからだ。
彼女との登下校。体育祭や文化祭の行事なんかの特別なイベントを一緒に満喫。
夏には海に行ったり、冬はクリスマスデートや初詣などのお出かけ。
日常の授業の中でも、運動場の二人みたいに隙を見てイチャついたりと。
頭に浮かんできたそれらのことをオレも経験してみたい。……なんて思ったから、あんなことを呟いてしまったんだ。
「またか? そんなに彼女が欲しいのなら、気になる子にでも告白してみるべきだろ」
「んなもん出来てたら悩んでなんかいねえって」
「まったく……。努力もしないで恋人を作るなどと、到底成せない妄想に過ぎないぞ。求めるのなら行動あるのみだ優也」
オレこと進藤優也と会話を交わすのは、こっちを見るようにして席についている黒髪の男子だ。
窓際の最後列に座る一年の頃からの友人、茅野白斗が説法を説いてくる。
「そもそも、お前だって彼女いねえじゃんか。まあ、性格ねじ曲がったオレなんかと比べれば、白斗様の難易度なんてイージーモードなんだろうがさ」
「……そういうところだ。俺が指摘しているのは」
悪態染みた発言に返ってきたのは、ジト目をする白斗のまっとうな正論だった。
「何もしないで好意を持たれるなんてありえない。なんだかのきっかけが生まれたか、惚れさせるほどのアプローチをしてきたか。どちらにせよ、ただボヤいてるだけでは恋愛には発展しないからな」
またまた至極ごもっともな発言が飛び出てくる。
「そーですね」
そんなこと言われなくても分かってるつもりだ。オレにだって、過去に気になる女子くらいはいた。
けど色々な事情が重なり、そこからどうすることも出来ない日々があって……気付けば、そいつとオレが結ばれることはなかった。
オレの初恋は結局……まあ結果がどうであれ、成就されないまま終わった訳だ。
「おい優也。チャイム鳴って……ってやばっ!」
……無条件で愛されるなんて、そんな都合のいい話なんか転がってない。白斗の言う通り自分から動かないとダメなんだ。
やっぱり、いつまでも過去に囚われてちゃいけないよな……。
「なら……」
ならオレは、心が突き動かされるほどの恋をしてみたいと思った。そんな恋が出来る相手を、自分の手で幸せにしてあげたいと。
……さすがにおおげさか。
「彼女、欲しいなあ……」
オレはもう一度呟く。改めて口にすると、どう捉えても情けない言葉にしか聞こえてこない。
「そうか。なら先生のゲンコツとどっちが欲しい?」
「いや、そんなの答えるまでもないじゃないですか。もちろん彼女……え?」
窓の張りから手を離し、声がした背後へ振り向く。もちろんそこには仁王立ちをする担任がいた。
「そうかそうか。では俺のゲンコツと、今から授業を受けるために着席する権利。お前はどっちが欲しいんだ進藤?」
「……着席、出来る権利をください……」
クラスメイトたちから笑い声がもれる中、オレは素直に自分の席につくことにした。
集中しすぎて気付かなかったとは、なんたる不覚。
そうして席に戻るために歩いていると、一人の女子と目が合った。
名前は確か……倉田千歳だっけか。
肩口で切り揃えた綺麗な黒い髪。くりっとした優しそうな目。特筆する特徴はあまりないけれど、清楚でかわいい系の低身長な女子だった。
まあ、なんだがんだで気になる相手だったりするんだけどな。
二年に進級し、同じクラスになってから二週間ほど経ったんだが、倉田とはまだしゃべったことがない。
だから明確な好意を持っているのかと聞かれると、正直返答には困ってしまう。
そんなことを考えながら倉田の横を通ったとき。
「彼女出来るといいね。がんばって♪」
なんて、口元に手を添えた倉田から笑顔で応援された。
「っ!」
高鳴る鼓動。顔が熱くなる。
過去にも感じたことがあるこの感覚は間違いない。
「お、おう」
オレは倉田に向けて手を軽くあげて答えた。
そう。そんな倉田の笑顔に、このときのオレは恋をしてしまっていたんだ。
無垢で純朴な、裏表がなさそうな彼女の笑顔が、オレの心に突き刺さってしまった。
きっと、白斗がしたアドバイスのせいだったのかもしれない。
その結果、オレが翌日取る行動のせいで、まさかあんな事態に発展するなんて……。このときのオレは思いもしてなかったんだ。
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