魔法国立おとぎ相談所へようこそ
ここはおとぎ相談所。様々な世界にあるおとぎ話の登場人物たちが悩みを解決するための施設である。
この施設はおとぎ話たちが存在する世界とは別の世界にある。
普通の人間は限られた人物以外入ることの叶わない場所だが、おとぎ話に出てくる登場人物達だけはこの世界に足を踏み入れることができる不思議な場所だ。
人間が創造した、存在しない生き物達と思う事なかれ。
彼らは普通の人間のように生きているのだ。
彼らは普通の人間と違って自分が登場する本を読んでもらうことで徐々に自我をめばえさせていく。
でも普通の人間と違うのはそこだけで、彼ら……「おとぎ人」と私達は呼んでいる、はご飯も食べるし顔も洗う、トイレだって行くし寝たりもするし、恋もする。
普通の人間達が知らないところで生き生きと、のんびりと暮らしているのだ。
そんな「おとぎ人」達が利用するここ、おとぎ相談所に私ことベルタは働いている。
おとぎ相談所は床も壁も天井も、すべてが木で出来たぬくもりのある造りとなっていて、「おとぎ人」達には「ここにいると心が休まるよ」と大変評判が良い。
職場を褒められるとなんだか私も嬉しくなってしまって、そうでしょうそうでしょう、と顔がだらしなくなってしまう。
おっと、思い出していたらまた顔がにやけてきてしまった。
いけない、仕事中なんだからしっかりしないと。
中は結構広い。中へと入るとまず休憩所兼待合場所があって、いろんな国のソファーやテーブルが並べれている。しかし雑然とした雰囲気はなく、統制のとれた雰囲気となっていた。
落ち着きのあるその空間では飲食ができるようになっていて、入り口の右手にある食堂で料理を注文することができる。
もちろん持ち寄りも自由。
更に奥へと進んでいくと相談者専用受け付けがあり、悩みを抱えた人はそこで職員に相談できるようになっている。
相談、とは言っても日々の愚痴を漏らしに来る人や、ただ話を聞いて欲しいだけの人、おしゃべりをしに来る人と様々。
常連さんともなると「今日はこの人に話を聞いてほしいんだけど」と指名してくる人もいる。
私達は時に雑談を交わし、愚痴を聞き、相談にアドバイスを出すお仕事。
楽しいことばかりではないけれど、私は誇りを持って仕事をしている。
「あら、もうこんな時間?貴女と話していると時間が経つのが早いわ。」
「私もです。今日も仕事中だったことを忘れちゃいました。」
「あら嬉しいわ。それじゃあ、私はこれで。ありがとう、今日もとても有意義な時間だったわ。」
そう言って黒い豊かな髪を揺らして立ち上がるのは白雪姫。
彼女は常連さん。
初めて彼女がここを訪れたとき私が担当して以来私を指名してくれるようになった。
ありがたい限りだ。
私が誰かに指名されたのはそれが初めてのことで、ご指名があったと聞いた際には耳を疑ったし、内心でガッツポーズをしながらよっしゃあー!と叫んだ。
ふふ、懐かしい思い出だ。
席を立ちひらひらと手を振って帰っていく白雪姫を見送った後、私は中身が空になったティーカップを片付ける。
相談者専用受け付け口から自分の席に戻った私は、次の相談者が現れるまで先程の相談者の滞在時間や相談内容などを名簿に事細かに書き記す。
これも私達の仕事の一環。
もし白雪姫が次相談に来た際私がいなかったら他の人が対応する。
その際前回どういった相談を行ったかを知っていれば話がスムーズに進むからだ。これは指名しない人でも同じ。
名簿は今まで相談に来た人の分だけある。
一体いくつあるのかは数えたことがないので定かでは無い。
だからとりあえずたくさん、と言っておく。
…語彙力がなくてごめんなさい。
名簿は職員の机が並ぶ後ろの本棚にあって、ぎっしりと詰まった名簿の中を掻き分けずとも魔法で取り出すことができる。
片付ける際も同様だ。
本棚の横にある小さな机に指で名前を書けばその人の名簿が現れる仕組みになっている。
とても便利。
机とお友達になって黙々と作業をこなしていた私のもとに1枚の紙がひらひらと飛んできた。
慣れた手つきでそれを手に取り、内容に目を通していく。
これはお客さんに始めに書いてもらうもので、来客帳という。
誰を指名するか否かと、自分の名前を書く紙。
私達職員はその紙が自分の許へ来てから相談者専用受け付け口へと向かう。
相談が始まるまでの流れは(指名する場合)、まず初めに相談者様が掲示板にて今日ここにいる職員の名前を確認する。
次に相談者専用受け付け口にて来客帳に必要事項と指名する職員の名前を書き記す。
必要事項が全て記入された来客帳は指名欄に名前のある職員の元へと飛んでいき、それを受け取った職員が初めて相談者様のもとへと伺う。
これは指名がない場合も同様で、ただ指名がない場合は手の空いている職員の許へと向かう手筈になっている。
ちなみにこの来客帳は自我を持っている魔法の紙で、職員の許へと飛んできた後は何も記入されていない真っ白な紙が生まれる。
私も初めて見た時は驚いた。こう、ポンッと生まれるのだ。
記入済みの紙から。
驚きすぎてしばらくフリーズしていたら「ちょっと、相談者様が待ってるわよ!」と新人の私の担当をしてくれていた先輩に怒られたのは今となってはいい思い出だ。
私はもう働き始めて3年目なので今ではどちらかというとお世話される側よりお世話する側になっている。
さて、今度は誰が来たのだろうかと氏名の欄に目を通す。…………うげ。
「どうしたの?」
「あ、ビュル姉さん。いえその……」
思わず顔をしかめた私に声をかけてきてくれたのは新人の時にお世話になった(今もなってる感は否めないけど)ビュル姉さん。
真っ赤な髪をショートカットにした女性で、サバサバとした格好いい性格をしている。
一度『ビュル姉さん』と間違って呼んでしまって以来『先輩』ではなく『姉さん』と呼ばせていただいている。
よく飲みに行く仲でもある。
口ごもった私の手にある書類に目を通した姉さんは同じようにその綺麗な顔をしかめさせる。
「やだ、キアラじゃない。その人社内のブラックリストに名前が載ってるわよ。」
「あーやっぱり。」
ブラックリストとは要注意人物の名前が載ったリストである。誰が作り始めたのかは知らないが、結構古い歴史があるのだそう。(歴史も何もない)
これは職員だけの機密事項。
「お、またあの子きたのか?」
「よかったー私じゃなくて。」
「ベルタがんばれよー」
キアラさんに私が指名されたとわかった他の職員達が口々に会話に花を咲かせ始める。
くそう!皆人事だと思って!
私は溜息を一つ吐くと、しぶしぶとその重い腰を上げた。
*************
「待ちましたわよ!」
「大変申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げてから相談者様……キアラさんの向かいの椅子に腰掛ける。
プラチナブロンドの髪をきつく巻き、肩まで露出させたドレスは豪華絢爛の一言に尽きる。
気の強そうなエメラルドの瞳はいつ見ても綺麗だ。
ちょっときつそうな見た目だけど、とても美しい彼女が何故ブラックリストに名前が載っているのか。
それは。
「まあいいですわ、今回は許しましょう。」
「ありがとうございますキアラ様。それで今日はどういったご用件でしょうか。」
「ええ、ちょっとストレスが溜まっていてね。」
私はその言葉に思わずキョトンとしてしまった。
彼女の名前がブラックリストに載っているわけ。それは職員へのいびりとも言える態度である。
彼女はここに世間話をしに来るでもなく、相談しに来るわけでもなく、職員に八つ当たりに来ているのだと姉さんは言っていた。
アドバイスを返せばそんなものは必要ない、とか。できるわけがない、とか。
まあ、そういうお客さんはいるにはいるのだけれど、彼女が職員に目をつけられているのは毎回毎回違う職員を指名して徹底的にいびるからだ。
そんなアドバイスは無理に決まっているでしょう、から始まって終いには職員の態度がどうのこうの、容姿がどうのこうの、出されたお茶がまずい云々……。
そういった対応に慣れている先輩ならまだしも、この間なんか入ってきたばかりの新人が指名されてしまって翌日には退職してしまった、という例もある。
いやあ、あれは本当に運が悪かった。
あの子が次の職場では上手くいく様に祈ろう。
だからちょっと身構えていたのだけれど、なんだか普通の相談みたいでちょっと肩の荷が下りた。
よかった。
「ストレス、ですか。それは大変ですね。女性にとってストレスは美容の大敵ですから。」
「そうなのよ!貴女わかってるじゃない!」
何故か機嫌の良くなったキアラさんが話す内容を要約するとこう。
妹のシンデレラがうざい。とにかくうざい。マジでうざい。
……うざいしか言ってない。
これは相談と言ってもいいのだろうか。
キアラさんはおとぎ話の中では「シンデレラの意地悪な姉」という役。
おとぎ人達は物語の中では敵対しあっていても大抵の人達がこっちでは仲が良かったりする。関係が変わっているといえば良いのだろうか。
例えばさっき私を指名してくれた白雪姫なんかは継母ととっても仲がいいし、王子と結婚なんてしていない。
例えば桃太郎では桃太郎は太郎じゃなくて花子って言う可愛らしい女の子だったし、というようにおとぎ話の中とはちょっと人物達の関係が変わっているところが多い。
しかしシンデレラはおとぎ話の通りの関係で、いじめられていたシンデレラは王子様と恋人になったし、キアラさんはシンデレラをいじめていた。
おとぎ話ではシンデレラと王子が結婚したところで話は終わっていたけど、もちろんそれ以降の話というのは登場人物たちが生きているからあるわけで。
キアラさんが言うにはシンデレラはいじめていた継母や姉達を許したんだそう。
そして一緒に王城で暮らしましょう、となったらしいんだけど、社交界にキアラさん達がシンデレラをいじめていたという話が流れていて、そのせいで結婚はできないし、心配したシンデレラがキアラさん達を気遣っているそうなのだが………
「それがうざいっていうのよー!なんなのよ!いじめられていたけど私は姉達を許していますよアピール!?私は心が綺麗ですよアピール!?マジうざいっつうのおお!」
「……そんな事は思ってないと思いますけど…」
「そもそも!なんで王子もあんな子を選んだわけ!?私の方があの子より何倍も綺麗だっつうの!!あの子なんか羊の皮を被った女なのにいいい!」
実は先日私をシンデレラが指名してくれている。
シンデレラは心配事があると言って私に相談してくれたのが、その内容というのが「キアラ姉さんと仲良くできない」といったもの。
昔のことなどもう気にしていないし、今では姉として慕っていると相談してきたシンデレラ。
それに比べてキアラさんときたら「同情してる」だとか「見下してる」だとかシンデレラの事を何も考えもせず罵っているだけ。
本当ならこういう事は思っちゃいけないんだろうけど、私から言わせてもらえばシンデレラの方が貴女より何百倍も心根が美しいと思う。
「きっとキアラさんには他にいい人がいますよ。それにシンデレラさんも心から貴女と仲良くしたいと……」
「私より綺麗だとか許せないじゃない!」
聞けよ。
というかさっき貴女自分の方が綺麗だとか言ってなかった?
なんか矛盾してるんだけど。
木でできた机に両拳をダンッと叩きつけた後、キアラさんはようやく落ち着いてきたのか肩で息をしながら黙り込んでしまった。
私は中身がこぼれないように、と両手に持っていたもう冷めてしまった紅茶の入ったティーカップを再び机に置く。
「大丈夫ですか?」
キアラさんはその問いかけに答えることなく紅茶を一気に飲み干した。
チラリと視線をキアラさんの後ろに向ければ和気あいあいと談笑していた人達はしん、と静まり返って事の成り行きを見守る体制をとっていた。
なんだか香辛料の良い香りがする、と思ったらお腹がグーと鳴る。
おっと、キアラさんに気づかれてないかな?
時計を見てみればもう6時半で、夕食時。
なんだか人が多いな、と思ったら夕食時だったからか、と一人納得する。
そういえばもうとっくに退勤時間だなぁ。
ここは相談所でもあるけれどおとぎ人達の憩の場でもある。
お昼はもちろん夜になると仕事終わりの人達が集まって、飲んで騒いでと賑やかになるのだ。
この相談所は24時間やっている。
去年から私は夜勤の仕事もたまにしているけれど、夜中は相談にやってくる人はほとんどいない。
そのかわりなのかなんなのか夜中は大抵誰かが集まって朝まで飲み明かしている。
私達も仕事がない時はその場に混ざっていることもしばしば。
話がそれた。
まあ、いつもならそんなふうに騒いでいる時間帯なのだが、今日は何故か皆が口を閉ざして私達に視線を向けている。
うう、そんなにこっちに視線を集中させないでくれ。穴が空きそうだ。
キアラさんは何も言わないし、様々な視線が集中しているしでこれはどうすればいいのかと気まずすぎて内心頭を抱えていたらぽつりとキアラさんが話し出した。
「私ね、王子が好きだったのよ。」
「……」
「初めて行った舞踏会で一目惚れしたの。それからは彼にふさわしいようにって何事においてもがんばったわ。自分の体に鞭打ってでもね。」
ポツポツと話し出したその内容に耳を傾ける。
「再婚したお母様のお相手の今のお父様にはとても可愛らしい娘がいたの。最初は仲良くしよう、と思っていたわ。でもその子は私が努力してできるようになったものを何でもないことのようにこなしてしまうの。努力して手に入れた美しさですら負けてしまって、もうどうしていいかわからなかったわ。」
それはキアラさんがシンデレラに抱える劣等感。
そんなものを抱えていただなんて。
「その苛立ちをぶつけるように私はシンデレラを虐めたわ。結果は見ての通り。シンデレラに好きな人をとられてしまったわ。ふふふ、私はこれからどうしたらいいんでしょうね。」
自嘲気味に笑うキアラさんに私は何も言えなくなった。
なんて言うのが正解なんだろう。
きっといい人が見つかりますよ、なんて軽々しく言っちゃいけない言葉だった。
そう言ったきり再び俯いてしまうキアラさん。
私は少しの逡巡の後「あの…」と声をかけようとして、
「そうだわ。」
とキアラさんに遮られてしまった。
「どうしました?」
「ええ、ええ、貴女に話したおかげで頭が整理できたわ。ありがとう。」
「そうですか?それならよかっ……」
「奪われたのなら奪い返せばいいだけの話よね!」
良くない。
え、なんでそうなったの?
「えっと……」
「そうよ、私は悪いことなんて一つもしていない。」
いや、いじめたのは悪いことですよ。
「王子はシンデレラに騙されているんだわ。」
いやいや、騙されてなんていませんよ。シンデレラは本当に素直で優しい子なんですって。
「奪い返すなら手初めに王子に夜這いをかけてしまえば……」
「キアラさん、こんな話を知っていますか?」
どこかで何かがブチっと切れる音がした。
「シンデレラの原話に最も近いのではないか、と言われているのはグリムによる「灰被り姫」なんですって。」
「は?それがどうしたって言うのよ。」
「グリムによる「灰被り姫」では王子とシンデレラの結婚式の際姉二人はシンデレラの両肩に止まった白鳩に両眼をくり抜かれて失明してしまうんです。」「え…」
「そして足を切り落とされ松葉杖の生活になった姉二人を見てシンデレラは今までの復讐に成功した嬉しさから満面の笑みを浮かべるんです。」
にっこりと笑みを浮かべながら記憶の彼方にあったグリム童話の「灰被り姫」の記憶を引っ張ってくる。
キアラさんは少し顔を青くしながらも今だ強気に「ふ、ふん。それがどうしたって言うのよ。」と食ってかかってきた。
「いえ、たまたま思い出してしまって……それで思ったんですよ。先ほどキアラさんが『羊の皮を被った女』と言ったように、もしシンデレラさんが羊の皮を被っているのなら、って。」
「……… い、いやいや!あの子がそんなことを考えるわけ………」
「羊の皮を、被ってるんですよね?」
「……」
「ああ、そういえば、シンデレラさんと王子の結婚式は来月でしたね。おめでとうございます。」
「ひっ…」
「どうぞ、末永く、お幸せに、と、お伝えください。」
言い終わるか否かのタイミングでガタッと席を立ったキアラさんは「あ、ごめんなさい、私、用事があるんでしたわ。」と早口でまくしたて、ヒールのある靴を履いているとは思えない速さで相談所の扉を開けて出て行ってしまった。
しん、と静まりかえる相談所内。
しかし次の瞬間ドッといつもの騒がしたが戻ってきた。
「ベルタちゃん!面白かったぜ!」
「みました?あの顔!」
「久々にスッキリするのが見れたなあ!」
そう言って先程の会話を肴に宴を始めたおとぎ人達にいたたまれなくなって、顔に熱が集まってきた。
うう、思わずあんなこと言っちゃったけど、すごい恥ずかしい。
椅子に縮こまって座っていると誰かが近づいてくる気配がした。
うつむきがちだった顔を上げると、そこには黒い髪を腰あたりまで伸ばした綺麗な顔の青年が立っていた。
私は何故彼がここにいるのか、と首を傾げた。
「ルイ、どうしたの?」
「帰りが遅いから心配して迎えに来たんだよ。」
そう言って苦笑するルイ。
その言葉に私は慌てて席を立ち、自分の席にある荷物をひったくるようにして肩にかけるとルイの下まで急いだ。
「ごめん。」
「いや、いいよ。それじゃ帰ろうか。」
そう言って歩き出すルイの背を追いながら夜勤の先輩達に「お疲れ様です、先に上がります」と声をかけた。
「お疲れ様、また明日ね。」
「はい。」
宴会状態になっているおとぎ人達と軽く雑談を交わした後、私達は扉を開けて外へと出た。
「う、寒。」
くしゅっ。あ、くしゃみ出た。
ずずっ、と鼻をすすっていると、ルイが自分のマフラーを私に巻いてくれた。
お、あったかい。今まで使ってたからぬっくぬくだね。
「早く帰ろうか。」
「うん。」
季節はまだ冬。夜になれば日中よりも気温が下がってしまうのでいつまでも外にいたら風邪をひいてしまう。
私は差し出された大きな手のひらに自分の手を重ね、私の歩幅に合わせて歩いてくれているルイの顔を仰ぎ見た。
私よりも頭一つ分も大きいルイは何?と小首をかしげながら私の顔を覗き込んでくる。
その青い瞳はいつ見ても透き通っていて、本当に綺麗だ。
「今日の夕飯は何?お腹すいた。」
「ポトフ、お隣の山田さんがおすそ分けしてくれたんだ。」
「ふーん。」
私達はおとぎ人ではない。
いろんな世界の住人がこの町に集まって住んでいるのだ。
そして私達はいわゆる恋人、というものでこの街で出会って今は一緒に住んでいる。
ちなみに隣の山田さん、というのは日本という国からこっちに来たらしい。
珍しい苗字だな、と思ったことがある。
胸が大きい美人さんだ。
私はその山田さんからのおすそ分けと聞いてちょっとむかっときた。
「どうしたの?」
「だってその山田さん、絶対ルイのこと好きだよね。いつも私を睨んでくるのにルイには熱い視線を向けてるし。」
「あー、そのことね。大丈夫だよ。僕はベルタだけが好きなんだし。」
さっきキアラさんが「夜這いをかける」と言って思わず苛立ってしまったのはルイが山田さんに夜這いをかけられたら、なんて想像してしまったからだ。
そんな事山田さんがするわけないとは思っているけど嫌な想像をしてしまってちょっと不安なのだ。
するとそんな私に何を思ったのか急にルイが笑い出した。
え、何?
「ああ、ごめんね。いやあ、こんなベルタはめったに見られないから珍しくてね。」
「笑う要素なんてないじゃない。」
自分でも馬鹿言ってるとは思うけどさあ。
「大丈夫大丈夫。はは、そんな心配されるほど愛されてるとは思わなかったなあ。」
「……いつまで笑ってるのよ。」
「そういえばベルタ、今日は制服で帰ってきたんだね。」
「え、あ!!」
相談所で働く職員には制服が支給されていて、私ももちろんそれを着て仕事している。
いつもなら相談所内の更衣室で着替えてから帰宅するのだがうっかりしていた。
「しまった、どうしよう明日これ着て出勤するのちょっと目立つぞ。」
「はは、まあとりあえず制服を脱がすってのはしたことがないからちょっと面白そうだよね。」
「………………………は、」
思わずフリーズした私に首をかしげたルイは何を思ったかああ、と言ってとてもいい笑顔を向けてきた。
「僕が脱がしたいと思うのはベルタだけだから安心していいよ。」
自分でも顔が赤いのがわかる。
そして私は気づいたら叫んでいた。
「あ、安心できるかあああああ!!」
その夜、町中に私の悲鳴がこだました。
タイトル上の「異世界恋愛短編集」シリーズで他の短編、「バイバイしたい、させてくれない。」も掲載してます。
よろしければそちらもご覧ください。