戦闘準備
連合艦隊の再編より、丸1日が経った。
「偵察挺より報告。敵のほぼ全戦力が、スペシガンに向かって来ています」
スペリオル湖の駆逐艦は全て回収し、現在は後送にあたっているが、僅かにスペリオル湖に残した艦がある。乗組員全員を運べるヘリコプターを搭載した、使い捨ての偵察挺である。
そして、伊藤少将の予想通り、敵は早速行動を開始したようだ。
会敵までに残された時間は少ない。
大和の艦内では、セントポールと艦隊の現状を示したモニターを囲んで、防衛作戦が討議されている。
「残り時間は、後、どのくらいだ?」
東郷大将は、一切焦ることなく尋ねる。
「残り、およそ24時間で、ここに到達します」
「24時間か。まだ、時間はあるな」
東郷大将は、あくまで焦ることはない。しかし、周囲の士官は、焦りに焦っている。そした、東條中佐は、その筆頭である。
「閣下、24時間しかないのですよ!艦隊は未だに満身創痍であるのに、どうするおつもりなのですか!?」
「中佐、ひとまず落ち着け」
東郷大将は、少し語気を強めて、東條中佐に渇を入れた。また、東條中佐も、自らの気が立っていたことに気づいたようだ。驚きの表情をしている。
「っ、申し訳ありません、閣下」
「まあいい。冷静になりたまえ。24時間では、艦隊を万全の状態にするのが不可能なのは、誰でもわかることだ。ならば、むしろ、24時間全てを考える時間にあてられるのではないかね」
「まったく、そうであります」
はっきり言って、24時間では大したことはできない。で、あるならば、その時間は作戦会議に使おうという話である。24時間作戦を討議するならば、それは、十分すぎる時間である。
「それで、具体的にはどうするのですか?」
「そうだな、まずは、我々には一つ有利な点がある」
「と、言うと?」
突然の東郷大将の指摘に、周囲の士官の頭の上には、大きな疑問符が浮かんだ。
「まず、敵のケラウノスがここに届くことはない。新型を開発していなければだが、この短期間ではそうそう作れないだろう」
同時に、士官達は理解したようだ。なるほど、と、理解の色を示している。
セントポールに最も近い、ケラウノスを撃てる都市は、スペシガンである。そした、その距離はおよそ700kmであり、ケラウノスの射程外である。
ちなみに、ミルウォーキーとの距離はぎりぎり500kmを割っていて、ケラウノスの射程には入っているが、伊藤少将がその発射台だけは徹底的に破壊したため、今は使えないだろう。
敵艦隊が持つ分だけなら、大した脅威ではない。
「それと、対艦高射砲は何門配備したのだったかな」
「8門、です」
「そうか。ならば、この戦いは久し振りに、純粋な艦隊戦となるな」
スペシガンに配備した天羽々斬などの高射砲は、破壊されたか放棄したものが殆どで、ここセントポールには搬送できていない。よって、セントポールの要塞化は、まったく進んでいない。
それ故に、これからの戦いは、奇策を抜きにした、中世的な艦隊戦となるだろう。
「伊藤少将、何か策はあるかね」
「ないことは、ないですね」
伊藤少将は、皮肉めいた笑みをたたえて言った。
「古今東西、不利な側が勝利した戦いというものでは、敵を分断し、その将を狙うのが、定石です。我々も、それに倣いましょう」
「で、どうすると?」
「現代に、トラファルガーの海戦を、半分再現しましょう。我が第二艦隊が敵に突撃し、その陣形を引き裂いた後、敵将がいる側を全艦隊で包囲します。敵将を討ち取れば最高ですが、純粋な戦術としても、十分でしょう」
「なるほど、その案、気に入った」
トラファルガーの海戦とは、ナポレオン戦争の真っ最中に、フランス軍とイギリス軍が激突した海戦である。結果としては、フランス海軍は壊滅し、イギリスの大勝利に終わった。
そこでイギリス軍がとった作戦は、全軍で敵の中央に突撃し、敵を真っ二つに裂き、そこで丁字戦法の状況を作り出すというものだあった。
伊藤少将は、これにかけたのである。
「よし、この作戦でいこう。異論はないな」
何故か、東郷大将はこの作戦に乗り気なようだ。その雰囲気を察し、誰も文句は唱えなかった。
ここに、連合艦隊の作戦の大綱は決定された。
因みにだが、日本で丁字戦法をとった男と言えば、東郷平八郎が挙げられる。




