会合
崩壊暦214年7月28日22:13
連合艦隊は敗退した。
デトロイトでは寝込みを襲われ、散々に追撃を受けた挙げ句、ヒューロン湖まで落ち延びてきた。
被害は甚大である。連合艦隊は、その戦力の3割を喪失し、陸戦部隊も、大型兵器は放棄せざるを得なかった。
そんな状況の連合艦隊であるが、唯一、ここで得たものがある。佐伯少尉が発見したという、彼が、屍人の中を駆け巡っていた証言した少女である。
彼女の名は、コウと言うらしい。
そして、コウは、東郷大将に大和の艦橋にまで呼び出されていた。
彼女には、一応はぶかぶかの軍服が着せられ、艦橋で士官らに囲まれている。
「君が200年も生きているというのは、本当のようだな」
「うん。多分、そんくらいだよ」
「その腕は、痛まないのかい?」
「うん」
「そうか。まったく、とんでもないものを拾ったよ」
コウに関心を示しているのは、意外なことに、東郷大将と近衛大佐である。
二人の質問攻めに、コウはのんびりと答えている。なんとも、マイペースな娘のようだ。
だが、彼女の存在は、自我を保った屍人が存在することを意味する。これは、驚くべき大発見に違いない。
「それで、これからどうするの?」
コウは尋ねる。恐らく、戦闘に参加していなくても、悲惨な現状を察しているのだろう。
「ああ、恥ずかしいことだが、我々は今、逃げている最中だ。だから、ひとまずは拠点まで撤退するのが先決だな」
「ふーん」
連合艦隊は、ヒューロン湖に防衛線を設ける予定である。鹵獲したアルテミスなどの湖上要塞ならば、防衛も可能だろう。
「それで、一つ気になることがあるんだが、いいかね?」
「うん」
「この、崩壊する前の世界は、どんな様子だったのか、教えてくれるかね?」
「世界ねぇ。うーん………」
東郷大将が尋ねるのは、文明が栄華を極めた世界の様子である。いくら経験豊富な東郷大将と言っても、200年も生きてはいない。東郷大将としても、気になることなのだろう。
「ボクも、あんまり長くは見てないんだけど、結構どんよりした感じだったよ。あと、戦争が起こった。みんなは、すごい盛り上がってたな。ケンドチョウライって言葉をよく聞いた」
「捲土重来?帝国は、何に対してそう言っていたんだ?」
歴史書を見る限り、大東亜戦争以降で日米間に戦争は起こっておらず、報復を叫ぶ理由がわからない。それに、帝国は、歴史上不敗の神国である。
「確か、太平洋戦争とかのやつだね」
「太平洋戦争?それは、その戦争そのものだろう?それは捲土重来には当たらないはずだが」
太平洋戦争は、言い換えれば第四次世界大戦である。この世界が屍人に覆われるきっかけとなった戦争であり、唯一の人類全体の黒歴史と呼ばれているものである。
「そうなの?いやー、ボクも200年前のことだからなぁ、忘れちゃったよ」
コウは、緑の腕で頭を掻く。どうも、かつてのことはあまり覚えていないようだ。まあ、当然だろう。
「それはそうと、閣下。この子は今後どうします?帝国本土に送りますかね?」
近衛大佐は、話題を切り替える。コウの処遇については、未だに決定されていないのだ。
「この子を政府に渡してみろ。どんなことをされるかわからんぞ」
「では、大和に隠しておくんですか?」
「そうなるだろうな。それに、まだまだ情報を聞き出せるかもしれん」
「では、そういうことで、これからもよろしくな」
「うん」
「ちょっ、何て会話をされてるんですか。相当なことですよね、その子は」
大佐と大将が勝手に決めたコウの処遇に、東條中佐は、さすがに意義を申し立てた。コウは、やもすれば人類を解放する手がかりになるかもしれないのである。
それを艦隊で隠し持っておくなど、頭がおかしいとしか思えない。
「東條中佐、人として、この子を守りたいと思わんのかね?」
「それは、まあ、そう思いますが……」
「結構。それでいいのではないかね?」
「そっ、そんなことが許されるのですか?」
東郷大将の動機は、ふざけているとしか思えないものだ。
「連合艦隊司令長官の私が許す。従わなければ、貴官を銃殺もできるのだぞ」
「なっ、職権濫用ですよ。それは」
「まあまあ、いいじゃないか。東條中佐?」
「近衛大佐まで……はぁ、わかりましたよ」
上官二人に脅迫され、東條中佐はしぶしぶコウの存在の秘匿を認めた。
「そうそう、コノエって人、いる?」
「ん?それは私だが、どうした?」
唐突に、コウは近衛大佐に呼び掛ける。
「イシイって人に伝えるようにって言われたことがあるんだけど」
「ああ、ちょっと待て。閣下、二人にしてもらえますか?」
「ああ、構わんが」
「コウ、ちょっとこっちに来てくれ」
「うん」
近衛大佐は、コウと二人で話したいようだ。近衛大佐は、コウを部屋に連れていく。
「それで、伝えたいこととはなんだい?」
椅子に荒く腰かけた近衛大佐は再び尋ねる。他方、コウも、同じくらい敬意がない感じで、いすに座って答える。
「あれを見てくれてありがとう、だって」
「そう、か。わかった」
近衛大佐は、うって変わって神妙そうに頷いている。彼にとっては、意味があることなのだろう。
「他の人間にはあったことはあるか?」
「ああ、何人か。最近じゃ、ノンって人に会ったよ」
「ほう、ノンか」
「知ってるの?」
「いや、知らんな」
「そう」
「じゃあ、もどろうか」
しばらく秘密の会合を続けたのち、二人は、東郷大将らの元に戻っていった。




