アルテミス陥落
「第三隔壁、突破されました」
指令室には、沈痛な報告が響く。アルテミスに接舷し、侵入した日本兵はすぐそこまで迫っている。
「現状の敵戦力は?どのくらいだ?」
「確認しただけで、およそ五個大隊です」
最終的に5隻の駆逐艦から侵入した日本兵の数は、アルテミスの米兵のおよそ3倍もの数である。
最早、勝ち目などはない。
「時間稼ぎが関の山、だな」
状況は絶望的である。アルテミスの装甲は、如何なる砲弾も通さない鉄壁であるが、それは逆に艦内の米軍を孤立させる。また、それ故に自沈処理もできない。
「アルテミスは放棄する。ついては、コマンドΩを実行する」
「Ω、でありますか」
「そうだ。そして、残存兵力を率い脱出するぞ」
ニミッツ大将は、アルテミスを棄てることを決意した。ここで抵抗しても、無駄死にに終わるのみである。次の反撃の機会を窺うのが、将軍の務めだろう。
「敵、中央隔壁の破壊に取りかかった模様です」
「中核部隊を逐次、撤退させろ。それと、チャールズ元帥に、増援は要らんと伝えてくれ」
ニミッツ大将が決断したのは、一部の兵を選んで脱出させるというものだ。アルテミス駐留の全軍を撤退させる輸送機は残っておらず、それならば、将校のみを脱出させることとした。
これは、西暦の20世紀に、かつてのナチス・ドイツが早期に軍備を整えた戦略でもある。兵卒よりも、それを率いる士官を生き残らせる方が、軍の再建には重要なのである。
しかし、その時間を稼ぐのは、不運な一般兵卒である。
「よろしいのですか?」
「ああ。この狭い要塞の中じゃ、数があっても邪魔なだけだからな」
要塞の防衛には、数は必須ではない。確かに、兵力が多ければ多少は長く耐えられるが、それよりも、多くの兵を捕虜としてしまうリスクの方が大きい。
チャールズ元帥が送ってきた増援部隊は追い返し、そのヘリは撤退に使おうというのが、ニミッツ大将の策である。
「中央隔壁、突破されました!」
中央隔壁を吹き飛ばした日本兵は、続々と指令室に向かっていく。
しかし、今回は一味違う。狭い空間に厚い弾除けと、三脚のマシンガンを備え付けた陣地は、その威力を存分に発揮する。
日本兵は、マシンガンの掃射の前に、次々と倒れる。機動装甲服の隙間から、血飛沫が舞っている。
「手榴弾か!伏せろ!」
「……大丈夫だ!いけるぞ!」
例の如く、日本兵はまずは手榴弾でバリケードの破壊を試みた。しかし、今回の米兵は装甲服に身を包んだ完全装備である。
手榴弾から少し離れれば、死ぬことはない。なおも戦闘は続く。
10m程しかない距離で、両軍の間には無数の弾丸が飛び交う。米軍はマシンガン、日本軍は自動小銃の戦いである。
日本兵は、曲がり角や、即席の盾に身を隠しながらも途絶えることなく弾丸を送り込んでくる。
戦闘は五分五分の様相を呈す。
「くそっ、弾切れだ!」「こっちもすぐに……ぐっ」「おい!平気か!」
だが、数の力の前に、徐々に米軍は押されていく。マシンガンとて、弾は無限ではない。その装填の隙に、日本兵の弾が米兵を襲うのだ。
そして再び司令室にて。
「準備は整ったな」
「はい。大将閣下」
「これより、選抜部隊は艦隊に撤退する。それと、抗戦中の部隊には降伏を許可する」
遂に撤退の準備は整った。それも、前線を守り抜いた兵士のおかげだろう。
既に殆どが敵の手に落ちたアルテミスより、30機程の大型ヘリコプターが飛び立つ。
「すまないな。アルテミス。そして友軍よ」
敵の駆逐艦に取り囲まれたアルテミスを見下ろしながら、ニミッツ大将は、悲愴な嘆きを呟いた。
要塞では、抵抗を続けていた米兵が降伏した。そして、日本兵が指令室を占拠した時には、誰も残っていなかった。
他の湖上要塞も、同様に制圧されている。そして、また、それらの砲台が米艦隊に向けられる危険性もあった。
「閣下、最早これまでです。時間をかければ、敵は湖上要塞を掌握し、我が軍は壊滅します。撤退する他ないでしょう」
「くっ。仕方ない、か。全艦、デトロイトまで、撤退せよ」
ハーバー中将は、湖上要塞が制圧された時点で、敗北を悟った。チャールズ元帥も、ヒューロン湖からの撤退を指示する。
「まだ、次がある。そうだろ、大将」
「ええ。連邦政府は、最終手段を許可しましたからね」
湖上要塞が全滅してもなお、米軍には、未だに手が残されていた。




