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終末後記  作者: Takahiro
その後の世界
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モスクワにて

崩壊暦217年10月24日14:34


モスクワはロシア帝国の時代からロシアの首都であり、その後のソ連、ロシア連邦などにおいても一貫して首都の地位を保った。


しかしなながら、かつての文明崩壊の際、欧州最大の大都市であったモスクワは屍人の巣窟となり、それを奪還することはついに叶わなかった。


今日までは。


「ここが、本物のクレムリンか」


ジュガシヴィリ書記長は言った。


「ええ。随分とボロボロになってしまっていますが」


ジューコフ大将は返した。


ここは本物のモスクワ。本物の赤の広場の真ん中である。


ジュガシヴィリ書記長率いる上層部は、ここの安全が確保されたとのことで、揃ってロシアの象徴的な建造物を訪れたのである。


もっとも、クレムリンは今にも崩れ落ちそうな様子である。恐らくは風化だが、あちらこちらで壁が崩れている。


赤の広場も、雑草がそこら中に生えていて、とても一国の首都であったとは思えないような惨状である。


「修繕すればまだまだ使えるでしょう。やはりロシアはこの建物に統治されてあるべきです」


「そうだな。一体いくらかかるか考えたくもないが」


「まあそれは、私の管轄ではありませんので」


ソビエト共和国は首都を本来のモスクワに大々的に戻す予定である。


とは言え、それは容易なことではない。


使えない建物は片っ端から解体し、首都をもう一度作り直さねばならない。まさかクレムリンだけを修繕して首都と言い張る訳にはいかないだろう。


国家の一大プロジェクトとなるのは間違いない。


「そうだ、確か、レーニン廟はこの近くだったな」


「はい。既に私の部隊が確認しております」


「流石、早いな。で、どんな状況だ?」


「当然ですが、レーニンの遺体はすっかり腐っていました。ですが、骨だけは残っていて、今のところはその場から動かしていません」


レーニン廟は、ソ連建国の英雄レーニンの遺体をエンバーマング、つまり遺体を見た目上完璧に保存した上、保管していた建物である。


ただ、エンバーマングというのは一度やれば永遠に遺体が原型を保つものではない。それなりの間隔のメンテナンスを怠れば、肉や皮はすぐに分解されてしまうのだ。


レーニンの遺体は、そうして骨だけになってしまったようである。


「なるほど。だが、私は彼に会いに行く。いいな?」


「閣下がそう仰るのなら、止める理由はありませんよ」


そうしてジュガシヴィリ書記長一行は、朽ちかけているレーニン廟に向かった。


そして棺に納められた骨と対面する。


「骨と言っても、もう朽ち果てているな」


「ええ。辛うじて残っているといった感じです」


既に完全な形の骨は残っていない。ただまばらに落ちている破片が何となく人間の形をしているだけである。


とは言え、それは英雄の骨そのものなのだ。ジュガシヴィリ書記長にも感慨深いものがあった。


「流石にこれを展示する訳にもいくまい。埋葬はしっかりせんとな」


「英雄墓域に埋葬しましょう。算段はすぐに立てさせます」 


英雄墓域、スターリン、ブレジネフなどのソ連を率いた人物や、ロシアに多大な貢献をしたロシア人が葬られている墓地である。 


レーニンを葬るのはここしかないだろう。


「軍人には任せられんな」


「は?と言うと?」


「葬儀は国葬だ。それに壮大、荘厳なものにせねばならん。貴官らに、そういう感性があるとは思えんな」


「それはそうですが、しかし何故です?」


「レーニンはロシアの英雄、ロシア人を纏めあげるには、彼の力が必要だ。500年の時を経て、再びロシアの英雄になってもらう」


「なるほど。確かに、そういうことに軍が関わるのは宜しくないですね」


今の世界は不安定だ。戦争はないにしても、内乱が起こらないとは限らない。


ソビエト共和国は列国の中では比較的安定した国家ではあるが、ジュガシヴィリ書記長は用心深い。より安定した政治を求めた。


その為に亡きレーニンの権威が必要とされたのである。モスクワに首都を移転し、クレムリンを政務に使おうとするのも、全てこの為なのだ。


要は政治である。決して単なる郷愁の念でモスクワを復興するのではない。


「まあ、葬儀を行うのはまだ先のこととなるでしょう。軍が総動員でモスクワを掃除しますので、暫くお待ちください」


「頼んだ」


ジュガシヴィリ書記長は、つまるところソ連の完全な復活を望んでいる。それは党内の多数派の意思でもある。ロシアの粛清癖も引き継ぐのかは定かではないが。


まあ取り敢えず、ソビエト共和国は今は平和である。

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