アメリカ情勢複雑怪奇
崩壊暦217年9月12日
件の講和会議からおよそ一年が経過した。人類は皆生活圏の拡大に忙しい。
北米は講和に定められた通りに三分割された。西からアメリカ帝国、屍人の国、欧州合衆国である。
屍人の国などと呼ばれる例の領域は国名を定めたらしい。その名をヴェジク帝国だそうである。無論この国は帝政を敷き、皇帝はアメである。
欧州合衆国は、欧州と言いながら欧州に一坪の領土も持っていないよく分からない国家だが、意外と上手くやっている。やってることは事実上アメリカ連邦に同じだ。
さて、少し前のこと、欧州合衆国軍にとある人物が参加した。
チャールズ元帥とハーバー中将である。
アデナウアー大統領は彼らをおおよそ重用し、旧アメリカ連邦軍の時と殆ど変わらない地位に彼らを置いた。まあ優秀な士官(ゲッベルス上級大将ら)がことごとく裏切ったからではあるが。
またヒムラー大佐やライエン大将は所属が親衛隊である為、職権について揉めることもない。
「何だかなあ。私が何の為に戦ったのかよく分からんな」
チャールズ元帥はぼやく。
「閣下とその軍のお陰で、先の大戦は引き分けに終わりました。そしてそれが今の世界を作るきっかけとなった。それだけで十分でしょう」
ハーバー中将は言った。
確かに、結果論から言えば、チャールズ元帥はローマ連合帝国軍の戦力をちょうどよく補強し、いずれの勢力も決定的な勝ちを収められないという状況を作り出した。
それによって地表の全てが開放されたのも事実である。
しかし、それが本来チャールズ元帥の望んだことでないのは明らかだ。
「私は一応アメリカの為に戦ったつもりなのだが」
「確かにアメリカの復興はなりませんでした。そういう意味では、閣下の戦いは無意味だったと言わざるを得ないでしょう」
「おい。少しはオブラートに包んで言ってくれ」
「ですが、アメリカの人民は皆、希望に満ちた未来へと歩むことが出来ます。それで十分ではないでしょうか?」
チャールズ元帥は正直なところ納得してはいなかった。いつかはアメリカ連邦を復活させたいという思いもなくはない。
とは言え、それで人民が苦しむのはごめんだ。よって彼は余程のことが起こらない限り現状維持を図り続けるだろう。
「そろそろニミッツ大将閣下が来られます」
「ああ、そうだな」
今日はアメリカ帝国の方で働いているニミッツ大将と会う予定になっている。勿論、私的な会合などではなく、両国の公式な使節としてだが。
とは言え、積もる話はあるだろう。
「お久しぶりです。閣下」
「おう。久しぶりだな」
雰囲気は悪くない。まあニミッツ大将は裏切り者などではないからだろう。
「まずは公的な決め事をしてしまいましょう」
ハーバー中将は言った。
今回の会談の目的は、第一にアメリカ帝国と欧州合衆国との間のホットラインを確保することである。偶発的な事故から大事が起こらないようにする為だ。
まあこれについては、何の問題もなく終わった。会談というのも、ポーズに過ぎない。ホットラインの開設を宣言すれば済む話である。
「ニミッツ大将、やはり貴官はアメリカ帝国につくのか?」
チャールズ元帥は尋ねた。
「ええ。民衆の為を思えば、私が諸事の統率を図るのが最善でしょうから」
「そうか。貴官は案外優しい奴だな」
「案外、とは心外ですな。私は昔から全うな人間ですとも」
「それは分からん」
ニミッツ大将は別段アメリカ帝国に忠誠を誓っている訳ではない。ただアメリカ帝国の安定を図り、人民の穏やかな暮らしを守らんとするのみなのである。
「しかし惜しい部下を失ったものだ」
当然のことながら、ニミッツ大将はもうチャールズ元帥とは何の関係もない。
「いずれ閣下の元に戻るかも知れません」
「と、言うと?」
「アメリカ帝国軍の中での私の地位は相当なものです。旧軍の軍人は、殆ど私について来てくれる。それならば…」
ニミッツ大将は不気味な笑みを浮かべた。チャールズ元帥もまた、その意図を察して不敵な笑みを浮かべる。
「二人とも、そういう話はお止めください」
ハーバー中将は言う。
「ふっ。そうだな」
「まあ民衆の暮らしを守りたいという気持ちは本物です。暫くは、ことを起こす気はありませんよ」
「そうだな。それが正しい」
「暫くは、異国の軍の将軍同士として付き合っていきましょう」
「そうだな。暫くは…」
とは言え、暫くは平和が続くだろう。
北米三国は、今のところ、敵対的な姿勢を互いに示すことはない。ホットラインも三国の間で結ばれた。
しかし永遠平和など幻想だ。いつか、それがチャールズ元帥らの死んだ後だとしても、戦争は起こるだろう。
「まあ今は、束の間の平和を満喫しようじゃないか」
チャールズ元帥は言った。




