首謀者
「という訳で、どうですか?」
ヘイムダルは不敵な笑みを浮かべた。
「まあいいでしょう。その点については、今後は国家としての感覚を忘れないで頂きたい」
ジュガシヴィリ書記長は取り敢えず納得したようである。また、恐らくここで一番の堅物である彼がそれを認めたことによって、この点については、諸国の元首らも理解を示した。
「それと、もう一つ、落とし前をつけねばならないことがありましょう」
ユースフ元帥は言った。
「と言うと?」
「今回の襲撃の首謀者、それを処分せねばなりません。その者の身柄はあなた方が預かっているそうで」
「なるほど。その言い分はもっともなことです。あの者をここに」
今回の襲撃は、全人類に対する犯罪である。この処遇をアメらの屍人に委任する訳にはいかないのである。
アメは早速首謀者を連れてこさせた。
手錠をかけられ屍人の二人に連行されてきたのは、これまた若い男である。但し、ヘイムダルとは違い、信念を持った目をしていた。
「その者が、今回の襲撃を?」
ユースフ元帥は尋ねる。
「ええ。名を村中という者、我々には国籍など関係ありませんが、日本人と言っていいでしょう」
「動機を尋ねてもよいですかな?」
「そう望むのなら、構いませんよ」
ユースフ元帥は村中という男に理由を尋ねた。すると村中ははきはきと答え始めた。
「私が今回の乱を起こせしは、我ら屍人の安泰を護らんが故であります。我らの安寧を乱さん者ならば、我らの姫とて我らに対する裏切り者。これ以上でもこれ以下でもありません」
「ほう。分かりやすくて結構なことだ。そして、お前が我ら人類の敵ということもわかった」
「相違ありません」
「気骨のある奴だ」
動機はおよそ想像された通り。
想定外だったのは、その首謀者がかなり骨のある、明確な信念を持った奴であったことくらいだ。
とは言え、それで何かが変わる訳ではない。人類に対し敵意を持っているのは明らかである。
「この者を、処分せねばなりません。死を与えるのが適当であると考えますが、皆様の意見はどうでしょうか?」
ユースフ元帥は躊躇いなく死刑を求めた。とは言え、無論、彼の判断で全てが決まる訳ではない。処遇は話し合いで決める、即ち、この議場が法廷となるのだ。
もっとも、結論など分かりきっていることだ。
まず普通に考えて、彼が死刑以外の刑で済む筈がない。彼の私的な行為によって数百人が死んだのだ。それにサンパウロにも少なからぬ被害を与えた。人命も含めてだ。
これには南米連邦のヴァルガス大統領も加わり異論なし。
加えて、彼を殺した方が、後々に屍人と人類の良好な関係を築く為にプラスに働くだろう。
法律的にも外交的にも彼を殺さない手はないのである。
「では、その男に死を」
ユースフ元帥は宣言した。
「となると、ここで殺しますか?」
アメは言った。
「この場で、彼を殺そうと?」
原首相のその言葉は、およそこの場の人々の総意を代表していた。しかしアメに退く気はないらしい。
「はい。後に回せば、誰が死刑を執行するかで結局は揉めることになるでしょう。ならば今ここで手を下した方がいいのでは?」
「そ、それは確かにそうですが…」
とは言え、この場で殺すにしても誰が殺すかの問題はある。ここにいるのは基本的に貴人ばかりなのだから。
「ここは、東條少将、あなたにやってもらいたい」
アメは唐突に言った。
「え、わ、私、ですか?」
東條少将は答えに窮した。一体どういう了見か、見当も付かなかったからである。
「ええ。今私達がこんなことになっている原因であるあなたに、融和の妨げを討って欲しいのです」
「わ、わかりました。他の皆さんに異論がないのならば」
東條少将は回りを見渡してみたが、反論する者はないらしい。皆、面倒事を避けられて安堵しているようだ。
その様子では仕方ないなと東條少将は議場の真ん中に進んだ。銃はこの為だけに外から持ってこさせた。
「何か、最期に言いたいことは?」
「あなた方の平和は仮初め。いずれ崩れ落ちる。覚えておかれよ」
「それだけか?」
「ああ。さあ、殺せ」
「わかった」
人を殺すこと事態に大した躊躇いはない。
東條少将は、村中の遺言を聞き終えるや、手に持った拳銃の引き金を引いた。
銃弾は額を穿ち、村中の体は力を失って前方に倒れる。
東條少将はそれを受け止め、静かに横たわらせてやった。
「死体を持ち帰るという訳にはいかないでしょう。埋葬はこちらで済ませておきます。宜しいですね」
ヴァルガス大統領は言った。これも素直に受け入れられた。
かくして、サンパウロ襲撃事件は幕を下ろしたのである。




