サンパウロ市街戦Ⅱ
敵も味方も死に物狂いだ。今や統制などはなく、戦兵は喚き合い剣戟の響きは四方八方から響く。
東條少将は後方(とは言え100mと少しだが)に構えているが、そこが戦場となるのもすぐだろう。
「ダメだ。我々だけでは耐えられない。大和、ゲッベルス上級大将に救援要請を」
「了解です」
東條少将はこの場をこのまま抑えることは不可能と断じた。増援が、更なる兵士が必要である。今は数だ。
「閣下、敵が!」
「見えている!」
牟田口少佐の防衛線は突破された。
いや、そもそも敵の目的はこちらの軍の殲滅ではない。兵士の間をすり抜けていけばいい話。そもそも戦う気のない相手を止めるのは難しい。
屍人の兵は東條少将の本陣へと猛然と駆け込んでくる。
そして彼らは東條少将の存在に気付いたのだ。それを刈り取ればこちらが統制を完全に失うことに。
直掩の僅かな兵士は東條少将の前を固める。同時に東條少将も抜刀し、戦いに備える。
しかし彼らは次々と討ち取られていく。東條少将に敵の刃が届くのも時間の問題だ。
「大和!ゲッベルス上級大将からの返信は!?」
「今すぐ部隊を向かわせるとのことです!」
今から送ると言うことは、届くまではまだ時間がかかるということだ。つまりまだまだ堪えねばならないと言うことである。
「今からか…まだだ!耐えるぞ!」
「っ!閣下!」
その刹那、敵兵は東條少将に斬りかかかった。
東條少将は剣を向けんとする。
しかし、火花を散らして敵の剣を跳ね返したのは、彼の剣ではなかった。
「大和か。すまん」
「いえいえ」
と軽く言いながら、大和はその敵兵の喉元を貫いた。それも一切の慈悲を感じさせない、完璧とも言える動きで。
「つ、強いな、お前」
「私には古今東西の剣術がプログラムされています。まあ今のは剣術とは言えませんが」
「そうか。どうもお前にも戦ってもらわなければいけないようだ」
「もちろん、そのつもりです」
大和は微笑んだ。
さて、大和が剣に優れているからと言って戦局が好転する訳ではない。現状を形容するならば、何とか持ちこたえているだけというのが最も正しい。
大和は次々と敵兵を斬り伏せるが、その数は一向に減らない。
「閣下、押されています。このままではホテルまで走り抜けられてしまいます」
大和は言う。
「そうだな。総員に告ぐ!戦線を後退、ホテル入り口に防衛線を張れ!」
「はっ」
時間さえ稼げればいい。ならば遅滞戦闘が最適だ。
防衛線はホテルの入り口まで後退する。
「閣下、このままでは…」
牟田口少佐は悲痛な声で言った。敵が全く減らない。殺せど殺せど湧いてくる。だがこちらの兵に補充などないのである。
「では」
「ああ」
牟田口少佐は前線に戻り刀を振るう。
「わかっている。クソッ。増援はまだなのか…」
「ゲッベルス上級大将が嘘を吐くとは思えませんが…」
大和は言った。確かにその通りだ。あのゲッベルス上級大将が約束を果たさない訳がない。
「となると、増援が辿り着けない状況が起こっているかもな」
「それでは、ここを支えきれません…」
「ああ、わかっている」
もう後ろに残された距離は少ない。後退出来る猶予はそう残されてはいなかった。
大和と牟田口少佐は鬼神の如く敵兵を薙ぎはらい、他の兵士もそれに続く。
大和の姿は見るに優雅なものだ。敵からすれば、気づいた時には首が刎ね飛ばされているといった風に見えるだろう。
牟田口少佐は力強く、相手の剣ごとヘシ折らんばかりの勢いで敵を殴り付ける。そして手傷を負いながらも、相手の命を確実に吹き飛ばす。
だがそんなのは常人には真似出来ない。兵を鼓舞するには十分だが、それで兵が強くなるという訳でもない。
戦局は依然として不利だ。
「閣下、屋内での戦闘を提案致します」
一旦戦闘を切り上げてきた牟田口少佐は言った。
「ここでは無理か?」
「はい」
「少佐も無理などと言うんだな」
「無理なものは無理であります。自らの限界を知らざる者は即ち愚者に他なりません」
「わかった。戦線を屋内に下げる」
最終手段だ。
それを突破されればもう終わりでもある。後ろには主要国の元首たちが控えているのだ。
だが、屋内の狭い廊下や階段ならば、敵は同時に数人の兵を戦わせることしか出来ない。隘路に大軍を誘い込むのは古代からの寡兵の勝ち方である。
要するに、所謂背水の陣に近いものなのである。
「牟田口少佐と大和は別れて防衛してくれ」
「了解です」
「はっ」
地下会議場への道は3つ。
一つを大和、一つを牟田口少佐に任せ、東條少将は残った比較的広い通路を防衛する。
狭い廊下ならば上の二人の能力を存分に活かせるだろう。そこに関しては余り心配はない。
一番の問題は少将自身は守る通路だ。ここが破られれば全て終わってしまう。
「総員!死守を命じる!命に代えてでもここを守れ!」
東條少将はそう叫んだ。それは悲壮な決意であった。




