北米問題
「ええと…それは本気で計画しているのですか?」
原首相は尋ねる。
「はい。本気ですよ」
「ま、まあ、それはいいとしましょう。しかし、先程も申しましたが、我らが求めているのはあくまでも欧州合衆国の正当な主権の回復。それは我々にとっての妥協とはなりません」
大日本帝国としては、緩衝国が出来るのはいいとしても、それで自国の勢力圏が削られるのはごめんである。
しかしアメは更に追い討ちをかける。
「ならば、北米にアデナウアー大統領の政権を立てましょう。それならば、あなた方が言うように欧州合衆国の主権は温存されます。後々に平和的な行動も可能かもしれません」
「くっ、それは…」
原首相は言葉に詰まった。
原首相の建前を真に受けるのなら、北米に欧州合衆国を正式に再建するという選択肢もなくはない。それを指摘されてしまうと、建前での反論が難しくなるだろう。
しかし、反論のやり方がない訳でもない。名目上は独立国であるアメリカ帝国の主権を振りかざせば、反論は可能である。
しかし原首相は何故か言い返そうとはしない。後ろの閣僚と話し合っているようだ。
「しかし、あれは多分日本にだけ言ってなかったんだよな?」
ゲッベルス上級大将は東條少将に尋ねる。他の国の驚かなさ具合からそれは推測出来る。
「恐らくは、そうですね」
「何故だと思う?」
「さあ。日本嫌いなんじゃないですかね?」
「はは。そうかもな」
実際のところはわからない。まあそんなことは問題ではないだろう。
さて、会議は暫し沈黙したが、やがて動きだす。
「アメさん、先程のあなたの提案、今一度お聞かせ願いたい」
原首相は言った。
「と言うと?」
「つまるところ、あなた方は北米を三分するおつもりか、或いは二分するおつもりかを確かめたいのです」
先程の発言は、アメリカ帝国と欧州合衆国で北米を二分するのか、或いはそれに屍人の国を加えて三分するのかの二通りの解釈がある。
「なるほど。結論は、三分です。我々は国を欲しているのです」
「それが世界を明け渡した後の計画ですか」
「そういうことです」
原首相にはその話は伝わっているらしい。この会議の目的が、つまるところ地表の全面が人類のものとなった後の秩序を決めるものであると。
「なるほど。理解しました。事は重大です。少し考える時間を頂けますか?」
「どうぞ。時間はたっぷりありますから」
またも会議は止まる。
大日本帝国の一行は先程より熱い議論を交わしているようだ。中でも原首相につっかかる女性が目に入った。
そして暫くすると原首相は発言を始めた。
「先程は驚かされましたが、ええ、先の提案、受け入れることとしましょう」
議場はどよめく。それはつまり、大日本帝国が北米の勢力圏を削ってもよいと宣言したに等しいからである。
「ありがたいことですが、一応、理由を聞かせてもらえますか?」
「はい。我々は天皇陛下の臣民でありますが、同時にこの地球の市民であります。従って、全人類にとって利益となるべきものに、賛同しない理由はありません」
「本当、なのですか?」
「もちろんであります」
それは明らかに大日本帝国の不利益である。原首相が進んで受け入れる理由がわからない。
しかし、逆に言えばそれは他国にとっての利益である為、あえて反論する者はなかった。
「これで、いいのでしょうか」
東條少将は言う。
「何がだ?」
「結局、チャールズ元帥などがアメリカから追放されっぱなしとなるのがです」
「アメリカ帝国は正式な条約によって建てられたものだし、チャールズ元帥はただの逃亡兵だからな。大日本帝国が致命的に負けた訳でもなおここでは、それを主張するのは無理だろう」
「そう、ですか」
結局、北米の勢力図はそのままの流れで確定された。
西海岸をアメリカ帝国が、中央部にアメの屍人の国が、そして東海岸とカナダが(大英帝国の縁で)アデナウアー大統領の政権の手に収まることとなった。
北米は三国鼎立の状態となったのである。
「旧欧州合衆国の領土はヘス女帝に全面的に委ねられ、北米の一部にはアデナウアー大統領が政権を作る。大西洋はこのように分割されます。念のため、これで何か間違いはありませんか?」
アメは尋ねた。特に反応した者はなかった。
「では、次はオーストラリアの話題としましょう」
最後の議題は大戦の始まる前から紛争地帯であったオーストラリア。アメリカ連邦と大日本帝国が奪い合った土地についてである。




