ヨーロッパ問題Ⅰ
「では次に、戦後の勢力図を決めねばなりません」
白い髪の少女は言った。
今回の戦争は、単なる戦争ではない。ヨーロッパとアフリカでは既存の政府が追放されたり、アラブ連合はアラブ帝国に再編されたりと、戦前と世界の様相が様変わりしているのである。
つまり、この講和会議の主たる目的は、戦争の終結よりも戦後体制の確立なのである。少女もその辺は分かっているようだ。
「と、その前に、少し宜しいですかな?」
ジュガシヴィリ書記長は言った。
「何ですか?」
「これはもっと早く言うべきでしたが、我々はあなたのことを何とお呼びすれば宜しいのですか?名前か呼び名を教えてくださらなければ、流石にやりにくいというものです」
実に真っ当な話である。まさかいちいち白い髪の少女と呼ぶ訳にはいかない。呼び方は必要だ。
「なるほど。そう仰るのならば、私のことは『アメ』と呼んでください」
「アメって、どういう意味だ?」
ゲッベルス上級大将はまた東條少将に小声で尋ねる。
「さあ。普通に考えれば雨でしょうが」
「よくわからんな」
まあ名前の由来などどうでもいい。それが決まったのなら十分だ。
ということで、会議は続く。
「では、気を取り直して、まず議題に挙げたいのは、ヨーロッパの情勢です。現状については、わざわざ説明するまでもないでしょう」
「そうでしょうか?ここにいる全員が全く同じ認識をしているとは限りません」
ヘス女帝は言った。確かに、ここで一度共通認識を持った方がいいだろう。そしてアメもそれに納得したようだ。
「しかし、私がヨーロッパ情勢を語るというのも妙なようですが」
「ならば、私が説明しましょう」
と名乗りを上げたのは、欧州合衆国の残党のヒムラー大佐であった。
彼はおおよそ公平にものを語った。寧ろここで歪曲した歴史を語る不利益を理解していたのだろう。
アデナウアー大統領の保守的、活力のない政治に憤ったNSEAP(国家社会主義ヨーロッパ労働者党)と軍部が違法なクーデタを行い、首都ベルリンを初めとして大陸ヨーロッパの大半を占拠。
その後欧州合衆国はグレートブリテン島に引きこもったものの追い出され、今は北米に大日本帝国の庇護のもと亡命政権を立てている。
「閣下は何か仰らないので?」
東條少将は問う。
「まあ、あえて訂正すべきところもないしな。あのヒムラー大佐、結構現実的な奴だな」
「なるほど」
ゲッベルス上級大将も、クーデタが正当な手段でなかったことは重々承知している。そこを美化するような真似をするつもりはない。それはヘス女帝も同様である。
取りあえず、ヨーロッパ情勢の認識はこれでよい。
「ありがとうございます。端的に言うと、問題は、ヨーロッパを合衆国とライヒでいかに分割するか、或いは片側が完全に併合されるのかということです」
それ以外の国がヨーロッパに進出する道理はない。この二つの国、旧政府と新政府のみがヨーロッパを領有する権利を持っているのだ。
「我々の悲願は、全ヨーロッパの解放。その点に関しては妥協は許されません」
ヘス女帝は強気である。ここに関しては一歩も退く気はない。
「ほう。皆さん、このような不当な反逆、簒奪が罷り通っていいのですか?」
アデナウアー大統領も強気である。彼は正義に訴えるという古典的な手段を用いた。確かに、法の上での正義は完全に彼の側にある。
また彼は続ける。
「ですが、ここでヘス女帝に全ヨーロッパの返還を求めるとあうのは、流石に非現実的であるのは理解しています。そこで私は、グリーンランド及びグレートブリテン島の返還、独立を要求します」
「なりません。ヨーロッパの全ては我らの領土となるべきです」
「盗賊のような政府擬きが、何を仰る」
「盗賊?あなたの方が余程盗賊のようですが」
ヘス女帝とアデナウアー大統領の対立は深刻だ。これではロクな話し合いも出来そうにない。
それを見かねたアメは仲裁に入る。
「お二方、それが大人のすることですか?少しは頭を冷やして下さい」
アメはやれやれといった風にわざとらしく首を振った。
こんな小さな少女に卑下されたのが効いたのか、両名は罵倒の応酬を一旦休止させた。
「ええと、まずは他の国の人の意見を聞きましょうか」
この問題はヨーロッパ国と欧州合衆国との間だけで完結するものではない。多分に国際的な問題なのである。列強間での調整は必須である。
「では、ここはアルファベット順に、アラブ帝国からお願いします」
「はい。では我らの思うところを申し上げます」
ユースフ元帥は言う。




