アイオワにて
アメリカサイドの話です。
崩壊暦213年12月10日17:32
アメリカ連邦軍飛行戦艦アイオワ、アメリカ軍最大の飛行戦艦にして、サンフランシスコ防衛艦隊の旗艦である。
このサンフランシスコ防衛艦隊は現在、沿海部の緒都市、南米攻撃艦隊からの引き抜きによって限界まで肥大化している。見た目はアメリカ最強の艦隊だが、しかし、その実質は指揮系統も一部混乱がみられる程のハリボテだ。
政府はサンフランシスコさえ守れば良いと決め込んでいるようだが、南北より上陸を許せば、いずれは緩慢な死が待つのみだろう。
それに、こんな急場しのぎでサンフランシスコを守れるかも怪しい。
そんなことを思っているのは、サンフランシスコ防衛艦隊の長、軍でも最高のリアリストと名高く、けれども見かけが残念なことで知られ、その位にしては異常に若いと評判のチャールズ元帥である。
ちなみに、元帥ともあろう人がどうしてこんな最前線にいるかといえば、時のルーズベルト大統領が、将校はその兵卒と生死を共にすべしと言い出したからである。
そんなことでも国民受けはいいらしい。
「敵艦隊の様子は?」
チャールズ元帥は鋭い目付きで尋ねる。
「現在、艦砲の射程外、戦闘攻撃機の行動可能圏内で滞空しています。また、攻撃を仕掛けてくる様子はありません」
そう応えるのは、チャールズ元帥と同じく若く、また理知的な雰囲気を纏うアイオワの艦長、ハーバー中将である。
日本艦隊は現在、米艦隊の艦砲の射程ギリギリに止まっている。向こうから攻めてきたのに攻撃してこないとは、数の差に臆したか、何かの策なのか、チャールズ元帥は考えあぐねていた。
「敵航空戦力は我が軍のおよそ半分、攻撃すれば間違いなく勝てる。だが…」
それから30分後、なおも戦端は開かれずにいる。
アイオワ艦内では、攻撃の可否を巡る論争が繰り広げられている。その白熱すること、何処ぞの国の国会を思い起こさせる。
「敵は我々に臆しているだけです!今こそ攻撃の時です!」
「いや、これ程の戦力差で我々の攻撃可能圏に居座り、かといって攻撃する訳でもない。何らかの罠でしょう」
この二人、後者はハーバー中将だが、の発言が二つに割れた参謀連の立場の要約である。
日本人の気質からして、臆しているというのは考えにくい。それに、この距離にも関わらず、不自然に主砲を構えているとの報告もある。
ハーバー中将の根拠は主にこのようである。
しかし参謀達は、例え罠だったとしても、この戦力差を覆すのは不可能だと主張する。
「我々が、日本人ごときの罠で負けはしません。むしろ、中将閣下こそが敵に過度に臆しているだけです。南米戦線で連戦連勝の我が軍を見くびっておられるのか!」
最近の将校は血の気が多い。文民統制の一環として、国民に人気の将官、つまり「勇猛果敢な」将官が登用されているのが主たる原因である。
更には、南米戦線で勝利しか得たことのない将官が自軍の実力を過信することも、事態に拍車をかけている。相手は列国だというのに。
普段ならハーバー中将が彼らを説き伏せるのだが、今回に限っては、中将も明確な根拠を持ち得ていないため、議論は水掛け論に終始している。
また、大和搭載の高性能AIについては、米軍にそれを知る者はいない。
智将と知られるチャールズ元帥やハーバー中将でも、知らない情報を導き出すことは不可能だ。現状では、半ば直感から攻撃の危険性を感じ取っているだけなのだ。
「元帥閣下、いかがしますか?」
そしてチャールズ元帥は静かに告げた。
「中将の提言と参謀諸君の提言、どちらも一理あるが、私は、ハーバー中将の提言を採ろうと思う。
日本軍が不自然にその場にとどまっているのが何より気掛かりだ。
それと、南方出身の将官達は、国力で我が国の10%にも及ばない都市との交戦では、攻撃あるのみで勝てたようだが、今回は、同等の国力、同等の技術力を持った大国との戦争だ。
君らは、敵を過小評価するべきではない」
米軍は様子見を決め込んだ。そもそも、彼らの任務はサンフランシスコの防衛である。日本軍を殲滅する必要などない。
彼らには選択の自由があった。