第二回南部方面Ⅰ
さて、東條少将は取り敢えず防空を命じた。ミサイルごときにやられる艦隊ではないのだ。
「敵、対艦ミサイル斉射!」
「焦ることはないぞ。この程度なら大したことはない」
レーダーに映るミサイルの数は500程。無傷でやり過ごすことこそ難しいが、大きな被害が出るとは思えない数だ。
東條少将の艦隊も、敵の対艦ミサイルに対し対空ミサイルを飛ばす。また、各艦に備え付けられた対空電磁加速砲は、その射程に敵のミサイルが入る瞬間を待ちわびていた。
しかし、東條少将はその時違和感を抱いた。
「あのミサイル、やけに高度が高くはないか?」
艦橋から人の目で見たものに過ぎないが、東條少将には対艦ミサイルが自分達を目指しているようには見えなかった。
これまで何度も何度も対艦ミサイルは見てきている。少なくともその違和感は勘違いではない筈だ。
「確かに、違和感がありますな」
近衛大佐はあまり危機感のない声で言う。
「そうだよな…」
ミサイルが近づくに連れ、違和感は大きくなっていく。まるでそれらが艦隊の上を素通りしようとしているように見えた。
そして、その予見は現実と化した。
「対艦ミサイルの目標は我が艦隊ではありません!」
「わかった。だが、取り敢えず落とせるだけは落とせ」
「はっ」
何とミサイルは艦隊の上を、艦隊など最初から存在していなかったかのように素通りしていったのである。
艦隊は迎撃を試みたが、もともと自らへ直進してくるものを迎撃する為のシステム、それなりの数を撃ち漏らしてしまった。
「後ろ、まさか北部の艦隊を狙う気か?」
「普通のミサイルでは向こうまでは届かないと思われますが…」
「確かにそうだが…」
アラブ帝国艦隊とローマ連合帝国艦隊は、既にお互いの主砲が届かない距離くらいには離れている。それに、南方の艦隊と北方の艦隊も、それと同じくらい離れている。
普通の対艦ミサイルならば、奥の艦隊までは燃料がもたない。途中で落ちるだろう。だが、敵がそれをやろうとしているということは、それが可能である証左に他ならない。
そうとなれば、敵の正体がわからずとも、やるべきことはただ一つ。
「ハンニバル大佐とゲッベルス上級大将に、後方から飛来するミサイルの迎撃を行うよう伝えよ!」
今言って間に合うかは微妙だ。だがやらないよりはいい。
「北部の艦隊は間に合いません!」
「クソッ。ダメか」
北部の艦隊は間に合わなかった。背後から対艦ミサイルに不意打ちを食らう格好となってしまったのだ。
「カルタゴにミサイルが集中しているようです」
「カルタゴか。ならば大丈夫だな」
東條少将は少しだけ胸を撫で下ろした。
敵の狙いは不意打ちによってカルタゴを沈めることだったのだろう。だが、敵には残念なことだが、カルタゴは対艦ミサイル程度では沈まない。
艦隊を狙われるくらいなら、寧ろカルタゴを狙ってくれた方が楽なくらいだ。
しかし、敵がそれに気付いてカルタゴを無視し始める可能性も当然ある。そこで日本軍もミサイルを撃ち始めれば、北部の艦隊の迎撃は間に合わなくなるだろう。
「閣下、チャールズ元帥より通信です」
「繋いでくれ」
通信は直ちに開始される。
「東條少将、ちょっといいかな?」
「はい。構いませんが」
「さっきのミサイルだが、あれの正体は恐らく、我が軍がかつて保有していたケラウノスだ。覚えているか?」
「ええ。よく覚えていますよ」
ケラウノスの最初の被害者は北米侵攻を行っていた日本軍である。ロッキー山脈やら五大湖やらで散々撃たれたのは、東條少将もよく記憶している。
なるほど、それだとすれば、全て納得がいく。
「しかし、何故それをアラブ帝国軍が?」
「北米はもう日本軍が占領したからな。そこから運んできたのだろう」
「では、前にあってあの妙な輸送艦は…」
「まあ、そういうことだろうな。落としておけばよかったな」
おおよそ全てが繋がった。
「まあ、過ぎたことを気にしていても仕方がありませんから」
「そうだな。だが、厄介なことになった。ケラウノスならば、向こうの日本軍すら射程に収める。我が軍の全戦力が射程に入ったと考えていい」
敵はミサイルによる消耗戦を選択肢にいれることが出来る。
普通ならばミサイルのみによる攻撃など大した被害は生まないのだが、それはあくまで防御側の能力の方が攻撃側の能力を上回るからである。
そうでなければ、つまり対空能力を上回る数のミサイルが押し寄せるとなれば、艦隊は瓦解しかねない。
「閣下、日本軍も動き始めました!」
「最悪だ…」
このままでは敵にロクな損害を与えられないまま負ける。次なる作戦が必要だ。




