小康状態
さて、それから6時間程が経過した。両軍ともに打てる手を打ち切り(艦隊決戦は行われず)、戦闘は次第に収束しつつある。
日本軍は震洋による白兵戦の強要を、ローマ連合帝国軍は敵航空部隊の不在を狙って空襲を仕掛けた。それは一見すると双方が痛手を負うように思える。しかし、結果はそんなものではなかった。
「我が方の損害は、戦艦9、巡洋艦8、駆逐艦3となります」
「敵方の損害は、戦艦1、巡洋艦6、駆逐艦8です」
「これは、酷いな…」
ハンニバル大佐も周囲の面々も、皆、意気消沈としていた。この戦いは、完全に日本軍の勝利に終わったと言えるだろう。失ったものが違い過ぎるのだ。
「我が軍の戦闘攻撃機はこうも弱いか」
「決してそのようなことは…」
ハンニバル大佐は嘆いているが、実際のところその評価は正しいものではない。ヨーロッパ国軍の戦闘攻撃機が多数を占める航空艦隊、その質は決して日本軍に劣るものではない。機体の性能、パイロットの練度共に日本軍のそれと十分に張り合えるものであるのは間違いない。
「では何故負けた…?」
「それは…」
「そもそも航空戦力に頼ったからだろうな…」
「た、大佐殿…」
ハンニバル大佐はもう理解している。言葉を濁すのは、ただ理解したくないからであった。
戦闘機や爆撃機の時代はもう終わったのだ。それを迎撃する対空ミサイルや対空砲の進歩に航空機の側が追いついていないからである。
この時代は、戦艦と戦艦がその主砲を以て雌雄を決する時代、大艦巨砲の時代である。戦闘攻撃機はその補佐役に過ぎないのだ。
「判断を誤った。もしも震洋の迎撃に全てを投じていればな…」
艦隊に対する攻撃力は小さいとは言え、震洋の迎撃ならばそれなりの活躍があっただろう。もしそうしていれば、艦隊の被害は間違いなく抑えられていただろう。
「いや、過ぎたことを後悔するのは無意味だ。先のことを考えなければ。もう一度会議だ。東條少将とゲッベルス上級大将に繋いでくれ」
この戦いはそもそも最初から不利な状況で始まった。そしてその不利は拡大を続けている。何か起死回生の一手を打たねばならない。
「ならば、もう奥の手を出してしまおうか?」
ゲッベルス上級大将は言う。
「奥の手、例の宣言ですか」
東條少将は言う。
「ああ。戦争目標の宣言だ」
「上手くいくとはあまり思えませんが」
「まあ、やってみるだけやってみればいい。失敗したところで我等に損はない」
現在、この戦争のローマ連合帝国側の戦争目標は国防である。攻めてきたから反撃する。ただそれだけだ。
しかし、こちらには1つ大義がある。それを世界に発することで、何かが起こるかもしれない。まあ、何の確証もない酷い作戦ではあるのだが。
「それをやるなら、私に一つ策があるぞ」
その時、チャールズ元帥がいきなり通信に割り込んできた。まあ正確には東條少将のところに物理的に押し入ってきたのだが。
「か、閣下?」
「まあまあ、ちょっとマイクを貸してくれたまえ」
「構いませんが…」
そしてチャールズ元帥は自らの作戦を説明する。
「ニューヨークで日本軍がやった策は覚えているか?」
「現地市民を扇動して軍を混乱させたあれですか?」
ハンニバル大佐は言う。かつて日本軍は、ニューヨークを早急に陥落させる為、市内で反政府の暴動を扇動することで、自軍の活動を容易たらしめた。
「そうだ。知ってるのならそれを言えばいいのに」
チャールズ元帥が提案したい策とは、これをそのままアラブ帝国にやってやるというものである。ダマスカスで暴動やらを起こせば、何かしらの変化があるかもしれない。
「しかし、これにダマスカスの人間がそう簡単になびきますか?」
「人間っていうのは単純な生き物だ。少し火種を起こせばすぐに燃え広がると思うぞ」
「まあ、やらないよりはいいでしょうが…」
「なら、決まりだな」
結局、この作戦は承認されることとなった。何故ならば、失敗したところで失うもなどないからである。リスクなしに何かが起こる可能性があるのなら一応やっておこう、そのような消極的な理由から、チャールズ元帥の策は実行に移されることとなった。
「しかし、ダマスカスに味方はいるのか?」
東條少将は問う。
「一応、市内にはこちらのスパイがいます」
ハンニバル大佐は答えた。ダマスカス市内には、既にそこそこの現地人に扮した諜報員はいる。だが、当然ながらそう多くはない。
「それでは流石に数が足りないんじゃないか?」
「それなら、問題ないだろう」
チャールズ元帥は言う。
「と言うと?」
「民衆の扇動に数はそう必要ではない。最初の動きこそ遅れるだろうが、後は勝手に燃え広がるだろう」
「なるほど」
作戦は固まった。後はこれが成功することを祈るのみである。




