北部方面Ⅱ
震洋は次々に飛行艦へと突入していく。ハンニバル大佐は、正直なところ、この全てを撃退出来るとは思っていなかった。せめて少しでも多くの艦を残す、それが目標である。
「特別遊撃隊より通信です」
「やっと準備が整ったか。繋いでくれ」
特別遊撃隊、それは今回のような白兵戦が行われることを想定し、白兵戦のエリートを集めた部隊である。重装甲、高速の飛行艦を用い、危機的な状況の僚艦を救うのが彼等の役目である。
そして、そを率いるは、東條少将のもとで数々の戦いを勝ち抜いてきた牟田口少佐である。ついこの前までは大尉であったが、この部隊の指揮官が尉官では少々物足りないだろうと急遽昇進が決まった男だ。
「牟田口少佐であります。我が隊は今や、大佐殿のご命令があり次第、いつどこにでも出撃出来ます」
「頼もしいな。では早速仕事に向かってもらいたい」
「はっ」
最初の目標は戦艦コートジボワールである。どうも敵は戦艦を集中的に狙っているようだ。全体的に戦艦は苦しい戦いを強いられている。
牟田口少佐の艦はコートジボワールに接舷し、甲板から橋を向こうに渡した。速やかに部隊を送り込む為の専用設備である。やっていることが古代ローマと同レベルなのは皮肉なものだが。
「総員出撃!さっさと敵兵を殲滅するぞ!」
「「おう!!」」
機動装甲服に身を包み、長剣と小銃を構えた部隊は躊躇いもなく艦内に突入していく。突入は、敵が空けてくれた穴から簡単に行ける。
艦内に降り立つや否や、艦内を一挙に制圧させる為、牟田口少佐は部隊を数個に分ける。牟田口少佐自身も当然のことのように前線で剣を振るう。
「前方に多数の屍人!」
「突撃だ!一気に蹴散らせ!」
彼等の武勇を以てすれば、屍人などいとも簡単に蹴散らせる。グレネードランチャーで隊列を乱したところに銃撃を加え、そこに白兵突撃を仕掛ける。機動装甲服によって増幅された力は、屍人の体をいとも簡単に切り裂く。
戦国の世のような有様だが、勝てれば何でもいいのである。
「少佐殿、どうも敵の本隊は艦橋に集まっているようです」
「今は籠城戦の最中か」
「そういうことですね」
「なら、そいつらの背中を刺すぞ」
「そう言うと思っていました」
艦橋を狙うというのは実に真っ当な話である。そして、それを後ろから襲撃すれば簡単に突き崩せるということも。
牟田口少佐の一行はコートジボワールの艦橋を目指して進んだ。そして、案の定艦橋の手前に群がっている屍人の群れを発見する。
「突撃!」
迷うことはない。突撃を仕掛けた。しかし、その瞬間、何の変哲もなかった筈の床が爆発した。牟田口少佐は爆発に巻き込まれ、後ろに大きく吹き飛ばされた。
「少佐!大丈夫ですか!」
「ああ。心配は要らん。だが、一度下がるぞ」
「了解です」
先程は見えなかったが、この中には人間の兵士も紛れ込んでいるに違いない。そうでなくても、少なくとも罠が張り巡らされていることは確かだ。
一度下がって体勢を整える必要がある。
そして、牟田口少佐は一撃を食らわせることもなく、無様な撤退を演じた。戦死者が出なかったのは幸いであったが。
「部隊を集め、四方から敵軍を包囲し殲滅する。各部隊には指定のポイントで待機するように伝えろ」
「艦内での任務は中止でいいよですか?」
「ああ。敵軍は見たところ全部あそこに集まっている。もう他は要らんさ」
「了解です」
牟田口少佐以外の部隊の任務は、艦内に散っていると思われる屍人の殲滅であった。しかし、先程の戦いで見えた敵の陣容からして、そのような屍人の数は少ないと思われる。
特別遊撃隊以外の兵士とて、丸腰である訳ではない。多少の屍人程度なら十分に対処出来るだろう。
しかし、そんなことを論じている中、通路の先からコツコツと足音が聞こえた。
「何者だ?」
「わかりません」
牟田口少佐は殆ど無意識に銃を構え、回りの者もそれに倣った。
やがて人影ははっきりとしてくる。牟田口少佐らと同じ機動装甲服を纏った影が、たった一人で近付いてくる。牟田口少佐はその姿に見覚え、正確には映像で見た記憶があった。
「これは、日本軍の魔女じゃないか」
その影は、ソビエト共和国軍の猛将、ロコソフスキー少将を殺した女、クラミツハであった。
「いつの間にそんな渾名が?」
「俺が勝手にそう呼んでるだけだ」
「そうですか。では、この世からその名を消すことにしましょう」
クラミツハは無機質な機械のようにしゃべる。余裕を持っているどころか、牟田口少佐を取るに足らない存在と見なしているようであった。
そして、彼女ら静かに日本刀を構えた。
「刀?」
「ええ。機動装甲服を着た人間を殺すにはこっちの方が楽なんですよ」
「なるほど。ではこちらも」
牟田口少佐もまた、鋭い日本刀を構えた。




