束の間の休日
米艦隊は、ヒューロン湖より、進攻してきた日本艦隊を撃退した。また、ニミッツ大将のアルテミスは、その威力を存分に発揮し、日本軍の艦隊を大混乱に陥れることに成功した。
流星作戦の名のもとに、デトロイト攻略を目指した日本軍は、米艦隊の逆撃によって、大損害を被ることとなったのだ。
そして、戦闘を終えたチャールズ元帥率いる米軍は、デトロイトへの帰還の途にある。
「ニミッツ大将、今回は、よくやってくれた。貴官の活躍は、五大湖で一番のものだ。これからも、湖上要塞の運用や、艦隊の指揮の補助を頼むぞ」
「お褒めにあずかり、光栄であります。今後とも、閣下の元で、連邦の為、働かせて頂きます」
チャールズ元帥は、現在アイオワにいるニミッツ大将に、賛辞を呈する。 今回の勝利の最大の功績は、ニミッツ大将にあるだろう。
チャールズ元帥からすると、政府の差し金とも思える男ではあったが、その優秀さは、砲兵の指揮や物資戦略なと、多岐に渡って輝くものである。
「閣下、わかってはいられるでしょうが、くれぐれも、この程度の勝利で一喜一憂してはなりません。敵が如何なるか、奇策を繰り出してくるやも知れません。あくまで、確実な勝利を求める方がが良いでしょう」
「確かに、そうだな。ロッキー山脈では、一度日本軍に大打撃を与えながらも負けたからな。覚えておこう」
米艦隊全体には、ここ最近の逃げ続きの反動からか、勝利を喜ぶ雰囲気が強く満ちている。
しかし、ハーバー中将は、その状況でもリアリズムを貫く。これまでも、散々日本軍が繰り出す奇策にまんまと嵌まってきた。
ここは、アメリカ連邦最強の拠点であり、防御は硬いが、逆に言えば、それを失った時の影響も絶大なのだ決して、五大湖を奪われる訳にはいかない。
そして、戦闘より、半日が過ぎたころ、米艦隊は、デトロイトにたどり着いた。
米艦隊はここで、暫しの間、休息と補給に努めることになる。
デトロイトの住民には、スペシガン陥落の知らせを受け、ヒューロン湖の安泰をも不安視する風潮があったが、僅かな損害のみで日本軍を撃退して米艦隊を見て、それも消し飛んだようである。
米艦隊は空港に降り立つが、その周囲には、凱旋を祝う人々が押し掛けている。
「国民は、今のところは厭戦には至っていないようだな」
「はい、閣下。政府のプロパガンダは、正常に機能しているのでしょう」
ハーバー中将が言及するプロパガンダとは、アメリカ連邦政府の、戦線がここまで東になっていることの言い訳のことである。
実際は、防衛態勢が整わず、湖上要塞たる五大湖まで逃げてきた訳だが、ルーズベルト大統領は、それらは戦略的にもっとも少ない犠牲で勝利するためであったと喧伝している。
「プロパガンダ、か。まったく、我々の政府は、いつからこんなことをし始めたんだか」
「今に始まったことではないでしょう。古来、民主主義国家は、民衆の支持を得るため、多種多様な虚構を作り上げてきました」
「それもそうだな。所詮、今を生きる私達も、何千年も昔からは大して変わっていないのかもな」
ルーズベルト政権は、宣伝が得意な政府だと、有識者には認識されている。自らのミスを隠し、過度に脚色したストーリーを信じ込ませるのは、彼らの十八番である。
まあ、民主主義国家というものは、それが成立した瞬間から、本質は変わっていない。政治家が国民を操る傍、国民に「我々が国家を運営しているのだ」と思い込ませることによって、統治を容易にする。その本質は、恐らく千年は変わらないだろう。
「政府より、入電です」
艦隊の頭の二人がブラックジョークを交わしていると、奇遇にもその連邦政府から、電文が飛んできた。
チャールズ元帥は、それに目を通す。
「スペシガンを奪還せよ、だと」
「そのようです」
電文が言うには、連邦政府は、チャールズ元帥に対して、敵の戦力が整わないうちに、スペシガンを奪還させたいようだ。
しかし、それではアルテミスが使えず、恐らくは無駄な犠牲が出る。チャールズ元帥は、端からヒューロン湖での決戦を志向していたため、この指令には苛立つばかりである。
「向こうの参謀総長は何をやってるんだ。わざわざ、アルテミスを使えない場所で戦えだと?」
チャールズ元帥は、怒りに満ちた声とともに、電文を睨み付ける。
しかし、これは政府の決定であり、致命的なまでに不条理である訳でもない。チャールズ元帥は、それに従うしかないのだ。
「閣下、堪えて下さい。決して、これは、無謀な攻撃ではありません」
「ああ、わかっているさ」
デトロイトでの休息は、早速、返上することになりそうだ。




