南部方面Ⅲ
アラブ帝国軍の砲火に晒されながらも、艦隊は怯むことなく進んでいく。ただ一点を目指して。
「ジブリール、離れています!追い付けません!」
「これ以上速くならないのか!?」
「艦隊では、これが限界です!」
「クソッ…」
砲火の応酬を続けながら前進する艦隊と、何の障害もなく下がっていくジブリールとでは、ジブリールの方が速く動けるに決まっている。
ジブリールがその攻撃によってエネルギーを消耗し、速力が落ちることも期待されたが、旧文明の兵器にそんなことはないようである。
だが、まだ万策尽きた訳ではない。
「大和を使う。本艦、ただ一隻で敵艦隊に突入し、ジブリールを討つ!」
東條少将はそんな無謀な作戦を宣言した。
「そんな、無茶ですよ!」
「大和ならば耐えられる。ジブリールを沈め次第、即座に後退すれば、何とかなるだろう」
「何とかなる、とは…」
「議論している暇はない。行くぞ!」
部下の進言は一蹴し、東條少将はこの策を無理矢理実行に移した。
ジブリールの速度は、今のところ大和のそれ以下である。そして恐らく、それが最高速度であると思われる。大和単騎で突っ込めば、望みはある。
「閣下、前方の砲塔から弾を抜いておくのはどうでしょうか?」
大和は言った。確かに、そうすれば砲弾が誘爆することはない。
「そうだな。直ちに一番砲塔の砲弾を他の砲塔、或いは艦内の適当な場所に移せ!」
これでジブリールに狙われても暫くは耐えられる。
「よし。全速前進!ジブリールに向かえ!」
そして大和は艦隊を置き去りにしたまま敵艦隊への突撃を開始した。
前後左右は全て敵艦。その攻撃が大和に集中するのは想像に難くない。砲弾やミサイルが次々と装甲にぶち当たる。だが、大和の強固な装甲を撃ち破るには至らない。
ジブリールとの距離は詰まってきている。読みは当たりだった。このまま行けば、目標は達成出来る。
そして東條少将は更なる追い討ちをかけた。
「全艦、大和前方の敵艦に火力を集中させよ!一気に道を切り開く!」
全艦隊の砲撃が一本の線上に集中される。大和を止めようとした敵艦は、その砲撃と大和そのものからの攻撃によって無力化されていった。
だが、さしもの大和の装甲も、ヒビが入り始めている。
「右舷に被弾!損害は重度!」
「航行に影響はないか?」
「問題ありません!しかし、迎撃ミサイルが数基やられました!」
「構わん!進め!」
それはつまり、右舷の対空能力が低下したということだ。敵の対艦ミサイルを迎撃仕切れなくなるのは必至である。
しかし、東條少将はそれでもなお前進を指示した。ジブリールはまだ手の届くところにあるのだ。
「ジブリールまで残り1kmを切りました!」
「よし!あと少しだ!二番、三番砲塔、砲撃用意!」
「ジブリールから攻撃!一番砲塔です!」
「それは問題ないはすだ…」
ジブリールは大和を引き付けてから攻撃する算段らしい。確かに、距離が近い程光学兵器の威力は増す。
だが、一番砲塔には砲弾などない。装甲が熔解し、薬室が剥き出しになろうとも問題はない。
東條少将は構わず進撃を命ずる。
「残り500!」
「このまま進め」
「前面装甲に攻撃!」
「まだやるか!退くことは出来ない!進め!」
敵はこちらの手品を見破ったと見える。堅実に装甲を削る方針に移ったようだ。客観的に見れば実に賢明な判断である。
「周囲の乗組員に避難を命じます。いいですか?」
「あ、ああ。そうしてくれ!」
数十km離れていても砲塔を溶かせるレーザーだ。この近距離では如何なる装甲とて耐えられないだろう。だが、装甲が破られたからといって、大和が沈む訳ではない。
「残り100!」
「前面装甲、半分が熔解!」
「全速前進だ!射程に入り次第撃つぞ!」
たったの数十秒で大和の装甲が半分溶かされた。凄まじい火力である。このままでは艦内が火の海になるだろう。
「射程に入りました!」
「全艦撃て!」
大和の主砲がジブリールを捉えた方が僅かに早かった。主砲は火を吹き、ジブリールを撃った。
「命中しました!」
「レーザーは停止!」
砲弾はジブリールに直撃した。あの特徴的な方針はへし折られた。そして、ちょうど主機に当たったのか、ジブリールは煙を上げながら高度を落としていく。
「やったぞ!」
その瞬間、歓声が上がった。しかし、忘れてはならない。ここが敵中であることを。
「撤退!撤退だ!」
大和は船首を反転させ、味方艦隊に向かって全速前進を始めた。




