日本軍の奇襲Ⅱ
「では、まずはヘス陛下にソビエト共和国に殴り込みにいく許可を取りますか」
「それがいい」
という訳でゲッベルス上級大将は通信回線を開き、ベルリンにいるヘス女帝に通信をかける。
ド・ゴール上級大将の方は一旦部屋を出た。
「ゲッベルス上級大将、どうしましたか?」
「総統閣下、この度の日本軍の行動、ご存知ですよね?」
「私は総統ではなくなりましたが、はい。報告は受けています」
「これは失礼。では陛下、これに対して私は、ソビエト共和国にアラブ帝国の背中を突くように要請したく存じ上げます。宜しいですか?」
「ええ。構いませんよ。あなたが最善だと思う方法を選んで下さい」
「はっ。承知しました」
ヘス女帝の許可はあっさり取れた。まあゲッベルス上級大将の予想通りである。
「しかし、『陛下』とは、慣れんな…」
彼は呟いた。彼にとってジークルーン・ヘスは総統であって、陛下と呼ぶのはなかなか違和感があるものであった。
それが慣れの問題なのか、或いはそもそも皇帝というのが嫌いなのかはわからなかったが。まあそんなことは今はどうでもいい。
その後ゲッベルス上級大将はド・ゴール上級大将を再び呼び寄せた。
「それで、首尾は?」
「問題ありません。これからソビエト共和国に対し、攻勢を要請します」
「それはよかった。では、ソビエト共和国の参謀本部に通信を入れようか」
「ええ。そうします。しかし、ド・ゴール閣下も出ますか?」
「どっちでもいいが」
「まあ、なら近くで見てて下さい。何かあったら助太刀を頼むかもしれません」
「了解だ」
今度も通信するのはゲッベルス上級大将である。ド・ゴール上級大将は、正直なところいようがいまいが変わらないが、まあ一応隣席という形を取る。
そして通信をかけると、出てきたのは予想通りジューコフ大将である。
「ゲッベルス上級大将です」
「上級大将閣下、こちらはジューコフ大将です。今度はどのようのご用件で?」
「今回の日本軍の奇襲に関する話です」
そしてゲッベルス上級大将は例の話をジューコフ大将に説明した。
「なるほど。我々も今そのように考えていたところです」
「おお。それはいい」
ソビエト共和国側でもアラブ帝国への攻勢を考えていたようだ。まあ確かに、敵軍の前線の戦力が半減すれば攻勢の一つや二つはかけたくなるだろう。
驚くべきことではない。寧ろそうでなければ困るくらいだ。
「ついては、大将には強力な攻撃を要請した頂きたい。我が軍が企画している決戦が少しでも優位に運ぶように」
「はい。そのつもりではあります。しかし…」
ジューコフ大将は突然言葉に詰まった。いつも自信に満ちた彼らしくないことだ。
「どうしましたか?」
「残念ながら、1、2週間の内にアラブ帝国の奥地まで攻めいることは困難を伴うと考えられます。恐らく日本軍もアラブ軍もこの決戦に全てをかけるつもりと思われますので、我が軍には余り期待なさらない方がいいかと」
「なるほど」
もしも彼らがアラブ帝国を時間稼ぎの為に捧げるつもりならば、ソビエト共和国軍による攻勢は殆ど無意味であると考えられる。いくら倍の飛行艦隊を持っていたしても、そう一瞬で国は落とせない。
そして、日本軍とアラブ軍がそれを前提に行動している公算はかなり大きいのである。
「可能な限りの攻勢をリヤドに向けて行って頂けますか?」
「リヤド?」
「ええ。彼の国は君主制。その居城が落とされることには相当な抵抗がある筈です」
リヤドが危機に晒されれば、アラブ帝国軍も艦隊を防衛に引き抜いてくるかもしれない。そうなれば地中海の方の状況は良くなる。
「つまり、リヤドまでの穴を穿てばいいのですね」
「そうです。まあ、これが上手くいく保証はありませんが」
「可能性が最も大きいのは確かです。わかりました。我が軍はそのように動きましょう」
「感謝します」
可能性はそれでも少ない。だが、最善を尽くすとなれば、イランやシリアの方面は無視し、アラブ帝国首都たるリヤドを目指すのがよいだろう。
だが、その針路を取ったとしても、間にはそれなりの都市がある。決して楽な話ではない。
「しかし、これだけは言っておきますが、我が軍がリヤドに間に合う保証もまたありません。もちろん努力はしますが」
「それで構いません。寧ろ、ソビエト共和国軍にその意志があると示せれば十分です」
「ありがとうございます。他に話はありますか?」
「いえ。これで終わりです。お互いに武運を」
「はい。武運を祈ります」
ソビエト共和国との話も上手く纏まった。まあこっちは成功の公算がそもそも低いが。
「上手くいくかは賭けだな」
ド・ゴール上級大将は言った。
「ええ。あっちのスルタン様が惰弱であるのを祈るしかありません」
だがゲッベルス上級大将は知っている。クーデタで政権を掌握しスルタン位を開始したような人間が惰弱である筈はないと。




