献策Ⅲ
「それで、ですが、誰がアラブ帝国に赴くのでしょうか?」
山本中将はうって変わって弱々しく尋ねた。
「鈴木大将の言うように、それなりの地位の人間を送らねばならんな」
陸軍大臣は言う。
「では、大臣閣下が行かれてはどうでしょうか?」
「私は、いざという時に備えてここを離れるわけにはいかんのでな」
「え、それは私も同じだったような…」
「まあまあ、過ぎたことは気にするな」
陸軍大臣は何らかの緊急事態が起こった際の対応の為という言い訳でアラブ帝国送りを回避した。では何故山本中将が行くことは許されたのかという問いは切り捨てて。
「私が行ってもいいんですが…」
原首相は言う。まあ確かに、今回の事案は首相自ら赴くに足るものだ。だが何やら不都合があるといった様子。
「何か問題でも?」
「生憎私は戦争については素人なもので。私が行ってもロクな議論が出来るとすら思えないのですよ」
「な、なるほど…」
原首相もまた自身が軍事に関して無知であるという理由をつけて逃げた。今までの発言を鑑みるに絶対にそんな筈はないだろうに。
「で、私に回ってくるのですか、これは」
「このままだとそうかもな」
「はあ、酷いですよ、皆さん」
山本中将は溜息を吐いた。しかし、その時彼に救世主が現れた。
「では、私が行きましょうか」
そう言うは伊達公爵である。山本中将は彼が神仏の化身であるかのように縋りついた。
「い、いいのですか?」
「ええ。たまには華族も仕事はしませんと」
「公爵様がそう言われるのであらば、是非ともお願い申し上げます」
そして伊達公爵のアラブ帝国送りは流れのままに決定された。後は天皇陛下がこれに勅許を与えるか否かの問題である。まあ恐らく問題ないだろうが。
「天皇陛下、かくありますように、伊達公爵がアラブ帝国の地へと赴くこと、お許し頂けますでしょうか」
「良い。当人がそれを望むのであらば、それを拒む道理はあるまい」
「はっ。御意のままに」
という訳で、伊達公爵は早速ダマスカスにやって来た。先ほどの会議からおよそ3時間後のことである。スルタン・サッダームにも会う約束を取り付けることに成功している。
「公爵殿、此度はいかなる要件で?」
スルタンは尋ねる。
「私めは、陛下にある要請をしに参上仕りました」
「言ってみてくれ」
「はっ。まず陛下、ローマ連合帝国とやらがアラブ帝国に対し大規模な攻勢をかけようとしていること、ご存知であらせられますか?」
「知っている。奴ら、全戦力を投入するとは大胆なことをするな」
まずスルタン・サッダームはローマ連合帝国の計画について知っているようだ。話の前提は共有出来る。しかし、それにしては焦っている様子がないのが妙だが。
「それについて、我が軍は、黒海を渡りヨーロッパ本土を急襲する計画を立案致しました。陛下には、それに協力して頂きたく存じます」
「ほう。北方の守りを捨てると言うか」
「いかにも。その間、我が軍が敵艦隊を撃滅するまで、アラブ帝国には時間を稼いで頂きたい」
さて、常識的に考えて非常に無礼な要請である。果たしてスルタン・サッダームはこれを受け入れるのか。
「何個艦隊を出すつもりだ?」
「我が軍の全てでございます」
「我々だけで国を守れと?」
「はい。しかし、ローマ軍撃滅の暁には、我が軍は直ちに陛下の救援に参上致します」
「なるほど。では、その話、乗った」
何とスルタン・サッダームはさしたる躊躇いもなしの大日本帝国側の要請を受諾した。これには伊達公爵もびっくりである。
「本当に宜しいので?言いようによっては貴国を人間の盾にするような話ですよ」
「わかっている。だが、我々とて理解しているのだ。敵の大軍を撃滅するには何かを犠牲にせねばならんとな」
「勝利か死か、というわけですか」
「その通りだ。どんな傷を負っても生き残らねばならん」
「陛下は実に懸命なお方であらせられる」
アラブ帝国はアラブ帝国で重大さを理解したいたらしい。その為に自国を犠牲にする程の現実的な感覚も持っているようだ。それをもっと早く発揮して欲しかったが。
「来る決戦、共に力を合わせ戦おうではないか」
「ええ。我らの力を思い知らせてやりましょう」
かくして今回の交渉はうまくいった。
その後伊達公爵は速攻で大本営へと帰ってきた。
「という訳で、サッダーム陛下は我々に賛同しました」
「素晴らしい。それでは決戦への準備を進めようではないか」
陸軍大臣は言った。
決戦の足音はすぐそこにまで迫っている。
この大戦の趨勢を一気に決する大戦が幕を開けようとしていた。




