アウグストゥスⅤ
「一度話を整理しましょうか」
クビツェクは提案した。一同これに大賛成である。彼はこの時点で決まっていることを順を追って振り返った。そして現下の問題を示す。
「…つまり、後はこの二点を比較し、どちらを取るべきか考えれば良いのです」
経済的な利を取るか軍事的な利を取るか、それを決めればよい。
「それによって、実利面で合邦が支持されるか否かが決定されますね」
ゲーリング大将は言う。
「はい。そういうことになります」
「それに加え、まだ正義に関する議論は終わっていないことを忘れるべきではありません」
「ええ。承知しています」
振り返ってみればそもそもの始まりは義を取るか利を取るかの議論であった。そしてそこから合邦がそもそも利益をもたらすかについてのみを議論するようになったのだ。
今はまだその段階の途中である。
「では、取り敢えず正義の問題は置いておいて、合邦が利益をもたらすのかを考えましょう。ご意見のある方は?」
「それでは余がまず言おう」
ヴィルヘルム5世は言った。
「はっ。お願い致します」
「うむ。余は、経済か軍事かどちらかを取らざるを得ない場合、軍事を取る。軍事予算というのは結局国民に還元されるものだ。軍国主義とて経済は十分に発展し得る。軍国主義は結局国民経済を発展させることに繋げるのだ。大は小を兼ねるとは正にこのことではないか」
ヴィルヘルム5世は軍事を優先すべきという。つまり、ヘス総統の皇帝即位と合邦に賛成する側に着いたのである。
彼が言うには。軍国主義は経済と軍事を同時に重視出来るが、経済だけを重視するような政策では経済だけが発展する。それならば、一挙両得の軍国主義の方は素晴らしい。
「ええと、誰か反論のある方は、いらっしゃらないのですか?」
クビツェクは少々困惑しながら尋ねた。というのも、ヴィルヘルム5世に反論する人間が一向に現れないのである。先ほどまではあんな激論を繰り広げていたというのに。
そして、その後も沈黙が続いた。
「げ、ゲーリング大将閣下などは、何かないのですか?」
クビツェクはヴィルヘルム5世に必ず反論する男に聞いてみた。すると返ってきたのは意外な返事であった。
「敢えて反論するものもありません。一度感情を消去し、経済と軍事を比べるところだけを客観的に見れば、軍事を優先すべきなのは明らかでありました」
「は、はあ。では、もうヘス総統が皇帝となった方がライヒに利益があるということで宜しいですか?」
そうしてこの点に関しては案外あっさりと決まってしまった。拍子抜けという感じであった。
「はい、では、次は問題の、正義か利益かというやつですね」
クビツェクは明らかにやる気の見えない感じで言った。というのも、この議題は本質的に明確な解答がないからである。
ここまでの議論で合邦は利益となるという結論が得られた。しかし、そもそも平民であった筈のヘス総統が皇帝などと名乗っていいのかという点について反対する者もいる。そういった者も含めた合意は形成しておいた方が後々の為だろう。
「それでは、まずは私から」
ゲーリング大将は言った。
「はい。どうぞ」
「私は、ヘス総統が皇帝となることに賛成致します」
「え?」
クビツェクは思わず驚きも声を出してしまった。何せ、これまでずっとそれに反対してきた彼が手のひらを間反対にひっくり返したのである。
「言い間違えではありません。私は、正義と利益のどちらかを取ると考えた時、利益を取るべきだと考えます。例えそれが不正義で気に食わないことであろうとも、指導者はそれを選択するべきであります」
「不正義だという認識は変わらぬのだな」
ヴィルヘルム5世は言う。
「それすらも、揺らいでいます。陛下のような尊敬すべき君主を見るに、貴族は平民に寄り添えないというのは誤解であったように思い始めたのです」
「それはよかった。君主主義者は大歓迎だ」
「もっとも、私が合邦を支持する理由は、単に指導者は感情を殺すべきであると考えたからでありますが」
ゲーリング大将はあくまでヘス総統が総統でなくなることを嫌がっているらしい。しかし同時に為政者としての心得もあるようだ。そしてその二つを天秤にかけ、後者を選んだようだ。
さて、そうなると合邦に反対する大きな勢力はなくなってしまった。突撃隊も指導者たるゲーリング大将が転向してしまえばすぐに瓦解した。
「それでは、議論は尽くされ、結論は出たようです。本党大会はヘス総統が我らがライヒとアフリカ帝国の皇帝となり同君連合を築くことを支持する。宜しいですね」
そしてそれはそのまま可決された。
この決定は必ずしも拘束力を持つものではない。とは言え、ヘス総統は恐らく党員と国民と君主達の意思に従うであろう。




