アウグストゥスⅣ
「だがな、大将、それは本末転倒というものだ。戦争は常に最善の状況を用意して行うもの、違いますかな?」
ド・ゴール上級大将は鋭い言葉を投げかけた。
戦争は出来るからいいというものではない。出来得る限り自陣営に有利な状況を作り出し、犠牲を少なく楽に勝とうと努めるのもまた立派な戦争である。
ゲーリング大将の発言は、それが非効率であると認めた時点で、自分で自分の首を絞めたようなものなのだ。
「確かに、確かにこの戦争に限った話で言えば、合邦こそ相応しいものであります。しかし、将来のことも考えてみて頂きたい。劣悪なアフリカ軍と我が軍が混じれば、我が軍の精強さは損なわれてしまいましょう」
「ほう。そんな精神論の如きが罷り通るとでも思っているのですかな?」
「精神論とは心外な。私はあくまで論理的な推察を述べたまでであります」
「はあ、君の理性はどこに飛んで行ったのかね?」
「閣下、個人への攻撃は討議の常識というものに著しく反すると考えますが」
「ああ、そうだな。今のは私の失言だ。だが、大将の話に筋が通っていないことは事実ですがね」
ゲーリング大将の敗勢は明らかだった。この点に関して、ゲーリング大将はただそれらしい言葉を適当に並べるだけの存在になっていた。当然、そんな理論がド・ゴール上級大将に通じる訳がない。
さて、ゲーリング大将が反論を考えていたところ、ド・ゴール上級大将は更に言葉を重ねた。
「大将の思想は、どうも偏狭な民族主義が見られます。それについて、何か言いたいことは?」
アフリカ帝国軍とヨーロッパ国軍、装備は確かに差があるが、人には大した差はない。仮にも内戦を勝ち抜いた者達だ。少し磨けば眩く輝くだろう。
その事実はゲーリング大将にも分かる筈。
であれば、彼の頭の奥底には、アフリカ人はヨーロッパ人に劣っているというバイアスがかかっていると考えられる。
「確かに、否定は致しません。いいえ、寧ろ肯定すらしましょう。私は、ヨーロッパ人がアフリカ人より優れているというのは、歴史的な事実であると考えます」
「なるほど。しかし、だからと言って彼らは奴隷の如く扱うのは違うでしょうな。優秀な民族の努めは劣等な民族を領導し、以て人類全体の幸福を図ることでしょう」
「閣下も立派な民族主義者であらせられますな」
「さあ。どっちにしろ、今は大将を口説き落とせればいいのですよ」
議論が全く別の方向に飛んでいく。この調子では合意など見出せそうもない。いつの間にか民族主義の是非を巡る話になるとは。
「2人とも、もう少し本来の目的に沿った話し合いをしてくれませんか?」
ゲッベルス上級大将は止めに入った。
「だが、この大将を他にどうやって言いくるめよと?」
「まあ、私は知らんですが、さっさとこの不幸な議論を終わらせる為に、アフリカ帝国軍と我が軍が合同したらその質は下がるのか、ヤーかナインかで決めればどうです?」
「なるほど。そうしようか」
ド・ゴール上級大将は即行でゲッベルス上級大将の提案を呑んだ。同時にゲーリング大将も合意した。しかし、そうは言っても肝心の手段がない。さっさと決めると言っても、決まらなのは決まらないのである。
「では、多数決でどうかね」
「多数決?」
ド・ゴール上級大将はやけくそみたいなことを言い出した。まあそれが最速の手段であることは間違いないが。
「それしかないじゃないか」
「確かに。この先には水掛け論しか期待出来ませんからね」
「そういうことだ」
ゲーリング大将もあっさりと承諾し、この奇妙で漠然とした問題について多数決が行われることとなった。
ド・ゴール上級大将は運営をクビツェクに丸投げし、ただの一票になることにした。ゲーリング大将もまた、クビツェクに全てを任せた。
そうして彼の元に結果が集計される。
「それでは、結果をおしらせします」
クビツェクはたいそう嫌そうな顔で言った。無理もない。こういう役は何の罪もないのに負けた側から言われのない怒りを向けられるのだ。
「票数としましては、ド・ゴール上級大将閣下の意見、アフリカ帝国軍と我が軍が合同したとしても我が軍の質が下がることはない、という方の票の方が多く集まりました。この多数決には何の拘束力もありませんが、参考意見としてご活用下さい」
そう言い切った後クビツェクはすぐさま下がっていった。
「なるほど。私の負けでありますか。なれば、これ以上私が言うことはありません」
ゲーリング大将は言った。
「しかし、これで終わりでもないんだよなあ」
ゲッベルス上級大将は言った。
今のところ、欧阿合邦について、経済面では合邦は否定され、軍事面では肯定されるという結論が得られている。一番厄介なパターンである。
次は、経済と軍事のどちらを優先すべきかという議論が始まるのだろう。




