帰参
「どうしても戦争を継続されると仰るのですか?」
「ええ。我々の利益の為に」
「見解の相違は甚だしいようですね」
その後結局山本中将がユースフ元帥を説き伏せることは叶わなかった。
ユースフ元帥からしてみれば、大日本帝国はアラブ帝国の勢力伸張を抑え込もうとしているようにしか見えなかったのである。それでは、話など通じる筈もない。
「それでは、また無事に会えることを祈っております」
山本中将は通信を終えるとため息を吐いた。本国に戻ったらどうどやされるか分かったものではないからだ。それに、スルタンにもこの残念な結果を報告せねばならない。
「中将、元帥は何と?」
「戦争は断固として継続するとのことです」
「なるほど。そうだろうと思っていた」
「陛下も、やはりユースフ元帥と同じようにお考えになるのですか?」
「その通りだ。軍事に関しては、彼の見解が私の見解だと思っていい」
山本中将は最後の手段として君主に情で訴えるというのを用意していたのだが、それも無理そうである。自分の専門外のことは有能な部下に一任出来るあたり、スルタン・サッダームは十分に君主たる素質を持っているようだ。
全く今の情勢とは関係ないことだが、この情報だけは持ち帰れそうである。
「それでは、私はここらで本国に帰ろうと思います。長居は不要ですので」
「それがいい。帰ったら、そちらの天皇陛下によろしく言っといてくれ」
「そ、それは…」
それは流石に畏れ多いことだった。天皇相手にそんな軽口は聞けないのである。
「冗談だ。まあ、我らは貴国の従属国ではないと伝えておいてくれ」
「承知しました…」
そうして山本中将は何の成果も得ないままに帰国した。
「それで、アラブとの交渉の結果は?」
陸軍大臣は尋ねた。山本中将は暗い顔でその成果のないのを語った。
「そうか。奴ら、マトモな頭もないようだな」
「大臣殿?」
意外なことの、陸軍大臣の怒りはアラブ帝国に向いた。と言うか、端から彼らが停戦に応じる訳もないと気づいていたのだろう。人が悪い。
「困りましたね。我々だけが戦争から抜ける訳にも行きませんし」
原首相は言った。
大日本帝国だけが戦争を抜けるというのは論外だ。それではアラブ帝国が滅亡する。世界の均衡は好ましくない方向に傾いてしまうだろう。
よって、アラブ帝国が継戦を宣するのなら、大日本帝国もまた、戦を続けるしかない。
だが、前にあったように、その先に待つ未来は世界の覇者になるか破滅かの二者択一なのである。そんな危険な賭けに手を出したくはない。そのチップは大日本帝国そのものなのだ。
「しかし、中将の話を聞く限りだと、どうもアラブ帝国と我らの間に齟齬が生じているようですが」
滅多に口を挟まない伊達公爵は言った。
「ええ。彼らは我らの本気の警告を、我が国による主権への侵害であると受け取っているようです」
「それはまた。やはり陸軍大臣の認識は正しいようだ…」
「ご冗談を」
まあ冗談などでは済まないのだが。
アラブ帝国は恐らく本気でこの戦争が勝ち戦であると信じている。それが戦争を止めろと言われたらどう受け取るだろうか。自国の権益を侵されていると感じるだろう。
アラブ帝国が戦勝を信じている限り、いかなる言葉も跳ね除けられるだけであろう。極めて厄介な事態となってしまった。
「戦争継続の路線でいく場合、やはり今は動けません。状況を見守るしかないかと」
山本中将は言う。
「確かに。しかし、思うのですが、要はアラブ帝国に敗戦の可能性を突きつければ万事解決するのですよね?」
原首相は言った。
「それは、そうです。彼らがそれを知れば、講話も受け入れると思われます」
「ならば、ここでこのまま奴らを放置していれば、どこかで攻勢の限界を認識してくれるかもしれませんな」
「なるほど。その可能性もありますね」
原首相はアラブ帝国がマトモな理性を取り戻すことにかけた。これが上手くいけば、全て丸く収まる。
もっとも、いずれの道を選ぶにせよ、取り敢えず帝国軍が取るべき道は変わらない。北米駐屯の飛行艦隊を常時稼働可能な状態にしておくことだけだ。
「では、大本営としては取り立てて大きな決定もなく、現状を維持すべしということで宜しいですか?」
山本中将は尋ねた。皆、無言で頷いた。
「陛下、以下のように奏上致します。ご裁可を」
「良い。諸君が最善と思う道へ進め」
「はっ。ありがたきお言葉に御座います」
結局、戦略的な状況に変化はなし。
東方軍の伊藤中将はまだ暇から解放されず、西方軍の鈴木大将も睨み合いを続ける羽目になるのである。




