大本営の戦略
崩壊暦215年9月15日08:23
大本営は悩んでいた。どうやっても戦局打開の一手が打てないのである。
「たかが1個艦隊の差とは思われない方がよろしいかと。大局を左右する戦で不利に戦うことになるのですから」
山本参謀総長は言った。
大日本帝国とアラブ帝国の戦力の合計は、敵より1個艦隊だけ少ない。つまり、必ずどこかで戦力的な不利が生じるということだ。
かつては震洋などを投入し戦力差を跳ね返したが、もう出せる手は残されていない。最早手は読まれ切っている。
大日本帝国が行動に出ることを躊躇う第一の理由はこれである。
「北米軍を投入し部分的な数的優位を以て敵に大損害を強いる、というのも、無理な話か」
陸軍大臣は言う。
北米に待機させてある6個艦隊は現状、ヨーロッパ国とアフリカ帝国に同時に警戒させることによって、6個艦隊以上の戦力を釣り出すことに成功している。
しかし、それはあくまで北米に待機しているから為せる業であり、本当に侵攻を始めれば、侵攻を受けていない方の軍は自由にってしまう。
そうなれば、アラブ帝国から簡単に切り崩されるという未来は目に見えている。
「今のところは千日手を続けて好機を待つしかありませんね」
「うむ。もっとも、現段階の参戦勢力以外の要素といえば、南米連邦くらいしかないがな」
「もっともです」
戦局打開の好機といえば、考え得るのは非参戦勢力の参戦くらいしかない。敵が不用心に動き出すのも期待されるが、その可能性はあまり高くはない。
しかし、現段階で唯一の中立勢力たる南米連邦が動いたところで、その戦力などたかが知れている。大した足しにはなるまい。
「一応聞いておくが、南米連邦の保有艦隊はどのくらいだ?」
陸軍大臣は尋ねた。
「総計で1個艦隊にも満たないものです。飛行戦艦、飛行空母に至っては1隻ずつしか保有していません」
「なるほど。敵に回ろうと大した脅威にはなり得ないか」
結局、この状況を打開する手はなかった。
現状維持くらいしか、今打てる手はないのである。
「交戦気分のところ悪いですが、ここはもう講和しかないのでは?」
原首相は言った。
「何だと?宣戦布告の後1ヶ月で講和を申し込む奴があるか?」
陸軍大臣は反駁する。少なくともその考えは彼の中にはない。いや、原首相以外誰の頭の中にもその考えはなかった。
しかし、原首相にも原首相の理論がある。
「そもそも我々が参戦した理由は、アラブ帝国の滅亡を防ぐ為でした。その目的は既に達せられています。故に、これ以上の戦争は無意味です」
アラブ帝国が大日本帝国を除く周辺国全てに宣戦布告した時は、大日本帝国が助力しなければアラブは一瞬にして消滅するだろうと思われていた。
一応それなりの友好関係を築いていた帝国としては、そのアラブ帝国を失う訳にはいかず、戦争に足を突っ込んだのである。
ところが、いざ蓋を開けてみれば、当初の戦争目標は膠着状態によってあっという間に達成されてしまったのだ。よって、これ以上戦争を続ける理由はない。
「しかし、それでは我々が得るものがないではないか」
「確かに、帝国は何も得られないでしょう。しかし、失うよりは遥かにいい。北米を我が勢力圏に組み込めただけでも十分ではありませんか」
確かにここで和を結べば、帝国が得るものは何もない。勝てばヨーロッパやアフリカにも勢力を伸ばせていたところをだ。
だが、戦争を継続し、もしも負けるようなことがあれば、帝国は中東と北米を一挙に失うことになる。それだけは避けなければならない。
原首相は、そのリスクを侵すより、さっさと戦前の状態へ回帰することを提言するのである。
「全てなかったことにすると?」
「その言葉が一番相応しい。アラブ帝国も北米も、全て奴等がバカをやらかす前の状態に戻してしまえばいいのです」
「なるほどな。確かに、これ以上の拡大も不要か」
今すぐには役に立たないが、北米を事実上の傀儡にしたことは、将来的に巨大な利益を帝国にもたらすだろう。これ以上勢力圏を拡大せずとも、帝国は既に十分なものを得た。
「それに、世界の均衡をこれ以上崩すのは、屍人どもには歓迎されますまい」
「確かに。合意する」
「それで、講和ともなれば、アラブ帝国とも事前に話をつける必要がありますね」
山本中将は言う。講和の案が採択された訳ではないが。
「中将、まずは講和を本当にするか否かを決めよう。全てそれからだ」
「そ、そうでしたね」
原首相が言うように、まずは講和の是非を問わなければならない。そして結果としては、講和の案はほぼ全会一致で決定された。今日突然出てきた案が即日で承認されたのである。
「では、改めて、アラブ帝国に人を送らねばなりませんね」
「それは、参謀総長たる中将が行くんじゃないのか?」
「え?私ですか?」
原首相は不敵な笑みを浮かべた。
山本中将はアラブ帝国に飛ばされることとなった。




