鏡の使い道
だが、ゲッベルス上級大将の策はその一歩先を行くものであった。
「鏡で敵のレーザーを完璧にその方向に反射すればいい。そうすれば、敵の光学兵器も一瞬にして崩れ去るだろう」
「言いたいことはわかりますが、しかし、そんなことが可能なのでしょうか」
ハンニバル大佐は言った。
確かにゲッベルス上級大将の言っていることは単純だ。光ならば、相手にそのまま跳ね返し、それ自身を焼くことも可能だろうと。これは一見敵の弱点見つけたりと思える。
だが、冷静に考えると、これがそう簡単なことではないとわかる。ほんの1度のズレですら、数千mの距離を経れば数十mのズレになる。極めて正確に敵兵器の位置を把握し、それに対し完璧に向かい合う角度の鏡をセットする必要があるのだ。
「わからん。これから考えるしかないだろうな」
「そんな、無責任な…」
「まあまあ。皆で知恵を絞ろうじゃないか」
ゲッベルス上級大将もどうやって光を跳ね返すかについては無策らしい。要するに問題の解決は丸投げされたも同然なのである。まあ、新たな切り口を与えてくれたという点については感謝すべきではあるが。
「まず、そもそも鏡の旋回機構は作れるのですか?」
東條少将は尋ねる。取り敢えず、鏡をある程度自由に動かせる機構がなければどうにもならない。艦の動きだけで照準を合わせるのが不可能であるのは明らかだ。
「場所によるな。艦橋丸々一つを潰せば、まあそれなりもものは作れる。奴らは艦橋を狙ってくるだろうから、問題はなかろう」
「艦橋を潰す、ですか…」
ハンニバル大佐は悲しそうに言った。何せ、今彼が居る艦橋は、今日になって初めて胎動を始めたものなのである。それを鏡の設置場所にするとは、カルタゴも浮かばれまい。
「ああ…致し方ないことだ。許してくれ」
彼の様子から心境を察したゲッベルス上級大将は声をかける。
「わかっています。必要とあらばいかなるものでも捨てるのが軍人というものです」
「ああ、そうだな。貴官は良い軍人だ」
「い、いえ。そんなことは…」
率直に褒められ、ハンニバル大佐は結構嬉しそうであった。まあ茶番はそのくらいにして、本題に戻ろう。東條少将はまた質問を投げる。
「その機構、どれくらいの数を用意出来るのですか?」
「鏡と同じ数用意出来る。まあ、これは既存のものをちょっと調整しただけだからな」
「なるほど。それで最低条件は満たせますね」
とは言え、問題はそれをどう制御するかである。まあ敵の座標が分かれば後は簡単な話なのだが、敵の位置と向きとを複数の情報から完璧に推測するというのは難しい。そもそもそんな能力は飛行艦に必要ないのである。
「では、私がやりましょうか?」
大和が名乗りを上げた。そういえば、恐らく地球最高クラスの動く頭脳がそこに立っていた。
「で、出来るのか?」
「はい。情報分析なら得意です」
「少将、そう言うんだったら、彼女に任せてみてはどうだ?」
「どう、ですかね…」
何故かゲッベルス上級大将は一瞬にして大和を推し始めたのだが、普通、そうも簡単に策を承諾はしない。
東條少将は大和のことを信用していない訳ではない。寧ろ全幅の信頼を置いているといってもいいくらいだ。しかし、艦隊の運命を任せるのは、それが誰であっても慎重になるというもの。
「こういう仕事はやったことあるのか?」
「いえ、ありませんが」
「ん?じゃあその自信はどこから湧いてくるんだ?」
「自分のスペックを客観的に観察し、私はこの任務にも十分に対応出来ると判断しました」
「そ、そうか」
大和は人間ではない。故に恐らく過信などという観念がそもそも存在しない。彼女の言っていることはまあ正しいのだろう。
「閣下、大和を信じてやってください」
近衛大佐は言った。
「まあ、信じたいのも山々なんだが…」
「大和がダメなら何がやってもダメです。選択肢は彼女しかないと思いますがね」
「確かに、それもそうか…」
戦場に持っていける頭脳として大和は最強である。つまり、あらゆる選択肢の中で彼女を選ぶことこそ最も成功に近いと言える。考えてみれば、確かに選択の余地など最初からなかったのかもしれない。
「ハンニバル大佐はどう思う?」
「私は近衛大佐に賛成です。もっとも、その理由はAI彼女が機械であるからですが」
「なるほど。まあ最後に決めるのは大佐だ。ああ、そもそも何で私がこうも出しゃ張ってるんだろうか」
東條少将は階級こそハンニバル大佐の上ということにはなっているが、実際の指揮権はハンニバル大佐が握っている。まあ当然の話であろう。
そして、そんなハンニバル大佐が賛意を示した以上、ことの趨勢は決した。
「上級大将閣下、至急、鏡の旋回機構の用意をお願いします。閣下の策、実行することとしました」
「了解だ。すぐに手配する。それまで待っていてくれ」
これが功を奏するか、或いは裏目にでるかは分からない。しかし、打つ手なしという状況だけは避けられた。後は来る決戦の時を待つのみである。




