カルタゴ起動実験Ⅱ
「では、水平移動の試験を始める。全艦、12時の方向、5ノットで前進せよ」
こちらの方が先に始まるらしい。あの2人がなかなか来ないのは気になるが。
そして、ハンニバル大佐の号令と同時に、カルタゴは彼の意思通りに動き出した。空中でも自由に移動が出来れば、これは完全な空飛ぶ城の出来上がりである。
「こんなもん、もし敵にいたら、私はまず降伏を選ぶよ」
「同感です。我が国の保有する兵器とは言え、恐ろしいものがあります」
カルタゴは、味方ですらその存在に恐怖を抱く程の兵器であった。その進撃は遅けれど、何人もそれを止めようとはしないだろう。理論の時点からそういう運用が期待されてはいたが、実際に動かしてみると、その効果への期待は確信に変わった。
その時、艦橋の扉がノックされた。
「入れ」
「お邪魔します」
「私のカルタゴを操るのはこいつらか」
「凄いのが来た…」
東條少将が遠い目で見るのは、小柄で老齢、礼儀など気にしないのパイク博士と、緋色の軍服を纏い、礼儀だけは完璧なAIの大和である。
そして東條少将は、こいつらを一緒の場所に居させてはならないと即座に確信した。まあ、仕事の話で来た2人を追い返す訳にはいかないが。
「博士、早速ですが…」
「ああ、要件はわかっておりますし、もう解決もしましたよ」
「ほ、本当ですか?」
あまりにも早い対応にハンニバル大佐も動揺してしまった。この博士、並みの軍人よりも優秀かもしれない。まあ部下にしたくはないのだが。
「ええ。いやあ、それが、この大和が優秀でしてな。私が少し指示をしたら、瞬く間に何でも調べてしまうのですよ」
「お褒めに預かり光栄です」
大和は満面の笑みを向けてきた。
「それは、すごいですね…」
そして、これは同時に、この2人が完全に結託してしまったということを意味する。まあ今は何も考えないことにして、ハンニバル大佐は肝心の原因を問う。
「それで、何が原因だったのですか?」
「ネジです。第七エンジンに繋がるシャフトのネジが緩んでおりまして、それを危険と判断したカルタゴのAIが、第七エンジンを弱めたのです」
「ネジか…」
これが事前の点検で防げたであろう故障であったことはハンニバル大佐でもわかった。やはり、整備要員の質が低いのだ。内戦で多少は鍛え上げられているとは言え、付け焼き刃ではダメだ。
「しかし、仮に第七エンジンが動き続けていたら、第七エンジンが完全に壊れていたところで、これは不幸中の幸いでした」
大和は言う。まあ辛うじて最悪の事態だけは避けられたらしい。カルタゴがまだ動くことを、今は天に感謝すべきだろう。
ここでカルタゴが再起不能にでもなったら、もう全てお終いだ。
「大佐殿、次からは、もっとしっかりと整備して下さいよ。私のカルタゴが軍人のせいで沈んだら、一生お恨みしますからな」
「ええ。部隊には細心の注意を払うよう厳命しておきます」
パイク博士の言うことはもっともだ。これで原因ははっきりした。不安は残るが、同じミスを繰り返すことはあるまい。それは本物の愚者がやらかすことである。
そして、これで戦場で起こっていたかもしれない故障の1つを潰せたと考えれば、まあ悪くもない話だったと言えるだろう。
「では、私はこれで解散でよろしいですかな?」
「ええ。構いませんよ。また呼び出すかもしれませんが」
「それはありがたい。私は自室でのんびりとしてますよ」
ここでカルタゴの勇姿を見守ろうとは言わないのかと意外であったが、パイク博士はそそくさと艦橋から去っていった。
そして後には大和が残された。
「お前はどうする?まあどこにいようとあまり関係ない気もするが」
東條少将は尋ねた。
「特にどこに居たいとかはありませんね。まあ、ここに居るとします」
「そうか。ならそうしてくれ」
「ありがとうございます」
大和は艦橋に残ることとなった。この全員が揃った軍服を着ている中で、彼女の姿は非常によく目立つものであった。
「今速度は5ノットですか。カルタゴならもっと出せると思いますが」
大和はハンニバル大佐に直言を始めた。
「そうですね…ここはカルタゴの最大戦速を試してみるのもありかもしれない…」
それが成功すれば、戦艦並みの速度で襲ってくる飛行要塞が拝めるだろう。しかし、ここで無理をしてカルタゴが傷つけば、ついにこれが飛び立つことすら叶わなくなる。
だが、この実験を避けていては、実戦でカルタゴがだせる速度は制限される。実戦で故障は許されないからだ。
果たしてどちらを取るべきか。ハンニバル大佐は悩んだ。
そして、ついに結論を下す。
「カルタゴを理論上の最大戦速まで加速しましょう。どの道、時速5ノットでは兵器として役に立ちませんから」
と言うわけで、カルタゴ起動実験は、本来予定されていなかった次の段階へ進む。




