キエフの戦いⅡ
「閣下、防空をすり抜けた奴が一機、来ます」
「おう。そいつらも皆殺しといこうか」
そして艦内に大きな衝撃が走ると同時に、敵兵が艦内への侵入を始める。
「第5、12、19ブロックを狙っているようです」
「今度は分散か。こちらも隊を分け…」
「震洋、新手です」
「チッ。次から次へと」
この時点で既にジリ貧の兆候が見え出していた。既に処理能力は限界である。
「よし。決めた。隊を2つに分ける。片方は今乗り込んで来た奴ら、もう片方は次に来る奴らに当たれ。分散しているのなら、各個撃破だ」
各個撃破の原理はここでも有効である。全体としては和で負けていても、部分的な数的優位を保ち続ければ有利に戦闘を進めることは可能だ。
そしてそもそもの目的がキエフが和泉に辿り着くまでの時間稼ぎである以上、戦術としてはこれで十分である。
「では私達は現在侵入した敵兵の殲滅に向かう。残りは待機せよ」
ロコソフスキー少将のいる部隊の方が数は少ない。それは少将個人の戦闘能力が信頼されている証である。
「まずは19ブロックだ。行くぞ!」
「はっ!」
やることは前回と同じだ。防壁を開け、グレネードを投げ込み、切り込みで方を付ける。
数十の死体を積み上げたところで、この区画の掃討は完了だ。
「閣下、新手は第7、10、23ブロックへの侵入を試みています」
「待機中の部隊には逐次殲滅を命令。順番くらい自分で考えられるだろう」
「了解」
「よし、次、さっさと向かうぞ」
次は第12ブロックへ向かう。まだ防壁は破壊されていない筈だ。第5ブロックの防壁も破壊される前に、全ての部隊を殲滅しなければならない。
時間の余裕など全くないのだ。
「隔壁開放!」
「グレネード!」
日本兵は学習しないらしい。もう3度目だが、見事に屍を晒し秩序を崩壊させている。まあこれを経験した奴が全員死んだのだから当然のことではあるが。
しかし、次の瞬間、ロコソフスキー少将のすぐ横の兵士の頭が吹き飛んだ。
「狙撃だ!」
「どうされますか!?」
「このまま接近する!混乱に持ち込んで狙撃を許すな!」
混戦状態に持ち込んでしまえば、狙撃など出来まい。こそこそと隠れるよりはそちらの方が良い。
「あいつか!」
少将は通路の先に狙撃銃を構えた人影を認めた。間違いない。2人程の兵士を吹き飛ばしたのはそいつである。
少将はその影を発見するや否や、即座に銃撃を加えた。命中は期待出来ないし、当たったとしても大した傷はないだろうが、狙撃への牽制としてはこれで十分。
するとその狙撃手は狙撃銃を捨て、軍刀を片手にこちらに近付いてくる。狙撃手の白兵戦など怖くないと思った少将だったが、即座にその観測を修正する。その人影には見覚えがあった。
「厄介な奴が来たな。こいつらの殲滅も終わっていないのに」
「お久しぶりですね。少将閣下?」
「久しいな。クラミツハ」
挨拶がてらハルバードを叩き込む。が、その一撃は軍刀に防がれた。鮮やかな火花が飛ぶ。
「前みたいに殺されに来たのか?」
「同じ過ちは犯しませんよ」
今度はクラミツハからの一撃。しかし今度は少将のハルバードがそれを防ぐ。
しかし、この混戦の中だ。前回のようにクラミツハを拘束することは出来ない。しかも彼女が加わったことにより、戦況も悪化してきた。
クラミツハとロコソフスキー少将が一対一の決闘をする訳ではない。回りの敵兵を適度に狩りつつ、お互いを攻撃出来る時には切り込む。そんな様子だ。
結果、数で勝る上にロコソフスキー少将と同等の力を加えた日本軍の方が優勢となるのは自明だった。
「閣下、一旦退き、体勢を立て直しましょう!」
「仕方あるまい、か。総員退け!」
少将の部下は次々と倒れ、ついに最初の半分を切ってしまった。ところが日本軍の方はまだ過半が残っている。
このまま戦い続ければ、こちらの敗北と全滅は自明。ならば、逃げるしかない。
「殿は私が努めよう!後ろの防壁まで下がれ!」
少将自身が敵を抑えつつ、他の者は撤退。普通は反対だが。
「私がやりましょう。皆さんは下がっていて下さい。死ぬだけです」
「ほう。やっとこの日が来たな」
「ええ。決着をつけましょう」
日本軍の陣容から抜け出してきたのはクラミツハ。まあ確かに、ロコソフスキー少将とマトモに戦えるのはこいつだけだ。
そして、それ以上の言葉など交わさず、早速剣戟が交わされる。
ロコソフスキー少将もクラミツハも、一歩も譲らない。凡人ならばまず死を覚悟するような攻撃が幾度となく繰り返され、その度に全て跳ね返される。
「殺意というものが感じられませんね」
「今の俺の仕事は味方を逃がすことだからな。お前を殺すことじゃない」
「やっぱり、決闘を挑む気なんてないじゃありませんか」
クラミツハは残念そうに言った。
確かに、軍人としての本能が決闘を望む。とはいえここはコロッセオではなく、何千の命がかかった戦場なのである。私情よりも自らの職務を全うしなければならない。




